エルフさんがカーと鳴く

 そもそものきっかけは、数週間前の文化祭終了後くらいにさかのぼるらしい。


「うちの書道部の後輩が、カラスに襲われたんだ」


「カラス……あのカーと鳴く黒い鳥ですか?」


 江藤さんの思い出すような声に、倉田委員長が頷く。カーと鳴く江藤さん可愛い。


「校舎裏の並木道を部室まで歩いていた時に、急にカラスが襲い掛かってきたらしくてな。かなり凶暴なヤツで、後輩は利き手に怪我を負ってしまったんだ」


「怪我を……ですか。後輩さんは大丈夫なの?」


 江藤さんが痛ましそうな表情で言う。


「利き手以外には怪我はなかった。そろそろ治りかけにもなっている。ただ、並木道を通るのを怖がっていて、部活にはあまり来れていない」


 遠藤さんが答えると「可哀そう」と江藤さんが呟いた。


「もともと並木道にはカラスがよく来ていたんだ。どうも部活帰りの生徒が食べたパンやお菓子の残りが目当てらしくてな。飛んでくる数は少なかったし、そこまで問題にされていなかったが、最近凶暴になってきたらしい。前は人に近づくなんてことは無かったんだが……」


 倉田委員長は、後輩が安心して部活に来れるように、カラス対策を行ったらしい。カラスが近づかないように並木道に色々仕掛けを施したそうだが、残念ながら結果は満足できるものではなかったそうな。


「キラキラ光るCDやDVDディスクとか吊るすと効果あるって聞いたことあるような?」


「……効いたのは一日だけだったな。慣れると全然効かないらしい」


「へー」


 僕の思い出すような言葉に倉田委員長が肩をすくめる。


「今の所、意外に効果があったのが、目玉風船代わりに用意してた普通の風船の割れる音だった。興味がわいたのか嘴でつついて割ってしまってな。音と衝撃に結構驚いたみたいだった。だが、それに懲りたのか、今は風船を用意すると遠ざかりはしないが近づきもしない。警戒しているようだ」


 カラスが風船にある程度近づいたところで、割れるような仕組みを模索したようだけれどそれも駄目だったという事だ。


「池上の変身ベルトを作った大宅間と一緒に試行錯誤したんだが、なかなか難航している。そこで思いだしたのが、弓塚だ」


「弓塚君?」


 不思議そうに江藤さんが僕を見る。


「文化祭の時の弓塚の『弓』を思い出してほしい。太田や菊池のボールを咄嗟に矢で仕留めていた。あのスピードなら、カラスがある程度の距離に近づいた瞬間を狙って、風船を割れると思う。もちろん、カラスを間違って射貫くこともないだろう」


「なるほど! そうですね、弓塚君の弓なら大丈夫そうです!」


 江藤さんが倉田委員長の説明を聞いて、パンと両手を叩く。


「よし分かった倉田委員長僕が今からカラスを殲滅してくるからちょっと行ってくるね!」


「落ち着いて弓塚、エルちゃんに褒められて脳が死んでる」


 駆けだそうとした僕の襟首をつかんで、遠藤さんが失礼な事を言う。


「……駆除は頼んでいない。あくまで驚かすだけだ」


 倉田委員長が疲れたように眉間を揉む。


「ただ、狙うわけでは無いが、弓を使うんだ。あまり人前でべらべらと説明するわけにもいかない。だから、放課後にあまり人気のない焼却炉のところに来てもらった」


「弓塚には申し訳ないけれど、しばらく放課後の時間を使って並木道でカラスの追い払いをして欲しい。期間はとりあえず――一週間ほど。エルちゃんは、その間書道部に来てもらう事にする。私が相手をするので安心して欲しい」


「私にも手伝えることはないですか?」


 片手をぴょんと上げる江藤さんに、遠藤さんが「危ないから」と首を振る。確かにそうだ。もし、江藤さんの柔肌に傷をつけようものなら、その時は。


「おのれカラスめ。やはり殲滅した方がよくない?」


「弓塚はとりあえず持ってもいない弓を連射しようするのを止めろ」


 とりあえず、明日の放課後から、江藤さんとは別行動することになった。


「江藤さん、僕の事忘れないでね……」


「弓塚君が何か遠くに旅立ちそうな事言ってる……」


「寂しくなったら、空を見上げて。僕はいつでも見守っているから」


「漫画でよく見る青空背景に浮かぶ死んだ人のようです……」


 僕の悲しみの言葉に、江藤さんは苦笑していた。何故に。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 次の日の放課後。


