エルフさんはうつぶせになる

 肌寒い冬の朝。登校中の僕は、コートのポケットに手を突っ込みつつ、あくびをしながら歩いていた。


 昨夜、通常モードの池上からオンラインFPSゲームの助っ人を頼まれ、二人でランキングを荒らしまくっていたのだ。

 接近戦が得意な池上と、遠距離と不意打ちが得意な僕が組むと、ちょうどよくバランスが取れる。


『弓塚と組むと、効率はいいんだけど、罵声のメッセージが多くなるのがちょっとだなあ』


「失礼な」


 対戦ゲーは終了時に互いに罵り合うのが文化では? と言ったら、池上に「えぇ……」とドン引きされた声で通話を切られた。池上マジ許すまじ。


 その時点で、深夜四時過ぎ。


 かくして、僕は今非常に眠たいのを我慢して学校に向かっているのである。体調不良(体調不良である。二度言った)をおして学校に行くのは、なぜか? それは江藤さんに会えるからだ。

 愚問である。何故山に登るかぐらいに、答えは分かり切っている。


 そんな僕に降ってきたのは、癒しの風が吹く本日のログインボーナスの音声だった。


「弓塚君、おはようございます!」


 ニコニコしながら、神々しい金髪を朝の太陽に輝かせて江藤さんが近づいてきた。そばにくるだけで、周囲の空気が浄化された気がする。というか、浄化した。気のせいではない。


「うん、おはよう。江藤さん。今日も元気だね」


「はい、バッチリ元気だよ! 弓塚君も……あれ?」


 江藤さんは朗らかに答えると、言葉を続けようとして、僕を見つめた。


「ん?」


 と、思っていると、江藤さんがその真っ白な右手をス……と僕の額に持ってきた。


「大丈夫ですか? なんだか、すごく疲れたような眠そうな目をしてますよっていうか、だんだん額が熱くなってます! わ、わ、大丈夫ですか!?」


「や、その、急に心臓が鼓動を止めたというか、平気、なんの問題もないよ」


「いや、心臓止まったらだめですよね!? ほら、ここも熱いです! 大変です!」


「いや、その、ほっぺたそんなに触らなくても問題ないから! というか、このイベント続くと僕が死ぬから!」


「死……! やっぱり、どこかおかしいんですね! はやく保健室行かないと!」


「江藤さんが離れてくれると、問題解決なんだけどなあ!?」


「え、弓塚君、私邪魔ですか……」


「そういう事じゃなくてえ!」


 朝のドタバタは、たまたま会った真木さんが「何やってんのアンタ達」と声をかけてくるまで続いた。


 ふう、やれやれ、突発嬉しイベントだった。今日は幸先がいい。


 昇降口で靴を履き替えていたら、ピロンとDMが届いた。


「弓塚君、どうしました? 教室行きますよ」


「あ、さきに行っててー」


「はーい」


 スマホを操作しつつ、江藤さんに返事を返す。マフラーを外しつつ、江藤さんがバッグを肩にかけて昇降口から廊下を歩いていく。


「ん。菊池か。用事はなんじゃ、ろ、か……」


 送られてきたのは写真だった。僕が、江藤さんに、額を、触られた時の。


 ピロン。


 ――昼。屋上


 短いがゆえに物凄い熱量が籠っているのが分かるメッセージが届いた。


「……既読無視っとくか」


 そっとスマホをしまう。それから、教室につくまでの間、ピロンピロン僕のスマホは鳴り続けた。一度あまりの恐怖にチラ見したスマホの待機画面にはクラス男子勢のDMが恐ろしい勢いで届きまくっていた。


「幸先いいなあ……」


 本日は、もう終了でよくないかな?


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 何とか昼の惨劇を回避した午後一の授業中。


「眠っちゃ駄目ですよ、弓塚君」


 机にうつぶせになっている僕に、心配そうな声で小さく囁いてくる江藤さん。


「いや、昨日ほとんど寝てなくて……昼も運動したから、限界が近い……」


「男の子たちみんなで『オニゴッコ』とやらをしてたんです?」


「むしろ、鬼に追いかけられていたというか」


 校内で「死ね」とか殺気を浴びせられるなんて普通無いよね。


「……今日の勉強会は止めときますか?」


 江藤さんが、眉を下げてそんな事を聞いてくる。僕はうつぶせたまま顔だけを江藤さんに向けると、否定するように首を振った。


「いや、勉強会はやるよ。江藤さんとの大事な時間はこんな些細な事で潰しはしない」


「台詞はかっこいいのに、姿勢がだらしない……」


「そこは心の目で見て欲しいです。華麗に佇む僕の姿を」


「キッとした顔が違和感ある……」


「最近の江藤さん突っ込みが手慣れてきたね」


「えへへ」


 そこで照れ笑いがでる江藤さんはスーパー可愛いですなあ。ほんわかしてると、「あ、そうだ」と言って教壇に立つ先生の視線を掻い潜りながら江藤さんが机の横にかけていたバッグから小さなポーチを取り出した。


「はい、弓塚君。これあげる」


 うつぶせで江藤さんを眺める僕の前にちょこんと置かれたのは、市販の小さなチョコレートだった。


「今朝、コンビニで買ってきてたの。勉強会終わったら食べようかなと思って。疲れた時には甘いものがいいんだよね?」


 そう言って微笑む江藤さんは大天使である(断定系)。包みから出して、口の中に放り込む。甘い優しさが口の中に広がった。


「ありがとう、江藤さん。一気に元気出てきたよ」


「ふふふ、どういたしまして」


 江藤さんはポーチをしまうと、机の上に僕と同じようにうつぶせになった。そして、しばらくしてこてんと首を傾ける。僕の方に向かって。


「……弓塚君。今日も勉強会頑張ろうね」


 小さく囁いてくる江藤さんは、少し顔を赤くしていた。僕の耳はもっと真っ赤だったに違いない。


 江藤さん、急に攻撃されると、死にます。僕は。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。


 まあ、すぐに冷静になりましたけどね。はい。






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迷宮の住人~有能すぎるのは僕ではなく支援精霊だった~

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