エルフさんには内密に

「……と、まあ、英傑と名高い御仁ではあるのだが、こういうエピソードもあったりしてなかなか胡散臭い性格をしているのが分かると思う。ここらあたり、今度のテストに出るような出ないような気がしないでもないかもしれないから記憶しておくことをお勧めしたりしなかったりする」


 相変わらずの担任の森川先生が披露する小粋な偉人の裏話を、僕は深い微睡まどろみはまりそうになりながら、なんとかノートに書き留めていた。


 油断するとふっと意識が遠のきそうになるのを何とか堪える。


 ちくしょう、この話し方むちゃくちゃ眠気を誘うんだけど。もっとこう、はっきりとして欲しい、はっきりと。


 歴史のテストは、教科書だけでは抑えきれない地雷原が何か所もあるので、授業中にノートをとるのは必須だ。


「ちなみになー、こんなことがあってた裏では、遠く離れた場所で、バタフライ効果のごとく影響を受けた事件があって……」


 のんびりとした口調で、教壇に片手を置きながら、もう片方の手を口元に持って行く。そして、その指に何もはさんでないのに気づいて、仕方なさそうに手を振る。


 あ、絶対タバコ口にくわえようとして間違ったやつだ、これ。


 話が続く。


「……で、…………となって……」


 担任の声がだんだん遠くなっていく。右手の文字を書くスピードが遅くなっていく。


「……ここ……出るか……記憶しと……」


 何やら大事そうな話をしている気配がするが、僕の耳はすでに休憩時間に入っていて――


 つんつん。


 何か細長い物で脇腹をつつかれた。


 びくっと肩を震わせて、横を見る。


(弓塚君、眠りそうでしたよ!)


 お気に入りの赤軸のシャーペンを手にした江藤さんが、小さく声をかけてきた。どうやら、シャーペンで僕を起こしてくれたらしい。


(ありがとう、助かった)


 僕は小声でお礼を言うと、いつのまにか増殖していた黒板の文字をノートに書き留めだした。うつらうつらしていたらしい。危なかった。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「弓塚、最近ちゃんと眠れてる? 顔色良くないわよ?」


 お昼休みのいつもの時間。醤油ベースの味付けの唐揚げを口に頬張っている僕に、真木さんが少し眉をひそめた顔で言った。


 真木さんの隣で可愛くプチトマトを食べていた江藤さんも頷く。


「弓塚君、さっきの授業中もこっくりこっくりしてました」


「昨日も英語の時、半分寝てたよねー」


 宮原さんがペットボトル片手に思い出したように言う。


「男子の間で何か流行ってるの? 私の隣の席の池上君も、欠伸連発だったんだけど」


「アキラも、そう言えばそうだったわね。晩御飯の時、醤油取ってって言ってるのに反応にぶかったし」


 八草め、真木さんの家で夕食とか、幼馴染みムーブすぎるだろう。真木さんの台詞があまりにも自然すぎて、誰も突っ込まない。とりあえず、後で『ヤンキー撲滅隊』という名のグループチャットにけしからん情報を流しておこう。


 とりあえず、今は心配そうにこちらを見ている江藤さんに対応しないと。


「あー、えーと実は最近三人でオンラインゲームにハマってて。ついつい熱中して遅くまでやっちゃうんだよね」


「知ってます。それって、えふぴーえすって言うんですよね」


 よくわかってないような表情で得意げにえふぴーえす言うエルフ可愛い。国宝にしたい。隣で真木さんが母性全開で江藤さんの頭を撫でている。


「何で突然撫でてくるの真理愛ちゃん……」


「撫でやすい位置にあったから?」


「よく分かりません……加奈ちゃんまで!」


「ふむふむ、撫でやすい頭よのぉ」


 二人で幸せそうに江藤さんを撫でまくる。「ひーん髪の毛ぐちゃぐちゃになりますー」と悲鳴を上げる江藤さんを無視して、二人はその後チャイムが鳴るまで続けていた。超羨ましかった。期間限定で神々しさを感じる真木さんの右手(江藤さんの髪の毛を撫でていたほう)に触ろうとしたら、無言ではたかれた。ひどい。


 ――まあ、ちょうどいい具合に話が脱線したので良しとしておこう。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 弓兵