 弓と矢筒を入れた長物の袋を担いだ僕は倉田委員長と一緒に並木道で、用意した風船をあちらこちらに設置していた。


 僕と離れ離れになる江藤さんは「書道部の部室って『タタミ』があるんだって! 私、はじめてなんです! 楽しみ! あ、弓塚君、頑張ってください!」とウキウキワクワクエルフ状態で遠藤さんに書道部へ連れていかれた。畳に負けた僕である。


「正座で足を痺れらせた江藤さんを見たかった……!」


「突然ぶっとんだ性癖を聞かされる俺の身になってくれ」


「倉田委員長は、みんなの真似して正座してるんだけどだんだんと足が痺れる感覚に不思議そうな表情しながら他の人キョロキョロ見渡して誰も辛そうな顔してないもんだから必死に我慢しようとする江藤さんって見たくない?」


「……ふむ」


 一瞬考え込んだ倉田委員長は、スマホを取り出すと猛烈な勢いで文字を打ち出した。すごい。親指の残像が見える。


「遠藤に録画を依頼した。後でグループ会議に投稿するそうだ」


「よし!」


 安定のひどい僕達である。江藤さんが可愛すぎるのが罪。


 部室に向かう生徒たちが、僕達を不思議そうに見ながらすれ違っていく。途中、気になった様子の女生徒数名グループが近づいてきたので、カラス対策という事を告げると嬉しそうに笑った。


「最近のカラス怖かったんだー! もし、追い払ってくれたら助かるー!」

「うんうん、がんばってくださいね!」


 もちろん弓を使う事は言ってない。余計な不安をさせるのも申し訳ない。カラスに当てない自信はあるけども、それは何の保証にもならない。


 手を振る女生徒グループを見送って、しばらく。ようやく風船の設置を終えた。


「結構、設置したね……」


「どこに来るかは分からないからな。帰りに追加で100均で風船を買わないとな」


「付き合うよ」


「悪いな、弓塚」


 並木道から少し離れた校舎の影に倉田委員長と一緒に潜む。後は、カラスを待つだけだ。


 その間、倉田委員長の試行錯誤を聞いていく。風船を割るのが難しいので、スピーカーで風船の破裂音を試したそうだ。


「どうだった?」


「数回で駄目だった。目の前で割れる風船と違って、どこから聞こえてくるか不明なスピーカー音だと大した効果はないみたいだ」


「だったら、猟銃とかの銃声の音は? 一番効きそうなんだけども」


「弓塚、いきなり校内で銃声が響いたらどうなると思う?」


「あー……」


 ちょっとしたパニックになりそうだね、それ……。


 しばらく待っていたけど、全然くる気配がない。まあ、いつもいつもいるわけでもないようなので、仕方ない。


 倉田委員長と話して、僕は弓の試し射ちをすることにした。文化祭からしばらくたっている。腕が落ちているとは思わないけど、念のためだ。暇つぶしとも言うね、うん。


 せっかく膨らませた風船を割るのももったいないので、待っている間に飲み干した空き缶を使う事にした。倉田委員長が、三十メートルほど離れた場所に空き缶を置いて、安全なところに移動する。


「弓塚、いいぞ」


「うん」


 矢筒から矢を取り出し、弓のつるにあてがう。カラスに見つからないことを想定して、腰を低くしてほぼ座ったような格好だ。


 ギリギリと弓を引きながら狙いを定める。


「……ッ!」


 カンという軽い音がした。


 空き缶に当たった矢が弾かれる。コロンと空き缶が転がった。


「この距離で当てるか……」


 感心した倉田委員長の声が聞こえてくる。


「まあまあかな?」


 謙遜しつつ、空き缶に近づいて拾い上げる。矢が当たった部分が少し凹んでいた。……うーん、ちょっと狙いがずれたか。二センチ上狙ってたんだけどな。


 軽くため息をつく。


「不満そうに見えるが」


「うーん、もうちょっと精確にできるんだけどなぁ……」


 僕は呟く。やはり、あれか。あれを装着しないと駄目だろうか。


 指貫グローブ。


 あれがあれば完全体になれる。だがしかし、万が一江藤さんに見られようものなら、恥ずか死しそう。あと、見られなくてもメンタルに継続ダメージが来る。絶対。黒歴史。


「誰かに厨二コスプレとか言われたら、屋上からスカイハイしちゃう……」


 命中率か、人生か。


 心の中で葛藤していると、倉田委員長が僕の肩を掴んで囁いた。


「来たぞ」


 急いで校舎の影に隠れる。そして。




 カァと鳴く声がした。

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