やらかし咲乃



「時間稼ぎお願い!」

「分かってる!」


 即座に緋凪が前に出て、牛鬼の顔面に燃え盛る拳を叩き込む。だが、その効果はほとんどと言っていいほど無く、わずかに顔をそらしただけで手応えがない。だが、構わずに攻撃を加えていき、注意を咲乃から逸らしていく。

 その後ろで、咲乃は懐から小幣を五つ取り出していた。宮司が振る大幣をキーホルダーくらいの大きさにしたそれが投擲され、牛鬼を大きく取り囲むようにして地面に突き刺さる。


「五行閉塞!」


 地面に突き刺さって固定された小幣から霊気が立ち上り、隣同士で繋ぐことで結界を作った。半径十五メートルほどの壁の頂点は霊気の注連縄で閉じられている。

 壊された家の瓦礫が結界に入っている。恐らくその家の中には人がいたはず。これ以上被害が広がらないように、注意喚起の声を張り上げる。


「私が牛鬼を祓います! 結界は張りましたが、できるだけ離れてください!」


 声を張り上げると、辺りの住民の人は急いで離れていく。その姿に安心してからようやく、咲乃はしっかりと牛鬼の姿を見た。

 骨が覗いている牛頭に大きな角、そして漆黒の蜘蛛の胴体。大きな足は蠢くたびに石畳を貫きひび割れさせ、怨嗟の雄たけびが漏れる度に瘴気があふれ出す。

 今のところは何とか緋凪でも対応できているが、その状況がいつまでも続くわけがない。自然発生というにはあまりにも急速に生まれた牛鬼は、あまりにも安定さを欠き、常に理性を無くしたように暴れ狂っているのだ。


 だからこそ落ち着いて、しっかりと牛鬼を¨視¨る。


「ウァァァァァァアアアア……」


 不規則な流動やこそあるが、牛鬼の体の大半は土気で構成されていた。五行の中でもかなり自由度が高く、大半の物に宿っているからだろう。急激に不安定になったせいで生まれたせいで、辺りにある中で一番多い土気が軸になったに違いない。

 そうとわかれば次の行動はおのずと決まってくる。


「緋凪はいったん下がっていいよ! 行って、式神たち!」


 今まで前線を支えていた緋凪と入れ替わるようにして、薄黄緑色の狼の式神五体が牛鬼に襲い掛かる。

 狼たちが帯びているのは木気だ。木剋土。一メートルほどの狼と巨体の牛鬼では図体の差があるが、少なくとも相性で負けることは無い。しっかりと時間稼ぎの役割は果たしてくれるだろう。


 その間に、咲乃は蒼愛あおいにも木気を込めていく。そして、前衛に躍り出た。


「はっ!」


 気合と共に大太刀が四度振るわれ、牛鬼の胴体に大きな裂傷を生み出した。木気を宿らせたおかげもあってか、牛鬼の体には軽くないダメージが入っていた。切られた部位からは瘴気があふれ出し、追撃を加えようとする式神の狼たちを弾き飛ばしていく。

 だが、それで止まるような咲乃ではない。


「おりゃぁっ!」


 瘴気の出ている正面から離れ、側面から足と胴体を斬りつけていく。反対側では式神たちが足に噛みついて動きを阻害していた。

 硬い外殻に守られている足も、関節を重点的に何度も斬られてしまえばどうしようもない。式神の狼の噛みつきはそこまででもないようだが、咲乃が攻撃をしている側の足はすでに震えはじめていた。

 あふれ出す瘴気は徐々に勢いを増し、結界の中で靄を作り出すほどになっている。常人なら病魔に侵される事さえあるが、咲乃に関しては触れる側から、蒼愛からあふれ出す青白い神気によって浄化することで無効化していた。


 蒼愛は咲乃を護り、迦錺かざりは立ちふさがる万魔を打ち祓う。トクさん謹製の霊振器の中でも最高峰の二振りは、いかんなくその実力を発揮していた。


「オォォォォォォ……!」


 ただでさえ安定性が無かった牛鬼の霊気は、さらに乱れていく。その影響は瘴気だけにとどまらず、あふれ出した土気は、地面からいくつもの岩柱を生み出していく。地形を乱れさせ、周囲の五行のバランスを乱れさせていった。

 当然だがそんな状況で式神が存在なんてできるわけがない。いくら相性で勝てていても、霊気の強さの格で負けていては仕方ないのだ。そもそも咲乃は陰陽術が苦手である。その彼女が急造した物ということも相まって、式神たちは瞬く間にただの式符に戻されてしまった。


 緋凪は、生み出された岩柱の中でも明らかに邪魔になりそうなものを拳で砕きながら叫ぶ。


「どうするんだ! 結界も悲鳴上げてるぞ!?」

「あーもう難しい術は苦手なのにー!」

「言ってる場合か!」


 そんなやり取りをしている間にも、どんどん牛鬼は姿を変えていく。

 斬られた部分を歪な岩で固め、瘴気が漏れたせいで一部が消えかけた体を霊気の流れだけで支えている。それでもなお、端から土塊となって崩れていく体を引き摺り、戦う意思を見せていた。


 牛鬼は、結界内を埋め尽くす瘴気を操って新たに妖怪を生みだした。全身の霊気が不安定で所々が透明な三本指の小鬼……だ。それが二体現れ、異様に伸びた爪で二人に切りかかってくる。

