エルフさんは子守をする

「おはようエルちゃん、弓塚。早速で悪いけど、今日の放課後時間ある?」


 いつものごとく一緒に登校してきた江藤さんと僕にそんな言葉をかけてきたのは、見た目ちょっときつそうな感じの美貌を持つクラスメイトだった。


「おはよう真理愛ちゃん。今日ですか? いつもの勉強会以外は……問題ない、ですよ?」


 ちょっと僕を見て、江藤さんが彼女に答える。


 真木真理愛まきまりあさんは、見た目とは裏腹に、母性本能に溢れた女子高生だ。料理が得意、などという表現は生ぬるい程で、多分彼女の【料理】スキルはカンストどころか限界突破していると思う。


 江藤さんとは非常に仲が良く、江藤さんのお弁当を毎日作ってくれていて、とてもママみが深い。


「いつもやってる勉強会だったら、一日ぐらいは大丈夫だよ。倉田達が言うには、順調に進んでるって。たまには気分転換に休んだらって言われた」


 おはようと僕も挨拶しつつ、江藤さんの言葉に続く。


「そう。悪いわね、だったらちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」


 真木さんは、少し言いにくそうに言葉を濁す。


「真理愛ちゃん、遠慮せずに言って? いつもお世話になってるんだし。私、真理愛ちゃんの力になりたいな!」


 江藤さんが、ふんわり笑って真木さんに言う。おお、天使がここにいた……いや、エルフだった。


「うん、僕も真木さんには色々迷惑かけてると思うし。少しばかりお返しするいい機会になるんじゃないかな」


 江藤さんと僕の言葉に、真木さんは照れくさそうに「ありがとう」と小さく呟いて(江藤さんの「真理愛ちゃん可愛い」と思わず零れた一言に周囲の女子生徒が頷いてた)、あらためて僕達に話し出す。


 その内容に思わず僕と江藤さんの出した声が重なった。


「「子守?」」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 授業が終わった放課後、僕と江藤さんは真木さんに連れられて彼女の家にお邪魔することになった。


「真木ちゃんのお家にお邪魔するのは初めてです…!」


 隣を歩く江藤さんが、ワクワクを止められないような嬉しそうな表情で言う。


「そんなに期待されても。散らかってると思うから、ごめんなさいね?」


 そんな様子を見た真木さんが苦笑するように言い、肩にかけていたバッグをかけ直す。


「真木さん、やっぱり米五キロは重くない? 僕がもうちょっと持つよ?」


「ありがとう弓塚。でも大丈夫よ、慣れてるし。今も弓塚にはたくさん持ってもらってるしね」


 真木さんの大きめのエコバッグには先ほど帰り道のスーパーで購入したお米が入っていた。

 僕は、左手に同じお米が入った袋。右手に醤油や味醂などのお徳用サイズの瓶が何本も入った袋を下げている。

 江藤さんには、三人分のバッグを持ってもらっていた。「弓塚君のバッグはちゃんと教科書入ってるんですか。なんか凄く軽いですよ?」って不思議がってたのでとりあえず誤魔化しといた。


「いつもはアキラが荷物持ちなんだけど、生憎とバイトの日に重なってしまって駄目だったのよね」


 今日は真木家の買い溜めの日だったらしく、一人で抱えきれない量の買い物だった真木さんが、僕達を頼ったのだ。


「ヤ……八草君がですか?」


 江藤さんが首を傾げる。


「ええ、アタシの家と同じで、アキラのご両親は共働きでいつも帰ってくるのは深夜なの。だから昔からアキラはうちでご飯食べてるのよ。だから、こういった買い物には当然付き合わせてるわけ」


 真木さんの説明に、ふむふむと頷く江藤さん。「わあ、リアル幼馴染み小説です…!」とか嬉しそうに呟いてる。宮原さん達の悪影響かな?


