エルフさんはラーメンが食べたい
江藤さんがバイトをはじめて二週間がたった。
平日は夕方、土日は午前中の一時間ほどを、いつもの公園を使って近所のお婆ちゃん達から預かったペットを引き連れて散歩する。
最初は毎日僕もついていっていたが、ララさんがこっそりと後をつけているのを確認できたので、時々お邪魔する程度にした。
不安そうに眉を下げているララさんの表情は、「妹」を見守るというよりはもっと違うもののような感じがした。そう、それは物語でよく見かけるような。
きっとララさんは、江藤さんの――まあ、ここは僕たちの世界だ。それは、どうでもいいだろう。ララさんは、江藤さんのストーカー。それでいいし、それが面白い。
そう思ってララさんを遠くから眺めていたら、冷たい視線で射貫かれた。読心術のスキルでもあるんですか。
そんなこんなでララさんとは、江藤さんの後をこっそりと見守る間柄となっている。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「弓塚、お前今日弁当忘れたって言ってたよな? 今から太田と学校抜け出してラーメン屋行こうと思うんだが、一緒に来るか?」
昼休みを告げるチャイムが鳴り、古文の先生が教室から出ていくと、クラスメイトの
「寒い日にラーメンはいいね。僕も行こうかな」
菊池の誘いに僕はためらいもなく頷いた。何やら、昼休みに学校外に食べに行くのはけしからんというルールがあるとの噂があるが、それは都市伝説である。
バッグから財布を取り出すと、僕は真木さんの机に向かっている江藤さんに声をかけた。
「江藤さん、悪いけど今日は菊池達と食べてくるよ」
「はい、わかりました」
たまに池上や倉田たちと学食に行くので、江藤さんはコクンと頷いた。
「学食ですか?」
「うん、学生が食べに行く食堂には違いないね」
「……? いってらっしゃい?」
「行ってきます」
首を傾げる江藤さんに手を振りながら、教室を出る。嘘は言ってない。正直者の弓塚君に偽りなしである。
「……ああいう言い方で誤魔化すのは、弓塚らしいよなあ」
「ナチュラルに口から言葉が滑り出してるよな」
感心したような口振りで頷いている菊池と太田に、僕は眉をしかめた。
「失礼な」
「それを心底失礼と思えるのがすげえわ」
「まあ、弓塚のそれはいつものことだ。さっさと行こうぜ。今の時間なら、西側門が手薄だ」
校舎を出て、僕らは西側の門に向かう。学食とは別方向になるので、だんだんと生徒の数が少なくなっていく。
「そういや、池上が言ってたんだが、新メニューが出てたらしいぞ。辛さがいつもの五倍らしい。ラグビー部と柔道部の連中が、辛さが足りん! と店のオヤジに嘆願したそうだ」
「オヤジさん、リクエストにほいほい応えるからなあ……」
「この前のトウモロコシがまるまる一本入った味噌ラーメンは美味しかったよね」
「どんぶりの中央にトウモロコシが縦にささった絵面はひどかったけどな」
西側門までもう少しの所で足を止めた。僕と太田は身を隠し、菊池だけがそろそろと近づく。
菊池が、周囲を見渡し人気のないのを確認すると、スルスルと門を抜ける。手信号で、こちらにOKの合図を出す。
「いつもながら菊池の斥候は見事だよね。『スカウト』と呼びたい」
「宝箱落ちてたら、罠解除できるんじゃないか?」
太田と話しながら門を抜けると、菊池が近づいてきた。
「お前ら油断し過ぎだ。もうちょっとタイミングずれてたら、先生やってきてたぞ。幸いこっち見なかったから見つからなかったけどな。ほら、行こうぜ」
「菊池、よく先生に気づいたな。全然気づかなかったわ」
「こんなの試合と同じだろ。
ラーメン屋に辿り着くと、店の中にはチラホラと学生の姿があった。学校という囚われた檻から抜け出した歴戦の勇者たちである。
「特製ラーメン大盛生卵替え玉一緒に!」「ラーメン大盛と炒飯!」「チャーシューメンネギ増しで」
カウンターに着くや否やメニューも見ずに注文する。セルフサービスのお冷を、氷いっぱいに溢れさせながら持ってくる。
「とりあえず乾杯」「何に?」「江藤さんに」「なるほど乾杯!」「いえーい」「いえーい」
意味もなくグラスをぶつけあう。午後からの授業内容に愚痴を言い合っていると、注文したそれぞれのメニューがカウンターに置かれた。
「いただきます」
割り箸を持った手を合わせて一礼。次の瞬間、腹をすかせた体育会系に負けないように、麺を一気にすすりだす。
「あいかわらずオヤジさんのラーメン最高です!」「うめえ!」「泣ける!」
「いいから黙って喰え。うるせえんだよ!」
オヤジさんからの一喝を右から左に聞き流し、もくもくと麺を飲み込んでいく。照れたオヤジさんの耳が真っ赤になっているのを僕たちは見逃さなかった。
「ち……余っちまったからよ。お前ら、片付けとけ」と言って、替え玉半分をサービスしてくれたオヤジさんは、だからチョロいと言われるんだと思う。
「ご馳走さまでーす、またきまーす!」
暖簾を掻き分け外に出る。
「ふう、食べた食べた」
「相変わらず炒飯が最高だったわ」
「うお、寒いな。さっさと学校に戻ろうぜ」
太田がブルりと体を震わせる。いや、太田の場合はシャツ一枚なのが原因じゃないのか。
突っ込もうとしたところ、学校の方から歩いてきた人から声をかけられた。
「おう、お前ら。今日はラーメンだったのか?」
「あ、先生」
振り向くと僕らの担任、森川先生だった。
「ええ、今日のスープも美味しかったですよ」
慌てることもなく僕は頷く。うちの先生は、こういう時ガンスルーしてくれるので大変ありがたい。
「先生、辛さ五倍のラーメンがでてたっすよ」
「昨日食った。舌がしびれたぞ、あれ」
「炒飯も完璧だった」
「菊池の舌がうるせえって文句言ってたぞ。ここ半年で炒飯が別物に進化してるのは、絶対菊池の影響だからな」
森川先生は苦笑すると、店内に入っていった。
「お前ら、午後一は俺の授業だからな。遅れんなよ」
「了解っす」「っす」「っす」
カウンターに座りながら、こちらに声をかける先生に答えつつ、学校へと足を向ける。
「まだ時間あるけど寒いから教室に戻ろうか?」
「だな、真木のコーヒー飲ませてもらおう」
「それいいな」
教室に戻ると、江藤さんがやってきた。
「帰ってきましたね、弓塚君。三人でラーメン食べてきたんでしょう」
「あれ、バレた?」
「真理愛ちゃんが、あの三人の組み合わせで学食は絶対ないって言ってました!」
「地味にひどい」
「ラーメンいいなあ、私も食べたかったです」
「じゃあ、今度みんなで食べに行く?」
「お昼に抜け出すのは無しですよ?」
「じゃあ、今度の休みのお昼に。江藤さんのバイトの後とか。都合がつく人で」
「わーい、行きます!」
後日、都合がついたクラスメイトで食べに行った。美味しかった。江藤さんは、真木さんに長い髪を纏めてもらって、幸せいっぱいな表情で楽しんでいた。
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