四人の巫女
最後の勉強会が終わり、抜き打ちのテストもクリアしたその翌日。
咲乃は、緋凪と一緒に大広間に呼ばれていた。巫女服を前日に指定され、髪もしっかり整えるようにも言われている。そのため二人は今日はかなりの早起きをすることになった。
「ねむい~」
「言うな。もっと眠くなる」
「う~」
お互いの髪を整えて、着付けの見直しまで一応した二人の眠気はとても強いものだった。朝ごはんを食べても覚めないせいで、今現在も足を引きずるようにして大広間に向かっている。
食堂のおばちゃんには冷たい水を貰ったし、軽く運動もしているし、昨日は早く寝た。それでも眠いものは眠いのだ。
「……大広間ってどこだ」
「エレベーターで五階まで来たし、もう少しのはずだよ。五階は会議とかするための大広間が何個かあるって、宗司さんが言ってた」
そんな感じで、ぐだぐだしながら歩くこと数分。
ようやく事前に言われていた部屋を見つけた二人は、時間が遅れていないことを確認してから襖を開いた。
そして目の前に広がった光景に驚いて固まることになった。
「咲乃さんに緋凪さん、おはようございます」
「おはようございます宗司さん……じゃ、なくて! こんなに人数がいるって話でしたっけ!?」
大部屋の中には、咲乃と同じようにそれぞれの巫女服に身を包んだ少女が四人。
それに付き添うようにして側に控えているのがそれぞれ五人ずつ、その後ろに狩衣姿の人が数名。その他にも多種多様な姿をした人が総勢で二十人ほどはいた。
事前に咲乃が宗司から聞いていたのは、例祭で一緒に舞う巫女四人との顔合わせだったはず。身を普段より整えてくるようにとは言われていたが、それはあくまで他の四人にもついている護衛一人がいるからだと思っていた。
それが、蓋を開けてみれば、それぞれ五人ずつもいるのだ。混乱するのもしょうがないという物だろう。
「その辺りも含めて説明しますよ。ささ、空いているところに座ってください」
「はい……」
並んでいる少女たちの列に
宗司は人数と面子を軽く確認し、全員揃ったことを確認して前の卓に座った。大人数に宗司一人で向かい合う形だ。咲乃なら思わず臆されそうな構図だが、宗司はゆるりとした表情を崩さずに口を開いた。
「これで本日お呼びした方々は全員集まりましたね。時間より早く集まっていただいてありがとうございます。まずは、本日のメインの方々である巫女の五名にそれぞれ自己紹介をしていただきましょうかね。左端からでいいですかね?」
「はい」
宗司に指名された少女が立ち上がり、軽く咳をする。
肩甲骨の中ほどまである髪のうちの一房を、頭の中ほどで小さなポニーテールに結った気の強そうな少女だ。歳は咲乃より一つか二つ上だろうか。千早を羽織った姿は非常に様になっており、何年も巫女として修業してきたのが伝わってくる。
彼女は部屋全体を見回すようにして、口を開いた。
「白沢霞、十七歳。出雲大社から今回の例祭のために遣わされました。熱田神宮や尾張の国とは、平時よりお互いに助力している関係よ。今回の例祭では、巫女の皆様と一緒に神楽を任されているわ。よろしく」
簡素で要点を捉えた自己紹介だ。護衛の人たちも軽く敬礼をするにとどめている。
霞は質問がないか確認するように部屋を一周見回して、最後に宗司に視線をやって確認してから元通りに座った。宗司からも補足の説明等はない。
どうやら巫女を助力に貸し出し合うというのはよくあることらしい。移動や長い儀式に耐えられる歳で、実力と体の丈夫さがかみ合っているというのはとても難しい。どの神社でも安定して複数人抱えるというのは至難の業だそうだ。
その結果、必要な基礎技能を覚えた巫女をお互いの行事で貸し出し合うようになったのだとか。その一環でどうやら宗司や他の巫女とも面識があるらしく、霞を注視している人はいない。恐らく巫女は咲乃をのぞいた全員が知り合いなのだろう。
つまり、今は咲乃のための時間なのだろう。咲乃が状況と人を把握できるようにするためであり、咲乃の事を仲間になる人たちに周知してもらうための時間だ。
その意図は全員が当然のごとく把握しているようで、他の人たちの意識が自分たちに向いているのを感じる。
