エルフさんは恥ずかしい

 冬の帰り道は、少し遅くなると夕方から夜へと移っていく薄暗い道を歩くこともある。


 その日、いつもの課題を終えた後図書室に寄っていた僕と江藤さんは、借りた本を抱えながら部活動の騒音が落ち着きはじめている学校の中を校門へと向かっていた。


「また弓塚君は、そんないかがわしい本を借りて!」


「違う。違うんだよ江藤さん。これは主人公とエルフのピュアな恋愛を巡るハートウォームなお話の続きなんだよ。大体、学校の図書室にそんな本があるわけないじゃないか」


「真理愛ちゃんに聞いたんですけど、今の図書委員長って弓塚君と親しいんですよね? 最近、その人と弓塚君が何やら頑張って自分たちの好きな本を先生たちに気づかれないように密かに図書室に導入したとか何とか……」


「ははははははは何のことやら」


 真木さん、江藤さんになんて話を。男子生徒たちの『楽園』を守るため、僕は全力でしらを切りとおすことにした。江藤さんの「じー……」というジト目に屈することなく、歩みを進める。ちょっと歩幅がでかくなったのはしょうがない。あ、右手と右足がいっしょに出てる。


「まったくもう、弓塚君は」


 何か江藤さんの口癖になってきてる気がして大変申し訳なくなってくる。


「江藤さん、ごめんね。エルフ愛が強すぎて、ついつい読んじゃうんだよね」


 だが自重はしない僕である。


「……エルフ愛ですか」


「そう、エルフ愛」


「そ、それなら、まあ、許してあげないこともないかもしれないなんて思わないでもないですね」


 いい感じにきょどっているエルフさん可愛い。

 無意識だろう、片手で耳を触っている江藤さんを眺めながらハートウォーミングしているうちに、いつの間にか校門を通り過ぎていた。


「暗くなるの早くなってきたねえ」


 いつもの公園までの道のり。街灯の灯りがポツリポツリと点き始めているのを見ながら、江藤さんとたわいもない事を話していく。


 途中のコンビニで仲良く肉まんを買って歩きながら食べていく。ハフハフと口に含む江藤さんの表情が、すごく美味しそうです。


「何で世の中には、肉まんとあんまんのどちらかを選択しないといけない試練が存在するのでしょうか……」


 肉まんを食べながら、ふと悲しみに憂う表情を見せる江藤さん。

 傍目には芸術の如き可憐さではあるが、言っていることはお小遣いのやり繰りに苦しむ一女子高生である。

 思わずあんまんを奢りそうになってしまう。

 しかし少ない武装で高校生活を戦うのも、醍醐味には違いない。「今度はあんまんにします」とハフハフしている江藤さんを見ながら、僕は無意識に手にしていた財布をそっと戻した。


「江藤さん知ってる? ホットサンドメーカーっていう小さいフライパンみたいなやつで上下から肉まんを挟んで焼くと、カリカリになって無茶苦茶美味しいらしいよ。バターで焼くんだって」


「何ですか何ですかそれ! 想像しただけで美味しい感じがします!」


 身体全体で興味津々な様子を見せてくるのが可愛い。思わず僕のコートの袖を軽く摘んでくるところなんか、心臓がドキドキ脈打ってきてしまう。


「今度、真木さんに一緒に作ってもらおうか」


「私、お願いしちゃいます!」


 カリカリ肉まん〜と鼻歌を機嫌よさそうに口ずさみながら江藤さんが公園へと入る小さな階段を上がっていく。


 その後をついていきながら、何となく僕は辺りを見渡した。


「あれ、ララさんが先に来てる」


 公園の東屋あずまやに、場違いなほどの存在感があった。背の高い金髪の外国人。ただそこに佇んでいるだけなのに、不思議と目を奪われてしまう。


 江藤さんの『姉』で、おそらくは江藤さんと同じ――エルフだ。


「ララーシ姉さん! 今日は早いね。どうしたの?」


 ララーシャと呼びそうになった江藤さんが、うまく誤魔化したって感じの得意顔でララさんに近づいた。はぁと溜息をついたララさんが、そんな江藤さんの頭を軽くこづく。


「!」


 なんで!?という不可解なプリティ顔をした江藤さんが可愛すぎて凝視していたら、

 こちらに視線をやったララさんと目が合った。


(スルーしてくれてありがとうございます)(いえいえ、いつも癒されております)(本当に感謝しております)(こちらこそ眼福でございます)


