エルフさんは戦いたい
「弓塚君、私にもゆずれない思いがあります」
目の前の江藤さんが、力強い目でキッと僕を見つめてくる。
「奇遇だね、江藤さん。僕も同じだ」
僕も見つめ返す。
話は平行線。きっと交わることはないだろう。いつの世も無情だ。世界には、味方か……敵しかいない。そして、江藤さんは敵だ。
「残念だよ。まさか、江藤さんが……だったなんて」
僕がつぶやいた小さな声は、江藤さんのため息とともに消えていく。
「今からでも遅くはありません。心変わりはしないのですか?」
「まさか」
僕は鼻で笑った。
「ありえないよ、江藤さん。そんな事はありえない。例え世界が今終わろうとも、僕は決して変わらないよ」
「くっ、そこまで言うのなら……これは戦争ですね?」
悔しそうな表情の江藤さんに、僕はニヤリと口角をゆがめる。
「ああ、そうだね、これは戦争だ。どちらかが敗北を認めるまでの戦争だ! 江藤さん、覚悟してね。僕の凄さを教えてやろう!」
「わ、私だって負けません!」
二人の感情が高ぶっていく。そして、聖戦が始まる。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「え、目玉焼きにつけるの醤油とケチャップのどっちが好きかって? えーと、私はソースかなあ」
「まさかの加奈ちゃんの裏切りです……」
「え、これ裏切りになるの? ひどくない?」
「宮原さんはどう見てもケチャップ顔だったのに……」
「ちょっと弓塚君。ケチャップ顔って何? 説明を要求したいんだけど?」
宮原さんがぷくーって頬を膨らませて睨んでくる。アオハルな表情だなあ。
そもそもの事の発端は、お弁当を食べているときに何気なく会話に上がった「目玉焼きには何をつけるか」という話題だった。文化祭の時に料理をはじめた江藤さんは、初めて作った料理である目玉焼きに並々ならぬ情熱とこだわりを持っていたらしく「醤油です。他は認めません!」と珍しくフンスと鼻息荒く胸の前で両腕を組んで宣言した。可愛い。だが、そこに異を唱えたのが小学一年生から自らの目玉焼きにケチャップをつけてきた熟練の技を持つ僕であった。「卵料理にはケチャップ。これは常識だよね? オムライスはケチャップだからこそ成立する料理。醤油まみれにしたら合わないって事はわかるよね? だとしたら、目玉焼きにもケチャップが正解だってことにならないかな?」という僕のパーフェクトな持論に「いいえ、では卵かけご飯はどうですか? 熱々ご飯に醤油をかけた黄身をかき混ぜるあの卵かけご飯に、もし醤油の代わりにケチャップをかけたらどうなります? ほら、弓塚君の顔が『うわぁ……』ってなりましたよ?」「た、卵かけご飯と目玉焼きは違くないかなあ!?」「オムライスも違うと思います!」「ケチャップがいいと思います!」「醤油です!」で冒頭の会話に続く。
「と、とにかく加奈ちゃん、ソース好きなのは分かりましたから醤油とケチャップで選ぶとしたらどっちかな?」
江藤さんが宮原さんの手をぎゅっと握りながらニコリと笑顔で首を傾げる。あー江藤さん、それは戦略としてズルくないかな! 僕もして欲しい!