生まれたわずかな沈黙を破るように、霞の隣に座っていた少女が立ち上がった。
綺麗な黒髪を
「伏見稲荷大社より遣わされました、坂代叶です。恐らくこの中では最年少ですが、精いっぱい勤めを果たそうと思います」
「十四歳でそんなにしっかりしなくてもいいのよ?」
「いえ、これが普通ですので」
咲乃の隣に座っている、お姉さん気質の巫女がそう声をかけたがにべにもない。綺麗に座り直した後は、真っ直ぐ前を見て視線を動かさなくなった。
順番に従い、五人の中で一番真ん中に座っている元気そうな少女が立ち上がった。
「涼原祭、十六歳っす! 伊勢神宮から遣わされました! ヨロです!」
「むしろあなたはしっかりとした言葉遣いをしてください」
「やる事はしっかりやっているし良いじゃないっすか」
「心構えの話をしているのです!」
叶と祭が軽い言い合いを始めてしまった。
活発そうな祭と、冷静で落ち着いている性分の叶ではどうしてもぶつかってしまうのだろう。これもよくあることらしく、周りは特に反応をしていない。霞が思わず漏らしたため息が聞こえたあたりで宗司が止めに入り、何とか言い合いは終わった。
タイミングを見計らって、咲乃の隣のお姉さんな感じの巫女が立ち上がる。
「初瀬紫よ。熱田神宮で巫女をしているわ。みんな、今日は助けに来てくれてありがとうね。この中では私が一番年長だし、しっかり前に立っていくつもりよ。よろしくね」
そう言って挨拶を締めた。
紫が座り直すと同時に、複数の意識が自分の方を向いたのを感じる。それは後ろに座った緋凪も感じているようで、少しだけ動いた音が聞こえた。
緋凪も緊張してるんだ、と思うことで何とか心に平穏を取り戻してから立ち上がる。
「笹暮咲乃です。えっと、旅の巫女です。宗司さんにスカウトされて例祭に参加することになりました。皆さんよろしくお願いします」
「旅の巫女、というのはどういうことですか」
頭を下げた時には、もう叶から厳しい質問が飛んできていた。
叶に限らず、ここにいる咲乃を除く巫女たちは誰もが知っていそうな有名神社ばかりだ。他の祭りや行事でも面識のある彼女らにしてみれば、旅の巫女というのは出自も実力も分からない¨ただの不審者¨に他ならない。
そんな人間が例祭という大きな神事に参加するというのは、不安要素でしかないはずだ。
「ええと、そのまんまの意味です。トクさんっていうお兄さんと一緒に旅をしています」
そう言うと、大広間にいる全員が小さく反応した。
何か機嫌を損ねるようなことを言ってしまっただろうか、と必死に取り繕い始める。
「き、基礎や要点は全部おさえてます! 宗司さんに例祭の事も教えていただきましたから!」
「宗司さんの手を煩わせたのですか」
「ひぃっ!」
叶の視線と語気がさらに強くなった。正座という低い姿勢から僅かに視線を向けているだけなのに、その迫力に圧されて思わず後退ってしまう。その姿も気に入らないのか、それとも返答がないのが駄目なのか、とことん目は細められていった。
不慮の状態に弱い咲乃は、何とか声は出しているものの、それに明確な意味を持たせられていない。
「ほーら、叶。そこまでにしなさいな」
「ですが、紫さん……!」
「貴方の好きな宗司さんが認めた人よ? 信用できないかしら?」
「なっ……好きだなんて! それに信用できないとは言ってません!」
さっきまでの迫力はどこへやら。耳まで真っ赤にして、必死に弁解をしている。
その様子のおかげでようやく平静を取り戻した咲乃が、今度は正面から叶の視線を受け止めて見返した。その態度が癪に障ったのか、騒いでいたのを一瞬で収めた叶が話を続ける。
「おほん。とにかく言いたいのは、素直にあなたの加入を認めることはできないということです。他によく一緒にお仕事をする巫女仲間はいますが、貴女の話は聞いたことがありません」
「他の巫女さんとは話したことがなくって……」
「第一なんですかその大きな刀は。神が悪鬼誅滅に剣を使うのは分かる話ですが、巫女が使うなんて話は聞いたことがありません。どこの出身ですか」
「小さいときに私の神社は一回焼け落ちてるから、名前は知らない……です……」