 しかし……真木さんと八草の組み合わせか。どう想像しても、カップルというよりも母と息子というイメージしか沸かない。真木さんの母性が強すぎるのが原因か。


 そんなどうでもいい事を考えているうちに、真木さんの家に着いたらしい。


「さあ、こっちよ。二人とも遠慮せずに入って」


 二階建てのいたって普通な外観の家。お邪魔しまーすと玄関を上がった僕は、「あきらあああああっ!」という幼い大きな声と共に突進してきた小さな影に、鳩尾のいいところをクリティカルヒットされた。


「ごふっ」


 思わず声が漏れる。


「あきらあああああ! おかえりー! ……? あきらじゃない!」


 僕に抱き着いてグリグリ頭を鳩尾に突っ込んでいた影が僕を見上げて、驚いた顔をした。


「しらないひとだ!」


 小柄な幼児がビックリした目のまま、興味深そうに僕を見ている。


「こら! 亜紀あき、家の中で走らないって約束したじゃない。それに、人にぶつかったんだから言う事あるでしょ!」


 真木さんが、エコバッグを肩からおろしながら言うと、僕を見ていた幼児は思い出したようなハッとした表情をした。


「そうだった! めーわくかけたら、ちゃんとあやまるんだった! えーと、えーと、ぶつかってごめんなさい。亜紀です。4歳です。もうすぐ5歳です。えーと、えーと」


 そこで、亜紀ちゃんは首を傾げた。


「あなたはだあれ?」


 うん、マイペースな妹さんだね、真木さん。げほ。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「ままのおともだちー?」


「弓塚タイチです。よろしくね」


「たいちー。よろしくー」


「はじめまして、亜紀ちゃん。江藤エルです」


「えるるー?」


「エル、です」


「えるるー」


「エルルー」


 なんだ、このエルル空間は。ほんわかするな。


 ちなみに亜紀ちゃんは、お母さんを「おかあさん」、真木さんを「まま」と呼ぶらしい。三人で外出すると、会話がカオスになるそうな。

 真木さんは「お姉ちゃんと呼んで」とお願いするそうだが、いつも「うん、わかった、まま!」とピュアピュアな笑顔を返してくるので、修正されるのはまだ先の事みたいだ。


「ほんと、ごめんね、亜紀の相手してもらって。まだ目離すと何するか予測つかないものだから危なくて」


 子守、というのは亜紀ちゃんの事だった。


 帰って早々、キッチンで真木さんは買い溜めしてきた肉や野菜などを手早く処理していた。常備菜を作ったり、冷凍処理をしたり。

 この後にも、塾に行っている上の小学生の妹を迎えに行く必要があったり、夕食の支度をしたり、掃除や洗濯、色々しなければいけないことがある。


 それにくわえて亜紀ちゃんの面倒を見るとなると、かなりハードになるらしい。天真爛漫な雰囲気な亜紀ちゃんは、大人しくするよりも、駆け回るのが大好きなようでさすがの真木さんもまだまだ片時も目を離すのは難しいようだ。


「あきら、いないねー」


「うん、今日はおしごとだって。真理愛ちゃんが言ってたよ?」


「あきら、げぼくのくせにー」


「げぼ…?」


 江藤さんが不思議そうな顔をする。おっと、真木家のヒエラルキーが垣間見えてしまった。もしかしたら、カーストなのかも。不変な階級制度。八草よ、永遠に。


 僕が、心の中でナムナムしていると、亜紀ちゃんがにっこり笑って僕の袖を掴んできた。


「たいちー、あそぼー!」


「いいよ、何して遊ぼうか」


「おひめさまとげぼく!」


「げぼくは、八草だけにしようか」


「あきらかあ」


「そうそう。僕は、お姫さまを守る騎士がいいな」


「きし?」


「そう、お姫様を悪者から守るんだよ。こう弓を使って、矢で倒す」


 弓をひくポーズをすると、亜紀ちゃんが「TVで見たことある!」って手を叩いて喜ぶ。なんか、そういうアニメがあるらしい。


「ゆみでたおすのかっこいいねえ! えるるも、だよね?」


「……うん、カッコいいと思うよ?」


 ちょっとこちらをチラリとして、江藤さんが亜紀ちゃんに微笑む。ここが楽園だった。


 それから三人で、遊んだ。

 江藤さんは、楽しそうに亜紀ちゃんの相手をしていた。

 最後あたり、亜紀ちゃんは江藤さんにべったりと懐いていた。別に羨ましくは全然、微塵も、一片たりとも感じない。感じないけど、懐き過ぎじゃないかな、亜紀ちゃん? いや、江藤さんに抱き着いてるのが、けしからんという事でもなくてね?


 亜紀ちゃんとの時間は、真木さんが上の妹と塾から帰ってくるまで続いた。その後、五人で真木さん力作の夕食をいただいた。美味しかったです。



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短編「太田変輩、覚悟して!」の一話目を投稿してます

こちらも是非!


太田のストーリーです!


https://kakuyomu.jp/works/1177354054935335297

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