「はらくど、今日は何時からだっけ」


 破落戸

「二十二時だったろ。お前が決めたんじゃねーか」


 弓兵

「ごめんごめん、忘れてた。僕はもう着いてるけど、そっち大丈夫? 今夜も来れそう?」


 破落戸

「ああ、バイトは明日だから問題ねーよ。つーか、イシスの方が来れるかどうかじゃねーか?」


 弓兵

「確かに。イシス、忙しそうだもんね」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「今夜は問題ないよ。一昨日はゴメン、外せない用事だったから」


 弓兵

「ちなみに何の用事だったか聞いても?」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「下級生の三人組から同時に付き合って欲しいと無理難題で泣きつかれて」


 弓兵

「死ね」


 破落戸

「死ね」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「ひどい。ひどいと言えば、このグループチャットでの俺の名前ひどくない? 部屋開催主が命名権あるのってどうなんだ、これ」


 弓兵

「文句は委員長にどうぞ」


 破落戸

「俺も言いたいんだが我慢してるんだ、イシスも我慢しろ。略して呼んでるだけ慈悲があると思えよ」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「イ死簀」


 弓兵

「僕は、イケメン死すべし簀巻きだゴラァの事は略して呼ばなくてもいいと思うんだけど。いい名前じゃないか、イケメン死すべし簀巻きだゴラァ。例えイケメン死すべし簀巻きだゴラァが絶体絶命のピンチで刹那の余裕すらもない時だって「危ない、イケメン死すべし簀巻きだゴラァ! 避けるんだ、イケメン死すべし簀巻きだゴラァ! その相手はイケメン死すべし簀巻きだゴラァとは相性が悪い!」って叫ぶよ、イケメン死すべし簀巻きだゴラァ」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「弓兵、単語登録してない?」


 弓兵

「いしすで変換できるようにした」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「弓兵はいいよな、普通の名前で」


 破落戸

「弓しか特徴ないしな」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「分かる。特筆すべきものがないよね」


 破落戸

「弓が無かったら、口が悪くて性格が悪い人格破綻者だからな……」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「分かりみが深い」


 弓兵

「はらくど、命が惜しくないようだな。月夜の晩はヘッショッに気をつけろ」


 イケメン死すべし簀巻きだゴラァ

「あのさ、この部屋が出来てから毎回思うんだけどさ」


 弓兵

「何だよ、イケメン死すべし簀巻きだゴラァ。イケメン死すべし簀巻きだゴラァが、何の疑問を持ったんだ、イケメン死すべし簀巻きだゴラァ」


 破落戸

「あー、俺もそれは思ってた」


 弓兵

「なに」


 破落戸

「ごろつき」


 弓兵

「?」


 破落戸

「はらくど、じゃねえ。ごろつきって読むんだ、破落戸は」


 弓兵

「なん……だと……」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 思わず声にも出してしまった。あ、ほんとだ。変換できる。倉田委員長め、カタカナにしといて欲しい。無知をさらけ出してしまった。


 とりあえず、「まあ知ってたけどね」と打ち込もう。あ、ゴロツキヤクザめ、普段絶対使わないハートマークまで使って「偉い♥偉い♥」って書き込みやがった!


 こんちきしょう、どうしてくれようか!?


 ぐぬぬぬと歯ぎしりしていると、後ろからため息とともに声をかけられた。


「何を無駄に興奮しているんだ、弓塚」


 その冷静な声に、振り返る。


 ――深夜の校門前。黒い服に身を包んで現れたのは、眼鏡を街灯の明かりに光らせた倉田委員長だった。


「グループ会議を読んだ。今日は全員でこなせそうだな」


「そうだね、今日は多めに眠れそうだ」


「悪いな、弓塚」


「そういう台詞は言いっこなしだよ。江藤さんのためだもの」


「そうだな」


 話しているうちに、二つの足音が聞こえてきた。スマホの時計を見る。少し早めの集合となった。校門前に、街灯に照らされた四つの影ができる。


 倉田委員長。八草。池上。そして僕。


 倉田委員長が小さく、けれどハッキリした声で話し出す。


「四人集まったおかげで、今夜で当初の目的は達成するはずだ。手順は、今まで通り。各自、分散して作業をおこなう。何か質問は?」


 僕らは首を振って無言で答える。頷き、倉田委員長がその眼鏡を中指でおさえる。


「――では、【ゲーム】をはじめよう」

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