エルフさんは暖まる
僕らの癒し系天使である江藤エルさんは、最近ちょっと忘れがちになってしまうけれども、異世界から密かにやってきたエルフである。天使系エルフ。エンジェルフと呼びたい。
天使の輪っかと見間違うほどの金髪の輝きは、思わず拝んでしまう程に神々しく、何で背中に羽が生えていないんだろうと疑問に思わない日はない。
「最近、弓塚君が背中ばっか見てる気がします……」と怪訝そうに江藤さんが呟いていたが気のせいです。
冬がいよいよ本格化してきた今日この頃。
思いのほかこちらの気温が寒かったのか、最近の江藤さんは、防寒対策に余念がない。
毛糸の暖かそうな若草色のマフラーにほっぺたとお鼻が真っ赤な江藤さんの組み合わせは、控えめに言ってスマホ連射5分間に耐えきる尊さである。僕と真木さんのスマホの容量が、そろそろやばくなってきている。
「ゆ、弓塚君、おはようございます。今朝も寒いねえ」
寒さに凍えながらも、今日も笑顔の江藤さん。学校指定のコートは少し防寒が足りないみたいで、モコモコ手袋の腕を前に組んで少しでも寒さをこらえようとしている。
「江藤さん、使い捨てカイロ良かったら使う?」
そんな江藤さんに、僕は両ポケットに入れていた小型の使い捨てカイロ二個を取り出した。昨日買い換えた手袋が思いのほか性能が良く、持ってきたカイロ無しでも充分だった。
「使い捨てカイロ……?」
「えーとね、ちょっと握ってみて」
「あ、暖かい!」
「しばらくこの熱さが持続する袋なんだよ。寒さがきつくなると、これ使った方が過ごしやすいね」
「え、弓塚君は寒くない?」
「僕は大丈夫だよ。ほら、江藤さんの耳真っ赤になってるから。使って使って」
躊躇してる江藤さんに、ほらほらと急かせてカイロを渡す。うーんと心配そうにこちらを見ていた江藤さんだったが、そのまま両耳にカイロを当てた瞬間、顔が暖かさに溶けた。
「ふわぁ……」
目をつぶっているその表情は、今にも消えてしまいそうなほどに幻想的で思わず息をするのを忘れて魅入ってしまった。
江藤さんがはぁと吐く白い息が、冬の朝に霧のように消えていく。
「あったかー……ありがとー……」
そのまま耳にカイロを当てながら、江藤さんが歩き出す。相当気に入ったようだ。えへへと笑顔の江藤さんと学校までの道のりを歩く。
「カイロを考えた人偉いです……凄い……尊敬……」
江藤さんの中で、カイロブームが来ているらしい。
「帰りにドラッグストアに寄ろうか? 確か、安売りしてたような気がする」
「行きます!」
僕の言葉に江藤さんは食い気味に手を挙げた。そして、寒そうに急いで耳にカイロを当てた。カイロ可愛い。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
放課後のいつもの倉田委員長&遠藤さんによる問題集を解いた僕たちは、ドラッグストアで使い捨てカイロを物色していた。
個数と値段のバランスをどこで折り合いをつけるか悩みながら、使い捨てカイロを選んでいる江藤さん。
「うー、どれにするか悩みます……」
「江藤さんは寒がりだから、この熱いのがいいんじゃない?」
「でも、こっちの方が二個多く入ってるんです」
お小遣いのやり繰りもあるので、江藤さんは相当悩んでいた。最終的に一番熱そうな感じのパッケージのを選んだ江藤さんが支払いを済ませていると、見るからにヤバそうな感じのガラの悪い金髪ヤンキーが絡んできた。
「おう、江藤さんと弓塚か」
「八草君! お買い物ですか?」
「ああ、家の猫たちの分をな。よく食いやがるから、いくら買っても追いつきやしねえよ」
そう言って苦笑するのは、くすんだ色の金髪が目立つヤンキーだ。いや、ヤクザと言っても違和感がない。決して、西洋の血を引いたイケメンめ滅ぶがよいなどとは思っていない。思っていないが、何故か睨まれた。解せぬ。
母親に弱い反抗期の息子というイメージで大体あってる。
「あれ? まとめ買いはしないの?」
先ほどの言葉とは対照的に、八草の買った猫用の食べ物は少量だった。
「あ? あいつらの味の好みも流行り廃りがあるだろうが。様子見ながら、買いかえてんだよ」
ちょっと待ってほしい。ヤクザの所業とは思えない。なんだこいつ。イケメン過ぎて、早めに始末しないと大変なことになりそうだ。
思わず弓と矢を手に取ろうと本能が背中をまさぐる。くっ! 八草め。市街地で助かったな!
「なんでドラッグストアでクラスメイトから殺気あびせられてんだろうなあ……」
八草が遠い目をしながら何かつぶやいている。武器が無いならしょうがないか。ええい、覚えてろ。今日の所は見逃してや
「八草君の飼い猫は幸せものですねー」
るもんか、どちくしょう。イケメン死すべし。慈悲はない。
「殺気が、濃厚になってきたな」
「気のせいだよ。そういや、八草は夜中にランニングするのが趣味だったよね。どこのコース走ってるの?」
「闇討ちする気満々なヤツに教える馬鹿はいないよな」
「ははは、何の事やら」
和気あいあいと会話を盛り上げながら、三人でドラッグストアを出る。江藤さんは、早速買ったばかりの使い捨てカイロを取り出していた。暖まりだした白い袋を、大切そうに頬に押し当てている。
「幸せです……」
ほんわかとした表情を見ているこちらが幸せなんですが、それは。とりあえず、八草と一緒に正面と斜めからの角度でスマホで撮っておいた。後でグループ会議に送っておこう。真木さんからお褒めの言葉をもらえそう。
「お前ら、この後時間あるか? 例の白猫のところに寄ろうと思ってるんだが」
「白猫……この前見せてもらったここらで一番の美人さんですか?」
「そうそう。寄ると言っても、遠くから眺めるだけなんだけどな」
「わー行きたいです! 弓塚君、いいかな!?」
「予定もないし全然いいよ」
放課後の時間。同級生と、無計画に時間を過ごす。しっかりとした目標も、きちんとした目的もない。ふわふわとした緩やかな日々。
目の前の少女が、いつも笑顔で過ごせる世界。
「早く行きましょう! 楽しみだね!!」
僕は、江藤さんの笑い声を聞きながら、この奇跡の時間をずっと守っていこうと思った。
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