エルフさんはぷんすかする
冬の朝は、どうにも動きが鈍くなってくる。
学校までの道のりが、他の季節よりも遠くに思えてしまうのは僕だけなのだろうか。
数日前から使いだしたマフラーの毛糸すらも、まだ少し冷たく思える。もうちょっと時間が経てば暖かく感じるのかなと思いながら、僕はもどかしくマフラーを巻きなおした。
「あ、弓塚君!」
そんな風にテンション低く歩いていると、後ろの方から天然癒し成分がふんだんに込められたキューティーな声が聞こえてきた。
「おはようございます! 今日も寒いね!」
パタパタと可愛く僕の隣に追いついてきたのは、僕がこの世に存在する意味の100%を担っている江藤さんだった。レーゾンデートル。中学二年男子は、全員覚えている単語。
今日の江藤さんは、金髪を一つにまとめて、右肩から前に流していた。キラキラと輝く金色の房が、朝日に輝いている。
「一限目の英語の課題ちゃんとやってきま、なんでスマホ取り出してるんですか弓塚君」
「え、一瞬の奇跡を世界から切り取ろうと思って」
「……弓塚君がまた弓塚君してます……」
それ地味に流行ってるの? 弓塚、弓塚。
「弓塚君が弓塚君なのは今更だとして、課題やってきた?」
「江藤さん、結構僕のガラスなハートがガシャンガシャン音たててるんだけども」
「私、聞こえませんよ?」
そこで首かしげる仕草は、挿絵にしたいほど可愛いです。
「それはそうと、課題ですよ、課題。昨日、忘れないように言ってましたよね? ちゃんとやってきました?」
少し怪しむような声色で、僕の顔を見つめる江藤さん。
「課題ね、課題。うん、課題だよね。大丈夫、課題だったら、何の心配もないよ、課題」
「課題が、口からあふれてますよ」
「気のせいです」
「……弓塚君」
じーっと僕の瞳を見つめてる江藤さん。そのまま、無言で何メートルか歩き続ける。僕の表情を窺いながら、隣を歩く江藤さん。「じー……」って声に出すのは、卑怯だと思う。可愛い。
「……忘れてました。ごめんなさい」
「まったくもう!」
ペコリと頭を下げると、ぷんすかエルフに頭を軽く小突かれた。
もう、ここは天国で良くないかな?
――気づけば、寒さなんか何の問題も無くなっていた。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
教室に入ると、早速バッグから英語の教科書を取り出した。
課題に出ていたページをめくり、シャーペンを片手に文章を目で追う。
「あれだけ昨日言ってたのに、弓塚君ときたら」
「もう許してよ、江藤さん。お昼に、ジュース奢るから」
「それならいいです。約束ですよ?」
「約束、約束」
江藤さんと話しながらも、シャーペンを動かす。何とか一限前に間に合いそうだ。
「……あ」
「ん?」
僕の手の動きを何となく見ていた江藤さんが、呟いた。手を止めて、江藤さんを見やる。
「どうしたの?」
「何でもないです」
「でも、今さっき、何か言いかけな」
「気のせいです」
「……まあ、いいけど」
首を傾げつつ、次に移ろうとページをめくりあげる。
「……あ」
再び江藤さんの声。振り向くと、江藤さんは教科書で顔を隠していた。何それ可愛い。
前のページに戻ってそのままにしていると、ほっとしたように江藤さんが息をつく。
ページをめくってみた。
「あ」
戻してみた。
「ふう」
めくってみた。
「あ」
面白くなって繰り返してたら、江藤さんに怒られた。なんか、間違えた個所があったみたいで、でも教えるのもどうかと迷っていたらしい。
「弓塚君、私で遊ばないでください」
「ごめんね、江藤さんがとっても面白かったから止まらなかった」
「反省してない!?」
「むしろもっと見てたかった」
「まったくもう!」
そんなこんなしているうちに、朝礼がはじまった。課題はなんとか間に合った。危ない、危ない。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「最近、エルちゃんに怒られることが増えてきたわね」