 アイコンタクトでご挨拶をしてしまうぐらいに、この瞬間江藤さんを介してララさんと僕は心が通じ合っていた。


「むー」


 そんな僕達を見て、江藤さんはちょっと不満そうだ。


「弓塚君は、やっぱり年上がお好きなんですね!」


「また、その話題?」


 文化祭での会話を思い出してしまうな。あの時は、江藤さんはなんて言ってたんだっけ。確か、僕がララさんに一目ぼれしたとかそんな変な話になって。そして暴走した江藤さんがララさんの事をあれこれ――。


「……あ」


 目の前のララさんへと視線を向ける。江藤さんとは違うベクトルの凄まじい程の美貌。美女、という言葉すらもが負けてしまう程の圧倒的な美麗さ。吸い込まれてしまう程の魅力であるのだけれど……。


『えーと、えーと、実は結構ズボラでおっちょこちょいで、たまにお風呂から上がってくるときに――』


 あの時の江藤さんの台詞が脳内で字幕再生されてしまい、思わず「ぶほっ」と吹いてしまった。


「……?」


 ララさんが、眉を上げて不審そうな顔をする。


 い、いかん、無心になろうとあの時決めていたのに不意打ちで思い出したので失敗してしまった。


「す、すみません、違うんです。ちょ、ちょっと思い出しちゃって」


「思い出し……?」


『ララ姉さんは朝が弱いので時々寝ぼけて、歯磨きの後のコップをぐいっと一気に』


 あ、だめだ。連鎖反応で、何かが漏れる。外見とのギャップが凄まじすぎて、これは無理だ。


「ぐぐふふう」


「あ! 弓塚君が、ララ姉さんを見て、すごく面白い表情してます!」


 江藤さん! 君のせいでもあるんだからね!?


「……エル」


 僕の我慢している様子を見ていたララさんが、何かを思いついたような目でエルさんに振り向いた。


「弓塚君のこの様子……何か、あなたが関係してないですか?」


「……い、いいえ?」


 ララさんの冷たい視線で見つめられた江藤さんが、これはヤバイと感じたのか、僕の背中に隠れるように移動しながら顔をそらして否定する。

 怪しさ大爆発です江藤さん。限りなくギルティエルフである。


「何を話したのかはわかりませんが……よろしい。では、弓塚君。ちょっと、こちらへ」


 ララさんが、ちょいちょいと僕を呼ぶ。


「は、はい?」


「エルが何を言ったのか教えてくれませんか? どうも、私の事を何やら話したような気がするのですが」


「あーあー! 弓塚君! ララ姉さんに、何も言っちゃだめですよ!」


「と、妹様は申されておりますが。さすがに、江藤さんの許可なしに話してほしくないことを話すのは僕にとっても難し」


「話してくれましたら、あの妹の自宅に帰ってからのだらしない生活エピソード五選をとくと語ってさしあげましょう」


「文化祭の時の事なんですけどね? クレープ食べるために向かっていた時に、江藤さんが話してくれたんですが」


「わー!? 弓塚君、なんですっごい嬉しそうにワクワク話し始めるんですか!? ララ姉さんも何言ってるの!? え! ダメですよ! こらー!」


 江藤さんの慌てる声が公園に響く。その日、江藤さんはララさんにみっちりと怒られたそうだ。翌日、心底疲れた感じで話してくれた。


 僕は、ララさんから江藤さんのいろんな話が聞けて大変満足でした。ララさんが、色々話してくれるのを耳を塞いで恥ずかしそうに呻きながら、こっちを見つめる江藤さんが非常に可愛かった。ちょっと涙目だったのがポイントでしたね。





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