「エルちゃん……」
宮原さんが江藤さんの手を握り返す。二人して微笑みあうその様は、まさしく天界の天使のごとく。男子勢のいる方向から、スマホの連射音が響いてくる。
「加奈ちゃん……やっぱり選ぶのは醤」「ソースかな!」
勝利を確信した声色で言いかけた江藤さんの顔が固まる。ものすごくいい表情で宮原さんが笑顔になる。
「やっぱりねー、目玉焼きにはソース! エルちゃんには悪いけど自分の魂に嘘はつけないからね!」
言い切った。凄い、宮原さん凄い。カッコイイ。でも、ケチャップがいいと思います。
江藤さんが「ひーん」と涙目で再び机に突っ伏している。あ、その瞬間宮原さんがガクッと椅子にもたれかかった。
「宮原相当我慢してたのね……」「私、エルちゃんに隠れて太ももギュッと捻じってたの見てたよ」「あれは一瞬の拷問よね……」「あの笑顔で脅迫は反則すぎる」「私にもやってほしい」「わかる」「わかる」「わかる」「わかる」
宮原さんを教室の隅に移動させて介護しながら女子勢が頷きあっている。「宮原め、無茶しやがって……」と言いながら、男子勢の一人がグループ会議にさきほど撮影した珠玉の一枚を投下した。クラスメイトが江藤さんに気づかれないように静かな歓喜に包まれる。仲いいね、ほんと。
「だけど目玉焼きに何つけるかだけどさ、普通胡椒じゃない?」
「は? 何言ってるんだ。マヨネーズに決まってるだろ」
「オーロラソースを忘れてもらっちゃ困るわよねえ」
「意外とお好み焼きソースがあうんだって!」
クラス内にポツポツと意見が出始めて、次第に不穏な雰囲気になっていく。みんな目玉焼きには譲れない想いがあったのかだんだんとヒートしてきて口調が熱くなっていき――
ダン! と机を両手で叩く音がした。
「みんなで目玉焼き作って比べましょう!」
復活した江藤さんの呼び声にみんな賛同した。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「美味しいですー」
目玉焼きをパクリと食べながら、江藤さんが頬を押さえて笑顔になる。
放課後、買い出し班がスーパーで卵をまとめ買いして戻ってくると、僕達は家庭科室に突撃した。先に遠藤さんが部活動につかっている料理部に了解をもらい、一緒になって皆思い思いの目玉焼きを作っては他の人に食べさせている。
「ケチャップも美味しいです弓塚君!」
「うん、江藤さんが作った醤油の方も美味しいよ」
僕が言うと、江藤さんがえへへと照れて両手で顔を包む。仰げば尊い。
傍では菊池達が料理部の人達と「目玉焼きを乗せたら最強になるのは何か」というテーマで何やら色々作っている。あ、ついにハンバーグまで作り始めたぞ。どうやら今日は夕食はいらないみたいだ。
ガヤガヤと騒ぎながら目玉焼きを頬張っている皆を、江藤さんが眩しいものを見るような目で見つめている。
「どうしたの江藤さん?」
「ん……ありがと」
宮原さんお勧めのソースをつけた目玉焼きを渡しながら、江藤さんに尋ねる。
「いいなぁ……と思って」
「ん?」
「クラスのみんなや料理部の人達と一緒にこんなに沢山の人に囲まれて、楽しく笑いあって……本当にいいなぁって思ったんです」
「まあ楽しいよね」
「はい! ……少し前の私にはまるで想像もできない事でした。こんな楽しい時間があるんだって言われても、信じられないくらい」
「江藤さん……」
「弓塚君のお陰です」
「それは違うよ、江藤さん。僕のお陰なんかじゃない。みんなのお陰だよ」
「そうですね……きっとそうです」
江藤さんが箸で目玉焼きを頬張る。
「ソースも美味しいです、加奈ちゃん!」
「でしょー!? あ、私にも醤油の食べさせて!」
「お勧めですよー!」
江藤さんがフライパンを持って宮原さんとコンロの方に向かっていく。その後ろ姿を眺めながらコーヒーを飲んでいると、倉田委員長が近づいてきた。
「弓塚、ララさんと会う事が出来た」
「あ、そうなんだ。良かったね」
「丁度いい。これが終わったら、話がある。少し時間をくれ」
「了解?」
一体なんだろう。
「トレ」
「そのネタはもう古い」
「ネタとは失礼な」
僕のお宝本を芸扱いとは非道である。
「池上や八草にも来てもらう。二人にも残っているように言ってくれ」
僕が頷くと、倉田委員長は「また後でな」と遠藤さんのもとへと歩いて行った。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
ちなみに真木さんに聞いたら「塩」と漢らしい一言を頂いてしまった。流石である。
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迷宮の住人~有能すぎるのは僕ではなく支援精霊だった~
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