お昼休み、いつものごとくみんなで集まって本日二箱目のお弁当を食べていたら、真木さんに言われた。
「そう……かな?」
卵焼きをもぐもぐしながら、眉をしかめる。とんと心当たりがない。
「真木さんの気のせいじゃない?」
「そうかしら」
真木さんが、里芋の煮物を口に含む。その所作は、見とれるほどに美しい。さすが、お母さんスキルが高い。
「いいえ、真理愛ちゃんの気のせいじゃありません!」
やれやれ、真木さんの勘も鈍ったなあと思っていたら、隣でお弁当を食べていた江藤さんが力強く首を振った。ぶんぶんエルフ。
「最近の弓塚君は、ちょっといじわるです」
「いじわる……?」
「何かしたの弓塚?」
「えぇ……冤罪だと思う……」
「さっきの! もう忘れてる! まったくもう!」
「ああ、あれは江藤さんの反応が面白過ぎたのがいけない。僕は無実だ」
「何やらかしたの」
江藤さんの頭をよしよしと撫でながら、真木さんが僕を軽く睨む。ちょっと怖かったので、先ほどの江藤さんの『スマホに永久保存したいムーブ』の詳細を語ってあげた。
「弓塚、無罪」
「えー何でぇ、真理愛ちゃん!」
江藤さんの不満げな声が教室に響いた。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「まあ、あれよね」
「……なんですか」
食後のお茶を飲んでいると、思い出したように真木さんが呟いた。それに、少しつんつんした様子の江藤さんが反応する。ちょっぴり機嫌悪い江藤さんの表情も、これはこれで悪くない。
「エルちゃんも成長したなあって思って」
「成長?」
「うん、アタシ達との関係」
「関係……ですか? どういう意味でしょう」
「こういう言葉があるのよ。『喧嘩するほど仲がいい』って」
「喧嘩って、争う事ですよね。悪い意味じゃないんですか?」
「遠慮なく言い合える関係なら喧嘩しても大丈夫。そんなことで二人の関係は崩れない。そんな意味をあらわした言葉なの。喧嘩、まではいってないけど、エルちゃんが弓塚に怒るってことは、それだけ二人の関係が進んだ証拠よ」
真木さんが穏やかな表情で江藤さんを見つめる。
「そう……なのかな。いいこと……ですか?」
「遠慮が無くなってきてるんだもの。いい事よ」
思えば、初めの頃の江藤さんは、少し距離を測っていたような気がする。あのポンコツ……いやいや、微笑ましい登場ではあったけれど、エルフという秘密を隠そうという思いが強かったのか、遠慮がちなところがあった。
……まあ、秒でバレてたけどね! という突っ込みは誰もしない。優しい世界。
いつの頃からか、それが少しづつ無くなってきていて、文化祭の終わった頃あたりから江藤さんに怒られることが出てきた気がする。
言われてみればってくらいで、僕は全然気づいてなかった。江藤さんの喜怒哀楽のすべてが僕にとってはボーナスステージなので。全部が等しく尊い。
「だから、エルちゃん、言いたいことがあったら全部言う事! 遠慮なんかしちゃダメ! むしろ、喧嘩上等くらいでいきなさい!」
「は、はい! 喧嘩上等!」
ちょっと真木さん。江藤さんをヤンキーの道に迷わせないでくれませんか。
「ゆ、弓塚君!」
「あ、うん」
八草化を心配していると、なんかテンション上がった江藤さんが僕を指さした。
「い、いっぱいいっぱい言いたい事ありますから! た、たくさん喧嘩するんだから! 頑張ろうね!」
何を頑張ればいいのだろうか。
「ふーん、いっぱい言いたいことがねえ。エルちゃん、そんなに弓塚の事見てるのねえ」
片手を頬に当てて、真木さんが呟く。
とたんに、耳を真っ赤にさせて江藤さんが慌てだした。
「な、ななな何言ってるの真理愛ちゃん! そんな事ないです!」
「耳真っ赤ねえ」
「もー真理愛ちゃん!! 口調が面白がってるよ!」
江藤さんに迫られながら、真木さんはニヤニヤと笑顔を振りまいていた。
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