 だが、その程度でよろめく二人ではない。


「やっ」

「せいっ」


 斬撃一閃、拳骨殴打。わざわざ祓わなくても消えるような妖怪が二人を傷つけられるはずがない。

 いよいよ進退窮まった牛鬼が半狂乱で暴れだした。


「時間はどれくらいいる?」

「十秒と少し!」


 またもや前衛と後衛を入れ替えて、緋凪が牛鬼の正面を受け持った。

 咲乃は後方で蒼愛を納刀、代わりに迦錺を抜刀した。赤と黒の紋様が目立つ強い神気を帯びた霊剣だ。

 それを真横一文字に構えて木気を練りこんでいく。木気の薄緑と迦錺から溢れる赤、そして咲乃自身の青の霊気が混ざり合い、大太刀の周囲で渦を巻く。既に完全に落ちた日の代わりに周囲を明るく照らしだし、闇ごと不浄を祓っていく。


 瞑目したまま力をためること、十秒と少し。準備が整ったことを感じた緋凪が牛鬼の顔面に重い一撃を入れて飛び退り、咲乃に場所を譲る。


「我が一刀の元に、魔を誅す──」


 迦錺を大上段に構えて突進、無駄のない踏み込みと共に振り下ろす。


「──幻刀一閃!」


 牛鬼を頭から斬り裂きながら解放された力は、あふれ出した瘴気ごと力づくで魔を祓っていく。不浄を押し流し、凝り固まった土気を破壊した。

 その結果。


「わぁぁぁぁああ!?」


 込められた過剰な木気は、牛鬼ごと壊れかけていた結界をあっさり破り裂いた。それだけでは留まらず、地面が砕かれているのをいいことに地面に根付いていく。

 みるみるうちに地面に定着した木気はその効果を勝手に発揮し、まるでファンタジー映画ように、一瞬で大木を作り上げてしまったのだった。


「……どうすんだ、これ」


 唯一比較的まともな精神を保てていた緋凪が突っ込むのに、誰も答えることはできなかった。



◇ ◇ ◇



 あの後すぐに訪れた城からの使いに事情を説明し、周囲の住民への説明を終えてから約二時間がったころ。完全に夜の帳が下り、商店通りを提灯が照らし出す中、咲乃と緋凪はクタクタになった体を引き摺って城に戻り待ち構えていた宗司の前にいた。


 使いに事情を話していたこともあるが、何故かそれ以上に事情を知っている宗司に部屋に通される。そして、ちゃんと後処理をしたか、どうしてああいう状況になったのかということを延々質問されていたのだった。


「ふむ、生やしてしまった木はちゃんと処理し、反省もしているようですね」


 牛鬼を倒し、ようやく正気を取り戻した咲乃と周囲の人の前には崩れた石畳と大木。それだけでも非常事態なのに、鬼によって壊された五行の相や安定呪術の張り直しや整備。砕かれたせいで少なくなり過ぎた土気の補充と、増え過ぎた木気の拡散……その作業だけでも骨が折れるというもの。

 それから周囲の人や宗司の使いへの説明、大木の処遇決めと実際の処理、石畳の道の簡単な舗装。暴走した牛鬼との戦闘をした後にするべきことではないだろう。


 当然のごとく言われていた門限も過ぎているため、腹は減っているし疲れて眠いという中での宗司の確認作業……集中力がもつわけがない。


「大体のことは分かりました。後の処理は私の方でしておきます。それと、明日の朝はさっそく何人かで集まって話をしなくてはいけないかもしれません。その辺り、心得ておいてください」


 ようやく解放された二人はズルズルと食堂へ。残していてもらったご飯を何とか腹の中に入れて、これまた重い足を引き摺りながら浴場へと向かう。

 着替えの浴衣と下着を脱衣所の棚に置いて、服を脱ぐ。当然それぞれの武器も棚に置いている。


「私たちだけだね~」

「まあ、何だかんだ時間は遅いからな。働いていたやつらの大半は家だろうし、城に住み込みの人たちもとっくに入った後だろ」


 壁掛けの時計を見れば、とっくに二十二時を回っていた。確かに、この時間で風呂に入る人は少ないだろう。一般の家庭ならともかく、統制のとれた城の役員の事だから利用時間割を間違えるはずがない。

 おそらく、これも宗司が手を回しているのだろう。


「やっぱり広いね~」

「中国は基本的に西洋式だから、こんなに広いのは初めて見るな。私は日本式の方が好きだが」


 木張りの床と天井、軽い素材の桶は精神的な安心感があった。

 ノズルを捻って熱いお湯を頭からかぶり、疲れを解きほぐしていく。


「大変だったねー。まさか、いきなり牛鬼と戦うことになるなんて思わなかったや」

「まあな。それにしても、団子を食べていて気が緩んでいたのによくあの鬼に気が付けたな」

「うーん……まあ、気が付いた後は違和感強かったからなぁ。ぶつからなかったら分からないかもだけど」


 髪を洗う間だけはお互い黙る。

 咲乃の髪はサイドテールを解けば肩甲骨下まであるし、緋凪に至ってはポニーテールの状態でも背中の中ほどまでの長さがある。しばらくの間、お湯が流れる音だけが湯屋を支配する。

 シャンプーを流して、咲乃が水をはらうために軽く頭を振った。


「うわ、こっちまで水滴が飛ぶだろ」

「風呂場だし良いじゃん」

「言ったなこの……ほいっ!」

「うわぁっ!」


 桶にためていたお湯を軽く掬って掛け合う。軽くたわむれた後に、思い出したように体を洗い始めた。

 だいぶ少女体型な咲乃は、隣の親友の大人なボディを軽く睨んでいたのだが。


「むー……」

「セクハラ禁止」

「見てるだけじゃん!」

「それがセクハラだっつーの」

「あいたっ」


 かぽーん。

 少女たちの夜は、程よい疲れと、心地よい熱気と共に過ぎていった。




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