「そういう所が信用できないと言っているのですっ!」
ガーっと吠える叶は最早咲乃がどうこうできるレベルじゃない。
霞は我関せずを貫き、祭は興味なさげに外を眺め、紫は「あらあら」とでも言わんばかりに眺めているだけ。しかも、少なくとも咲乃はこの件に関しては何も言えないのだ。
もちろん、トクさんに自分の生まれた神社の名前を聞かなかったわけがない。だが、唯一の跡取りである咲乃が明日の安否も分からない旅に出る以上、その名が必要になる事は無いのだ。雑念を持つ暇があるなら旅のために鍛える。それがトクさんの方針だった。
そして、いくらトクさんに贈られた物だとはいえ、巫女でありながら不釣り合いの大太刀を使うと決めたのは咲乃自身なのだ。
言い逃れも、弁明も、咲乃にはない。
そう思い俯いていると、宗司がようやく口を開いた。
「叶さんとしては、とにかく実力に信頼性がないということでいいですかね?」
「概ねはそうです。他の四人は出自からして信頼があるでしょう。でも、この咲乃という方はその辺りの信頼ができません」
「一昨日から城の掃除、文官に式を使って手助け、牛鬼の討伐をしていてもですか?」
「神事をする技能と術の技能は違います。その実績は評価されるべきかもしれませんが、巫女としての本分である祈りも、例祭に必要な舞いの実力も関係ないではないですか」
そこまで言われてようやく、宗司が満足そうに頬を緩めた。まるで想定通りに事が運んでいるとでも言いたげな笑みだ。
あ、嫌な予感がする。
「ということなので。咲乃さん、前に出てきていただいても?」
「な、何をさせられるんでしょうか……?」
「もちろん巫女としてのお仕事ですよ。破邪と安全の加護を祈ってください」
そう言いながら宗司が軽く床を叩くと、それに呼応して複数人の武装した警吏たちがぞろぞろと入ってきた。まだゆとりがあったはずの大部屋の空間がどんどん埋め尽くされていき、端から綺麗に整列していく。宗司が座っているほんの少しだけ高い高座以外の所は、人と武装で遮られて見えないほどだ。
必然的に部屋の後ろまで下げられた五人の巫女とその護衛は、立ち上がってようやく手招きする宗司の姿が見えた。
「今からこの警吏たちに加護をかけていただきます」
「えっと、この方たちはどのような……?」
「もちろん警吏ですよ。ただ、注意する対象が人間ではなく妖魔ですが。桔梗様の雨を降らしているとはいえ、警備はやりすぎてダメなことは無いですしね」
いくら鬼の苦手な神気を宿した雨を降らせていても、今猿投山にいる者たちであれば多少煩わしさを感じるだけだろう。勿論隠形や変化といった術の効果は大幅に弱まるだろうが、おそらく角を隠すくらいならしてみせるはずだ。
という訳で特別に駆り出される警吏が彼らということだ。咲乃の加護を受けた状態で見回れば、普通の状態よりもそういった術は見破りやすくなるには違いない。
でもまあ、問題も当然あるわけで。
「あの、私、流石に何日も続くような加護をいきなり掛けるのは無理なんですけど……」
「そうでしょうね。なので、毎朝掛けていただこうかと思います。手始めにまず、今やってみてくださいな」
「だんだん宗司さんの事が分かってきましたよ、無茶ぶり大好きですよね! いいですよ、やりますよ、もう!」
その言葉に、きぃー! となっている咲乃以外の四人の巫女たちは目を剥いていた。
彼女たち四人は、正統かつ由緒正しい神社の出身だ。今もなお研鑽を積んでいる彼女たちからしたら、そのような祈りというのは厳かな行為でなくてはならない。正確な手順を踏み、日取りを決めた上で朝から準備して行うことが肝要だ。
そんな事を今すぐやってほしいと提案した宗司も、あっさりと受け入れた咲乃も常識的に有り得ないのである。
咲乃は、集まった視線を気にせずに高座へと歩いていく。
「戦勝と破邪となると……剣舞でいいですか?」
「得意なものでどうぞ」
適当だなぁ、と思いながら高座に上がる。
剣帯から蒼愛と迦錺を外して、目の前の床に平行に並べた。
さあ、桜花の舞をご覧あれ。
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