エルフさんは怒っている

 それから一週間かけて、僕と倉田委員長は放課後の時間カラスの撃退を続けた。

 太田とマネージャーさんへの反応の差をもって導かれた「女性を狙っているのではないだろうか」という倉田委員長の予想は、を並木道に特攻させるという尊い犠牲によって証明された。言いたいことは分かる。僕もそう思ったし、「それでいいの?」と倉田委員長に確認した。返答は「なにか問題があるか?」だった。カラスは襲った。それが答えだ。


「カァ……」


 今日もまたカラスが逃げるように去っていく。


 池上フランソワーズの輝くような美貌と正反対の嵐のような抵抗に、カラスは連戦連敗を続けていた。最初こそカラスの空中からの攻撃に手を焼いていた池上フランソワーズだったが、翌日以降はその運動神経をフルに発揮しカラスの攻撃を神回避、隙を見ては手に持った風船をカラスが近づくタイミングで何度も破裂させていた。

 僕は風船を膨らませる役だけやっていた。大変楽ちん。


 池上を凝視して何かを悩むような素振りを見せるカラスの様子は、いっそ哀れだった。池上がフランソワーズ過ぎるのがいけないのだ。


「今日はもう終わり……ですの?」


「ああ、そうだな。ここ最近の様子だと、もう追い払うのはいいだろう」


「そうだね、今日は池上だけじゃなくて他の女の子見るだけで、ビクッとしてたもんね」


 あのカラス、トラウマ抱えてなきゃいいんだけど。


「二人とも礼を言う。これで後輩も部活動に専念できるだろう」


 倉田委員長が僕らに向かって頭を下げる。


「気にしないでよ。なんだかんだで楽しかったしね」


 池上フランソワーズもこくりと頷く。


「では、教室に戻ろうか。そろそろ移動しないと、池上目当ての女生徒たちが増殖してしまう」


「……そうだね」


 並木道を見渡す。あちこちから、こちらを見守る女生徒たちの影。池上の邪魔をしないように、先ほどまでのカラスとの死闘は距離を開けて見守っていたようだったけども、ジリジリと近づいてきてるのが分かる。君達、凶暴なカラスへの恐れよりも池上愛のほうが強いんですね。なんか「池上派」と「フランソワーズ派」と「池上フランソワーズ派」の三つ巴なモテっぷりらしい。くそうイケメンめ。月夜の晩は背中に気を付けて欲しい。僕は、遠距離射撃が得意です。深い意味はない。


「弓塚、割れた風船のゴミは、これで全部かしら?」


 池上が耳にかかった金髪をさらりと流しながら聞いてくる。


「うん、僕の拾った分で最後だね。じゃあ、戻ろうか」


 翌日、いちおう並木道を少し観察したけれどもカラスがやってきている様子はなかった。とりあえず解決である。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「弓塚君、一週間お疲れ様でした! 頑張ったね!」


 お昼休みのランチタイム。

 江藤さんからのお言葉によって、僕の一週間は報われた。エルフ尊い。


「一日目は太田君の後輩さんを助けたんだって?」


 卵焼きをモグモグしながら、宮原加奈みやはらかなさんが聞いてくる。陸上部の期待の星で、短距離がメッチャ早いらしい。話すたびにポニーテールがゆらゆら揺れるぐらいに元気な人だ。


「うん、運悪く通りがかっちゃってね。倉田委員長となんとか撃退したよ」


 カレー風味の唐揚げを平らげつつ頷く。


「ふわぁ、すごいです……」


 真木さん見て見て。僕めっちゃ褒められてるよ。

 僕の無言ドヤ顔アピールに、真木さんは「は?」という口パクでもって応えてくれた。トイレが近くなりもうした。


「江藤さん、ここは大活躍した僕の頭を撫でてもいいんじゃないかって思うよね?」


「弓塚君、撫でなくてもいいんじゃないかって思うよ?」


 僕の真剣な提案を小粋なジョークと受け取った江藤さんがこてんと首を傾けながらイジワルく微笑する。小悪魔ムーブな江藤さんはデンジャラス可愛いなあ。

 ちなみに、こてんと首を傾けた瞬間に真木さんと宮原さんはスマホを取り出して激写していた。反射神経が凄すぎる。後で写真もらおう。それはともかく。


「で、江藤さんのほうはどうだったの? 書道部楽しかった?」


 この一週間は、昼休みも忙しかったので、一緒にお昼ごはんも食べることができなかった。


 我がクラス最強の『錬金術師』と呼ばれる大宅間おおたくまが主導でカラス撃退用トラップを作っていたのだけれど、だんだんと少年の心を呼び覚ますギミックを創造すること自体に夢中になってしまい、大宅間と僕と倉田委員長の三人で授業時間中もフルにアイデアを出し合って無駄に時間を過ごしてしまった。超楽しかった。結果的に言えば、カラスには全然通じず、池上物理アタックが正解だったわけだけども。後悔はない。というか、アクリル板を使用した透過スクリーンに大宅間が作成した3D美少女アバターを投影して、騙されて特攻しかけてくるカラスを捕まえる作戦はあともうちょっとだったと思う。誰が、美少女アバターの操作役になるかで揉めたのが敗因だった。操作したかった。


 まあ、そういうわけで江藤さんが書道部でどう過ごしていたのかは全く知らなかったのだ。


「えーとね、毎日まずは遠藤さんからもらった課題をやってー」


「うんうん」


「書道部の人達といっしょに、部活に混ぜてもらってました。えへへ、結構字上手くなりましたよ!」


 江藤さんが嬉しそうに笑う。笹の葉のようなエルフ耳がピコピコ動く幻覚が見えた気がする。


「アタシも一度エルちゃんの様子見にいったのだけれど、すごく真面目に参加してたわね」


 真木さんが、まるで授業参観にいったような感じで言う。そして、思い出すようにニヤリと笑う。


「あ、そうそう弓塚。エルちゃんてばね。ずっと長く正座してたもんだから、一枚書き上げた後に、うーんと背伸びしようとしてバランス崩して、そこで足の痺れに気づいて『ひゃい』って声上げて倒れこん」


「ままままままま真理愛ちゃん! なな、なんで、弓塚君にそれ言うの!? 黙っててって言ったのにぃ!」


 真木さんの口をその可憐な白い御手で塞ぎながら、慌てた様子で江藤さんが騒ぐ。アワアワエルフ可愛い。

 口を塞がれた真木さんは、幸せそうな表情で昇天しようとしていた。


 僕達の席の近くで、倉田委員長とご飯を食べていた遠藤さんを見る。会話が聞こえていたらしい。僕の視線に気づいた遠藤さんは、スマホを取り出し、もう片方の手でグッと親指を突き出した。実に頼もしい。後で動画見せてもらおう。


「ひゃいって倒れこんだ江藤さん、そろそろ真木さん勘弁してやらないと大変な事になりそうだよ」


「弓塚君、意地悪です……」


 顔真っ赤にしながら、江藤さんが僕を睨む。ボーナスタイムである。「ごめんごめん」と反省の色を微塵も感じさせることなく真木さんが、江藤さんのお口に手作りのナッツの入ったクッキーを詰め込んでいくと、しかめていた眉がだんだんと下がっていった。ほっぺた落ちそうな感じの美味しそうな表情している江藤さんが、チョロ可愛い。真木さんの場合、大概のいたずらはお手製お菓子で相殺されてしまうみたいだ。


「もー真理愛ちゃん。私怒ってるんだからね! なので、もう一個ください!」


「はいはい」


「美味しい!」


 サクサクとクッキーを食べる江藤さんの笑顔が眩しいお昼休みだった。

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