幕間 ~倉田怜一郎~
部室に設置されたスピーカーから、部活動終了の合図となるチャイムが流れてきた。校内放送が、学校内に残っている生徒たちに帰宅を促してくる。
「――では、終わるとしよう。片付いた者から帰ってくれ」
俺の言葉に、部室にいた部員達がガヤガヤと動いていく。書道部は、俺がこの高校に入学した当初は廃部同然の状態だった。定員に満たず、たった一人の生徒だけが在籍しているだけ。そこからなんとか立て直し、今では十数名の部員数で大会などで好成績を残すことができている。
「お疲れ様でしたー」「お疲れー」
部員達が挨拶を交わしながら出ていく。
「倉田部長、帰りにラーメン食いに行かね?」
同学年の男子部員がカバンを肩に担ぎながら、俺に声をかけてきた。
「寒い日に魅力的なお誘いだが、悪いな。この後、遠藤と予定がある」
「副部長とデート? おお、そいつはすまんかったな」
「待て」
「いや、ついに部長と副部長がなあ」
「待て」
「いやみなまで言うな。部員全員には俺から伝えておく。校内『はよくっつけ』ランキング第一位のお前らがついに……。泣けるな。おめでとう倉田部長!」
「待て。聞け」
「じゃあな! お邪魔虫は華麗に去るぜ!」
男子部員は俺の制止を振り切り、「朗報だああああ!」と叫びながら飛び出していった。いつもながら人の話を聞かない。性格は良いが、壊滅的に耳が悪いのが難点だ。後でメッセージ送って誤解を解いて釘を刺しておかないと、大変な事になりそうだ。
思わずため息をついていると、後ろから遠藤がやってきた。
「倉田委員長、用意できた。そろそろ……どうしたの?」
「遠藤か。いや、なんでもない」
「そう」
首を傾げる遠藤だが、先ほどの会話の内容は教えなくても大丈夫だろう。後でメッセージで訂正するのだから、わざわざ言うほどでもない。
部員全員が部室を出たのを確認して鍵を閉める。教員室で顧問の先生に鍵を渡し終え昇降口を出る。夕闇の空が重く辺りを包んでいた。
人一人分の間隔を空けて遠藤と校門へ向かう。初めて出会った中学の頃は確か三人分ぐらいだったと記憶している。いつの間にかだんだんと狭くなっていった。ような気がする。一人分になったと自覚したのはつい最近で「近くなってないか?」と遠藤に確認したら「気のせい。私は気にしない。最初からこうだった。何の問題もない」と言われたので「お、おう」と頷いておいた。
「――というわけで、すっかり怪我は完治してる模様。『
「なぜその文字を選んだのかは謎ではあるが……それは良かった」
鴉に襲われた後輩の様子を遠藤から聞いて、俺はほっと息をついた。先日、弓塚達と一緒に追い払ったカラスはもう並木道には寄り付いていない。もともと、生徒達の落としたパンくずやお菓子などを当てにしていたカラスだった。今は、生徒達自らゴミを片付けるようになったので、要因そのものも無くなった。噂では、あの野球部マネージャーが太田と率先して掃除しているようだ。というか、太田に掃除をさせているらしい。「肝心な時に救援に来なかった罰です」と恨みがましい目で詰め寄られたと太田がボヤいていた。「ラブコメか、けっ」「地獄に落ちろ」などと弓塚と菊池が小声で呪いをかけていたが太田は気が付いていなかったな。
コンビニの前を通る。
「……ジャンケン」「ん」
サッと互いに手を出し合う。チョキとチョキ。グーとグー。チョキとチョキ。十数回のあいこの末、互いに目をつぶって最後の勝負。
「私の勝ち」
「……無念だ」
ジャンケンの間ずっと外していた眼鏡をかけてコンビニに入る。コーヒーを二つ購入する。俺は、シロップ一つ。遠藤の分はミルクを二つとシロップを半分入れて、残りを俺の分に追加する。外に出ると、勝者の遠藤にコーヒーを渡す。
「暖かい。勝利の味」
「次は負けん」
「前回もそう言った。倉田委員長のコーヒーは、だんだん私好みの味になってきていて美味しい」
「それは俺がいつも奢っているという皮肉か」
つい舌打ちしてしまうが、遠藤は機嫌良さそうに微笑むばかりだ。コーヒーを賭けたジャンケン勝負は、「ついにジャンケンでも勝利しか味わえなくなってしまった」と軽くドヤッてきた遠藤に俺が勝負を挑んだ今年の春頃から続いている。眼鏡を外した俺とジャンケン必勝法を身に着けた遠藤。どちらが強いのか試しているのだが、えんえんとあいこが続いてしまうので、いつも偶然にまかせた勝負で終わってしまう。その結果が俺の連戦連敗と言っていい程の勝率なのだが、もしかして俺はジャンケンが弱いのでは……いや、そんな事はない。
ちなみにこのジャンケンは、遠藤が最初に出す手を決めて、その後俺が遠藤の顔を見つめて勝負手を決める流れになっている。何故その流れなのかは、説明するまでもない二人の間のルールだ。
「このジャンケンは楽しい」
遠藤がコーヒーを飲んだ後、顔を上げて空を見上げる。コーヒーで温められた白い息が夜空にのぼるのを、なんとなく見つめる。
「私の灰色の選択が、倉田委員長に引き分けにされるのが楽しい。勝つだけじゃないというのが嬉しい」
「まさしく後出しジャンケンだからな、俺は」
「うん、倉田委員長は卑怯」
「遠藤のもだろう」
「うん。お互い様」
遠藤が夜空を見上げたままポツリと呟く。
「少しずつ効果が上がってきている」
「ああ」
「どうしてなのかもわからないまま」
「そうだな」
「何のための力なのか……それも分からない」
「すまんな。約束したのに、俺はまだ達成できていない」
「ううん」
俺の台詞に遠藤がこちらに振り返る。
「倉田委員長には助けてもらっている。今までずっと。今のは泣き言じゃないし、恨み言でもない。だから、これからもよろしくというお願い」
遠藤の微笑みに、俺は苦笑する。
「お願いされた。了解だ、遠藤」
「じゃあ明日のコーヒーもご馳走様」
「それは、遠藤が奢る予定だろう」
「倉田委員長は冗談も下手い」
「も?」
おかしい、俺に苦手分野はないはずだが。例えばコピーライターになったら無敵なはずだ。確認しようとするも、遠藤はコーヒー片手に歩き出す。首を傾げながら俺は後を追った。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
街灯が柔らかく辺りを照らしている。俺と遠藤は、江藤さんがいつも利用しているという公園に来ていた。この時間だと、人影はまばらだ。帰宅途中のサラリーマンや学生などと時々すれ違う。
「……東屋」
遠藤が、道の先を指さす。街灯の明かりが僅かに届かないそこには黒い一人分の人影があった。スマホを見る。約束していた時間だ。では、間違いないだろう。遠藤と軽く頷きあう。
「失礼ですが、江藤ララさんでしょうか」
東屋に近づき声をかける。俺の声に人影は反応した。座っていたベンチから腰を上げ、こちらに近づいてくる。街灯の明かりが、下半身からやがて上半身を照らし出す。
「……!」
遠藤が息をのむのが分かった。俺も、声を出すのをためらうほどの衝撃が襲った。いっそ恐ろしいと表現してしまいそうなほどの美貌の金髪の外国人がそこにいた。その静かな視線が俺達を射貫く。
「……弓塚君が話していた二人というのが貴方たちですか?」
その唇から聞こえてくる声も現実味がない。拳を握り、足をしっかりと踏む。落ち着け。心を安定させろ。相手は敵でも何でもない。ただのクラスメイトの――姉だ。
「はい。弓塚と妹さんのクラスメイトです。俺は
「……
「何の用なのかしら。弓塚君に聞いても知らないようだったし」
「いや、弓塚に説明しても多分あいつは覚えきれないだろうと……」
「なるほど、ね」
すこし可笑しそうに口に手を当てる彼女の雰囲気に、すこし俺達も和らぐ。
「相談したいことがあったので、弓塚に取次を頼みました。俺が今から話すことは、ひとつ突拍子もないある事が前提となります。信じてもらう事ができるかは正直わかりません。ですが、それでも相談したかったのは、内容が妹さんに関係するかも知れないからです」
「……エルに?」
もちろん想像は付いていたのだろう。特に驚く様子もなく続きを促してくる。
「先日、校内で生徒を襲うカラスが出ました。男子生徒は襲わない。女子生徒だけが対象でした。どうしてカラスが女子生徒だけを襲うのか。俺はカラスの脳内イメージを見ました。少女でした。耳の長い、一人の少女」
俺はララさんに言った。
「誰かが妹さんを探しています」
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