聞きたいんですエルフさん

 ……瞬きすらもできなかった。


『……江藤、エル……さん。ああ! 貴方が噂のE組秘蔵の最終兵器!?』


『さい……しゅう?』


 へいき? と首を傾げる『彼女』の仕草で、金色に輝く髪の毛が揺れる。


『うわぁ……もの凄い破壊力……いや、えーとその話はひとまず置いておきまして……』


 鈴木さんが司会を忘れて思わず呟いた言葉には、ステージを眺める全員が同意するしかなかった。


 若草色のドレスのような、でもそれにしては丈が少し短いような、不思議なデザインの衣装。そこかしこに、金色の糸が模様を描き、両手を前にたたずむその姿は自然とある単語を連想させる。


『エルフ』


 鈴木さんが放ったその一言は、その圧倒的な『彼女』の存在感に、明確な答えを与えてくれた。


『……ですよね? そのコスプレ』


『は、はい。そうです』


『――んもう、すっごい!!』


『ひゃっ』


 思わず『彼女』が一歩下がってしまうくらいに、鈴木さんのテンション突き抜けた叫び声があがった。


『なんですか! なんなんですか!? 何がどうなって、そうなってるんですか!!』


『どうどう鈴木。ステイステイ』


 遠藤さんが鈴木さんの首根っこを掴んで落ち着かせる。


『ヤバイヤバイ! もうヤバイしか言えない!』


 興奮で司会を忘れた鈴木さんが感極まったような声を上げる。


『鈴木、ちょっと落ち着く』


『江藤さん、本当にもう、その、あー何て言ったらいいのかわかんない!』


『あ、あの』


 興奮マックスな鈴木さんにちょっとビクつきながら、『彼女』は恐る恐る口にする。


『私……大丈夫ですか? ……変じゃない、ですか?』


 返事を聞くのをためらっているのがわかる。『彼女』は、自分の着ている衣装を確認しながら不安そうに鈴木さんを見つめる。


『……江藤さん』


 そんな『彼女』に、鈴木さんは一瞬の躊躇もなく首を振った。持っていたマイクを全力で握って答える。


『ぜっんぜん変じゃない! エルフ似合ってます! 綺麗です! 素敵です! 握手してください!』


『司会者が、勝手に触れない』


 遠藤さんが、握手しようとした手をパチリと叩く。


『そ、そうですか。変、じゃないですか』


『彼女』の呟きをマイクが拾い、スピーカーがステージを見つめる僕達にその声を届ける。


『……よかったぁ……』


 ふんわりと笑顔になる『彼女』――江藤さんに、その場にいた誰もが幸せで胸がつまりそうになった。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 しばらくすると、ようやく鈴木さんの興奮が落ち着いてきた。


 誰よりもテンションが高かった鈴木さんが落ち着いたのを見ているせいか、観客も徐々に最初のショック状態から回復し、江藤さんを見ながら囁き始める。


「すごい、すごい。あの娘、まじでヤバくない?」「綺麗……エルフのコスプレ」「コスプレというか、もうあれ本物じゃないか?」「衣装もいいよね……」「見てるだけで溜息でちゃう……」


「予想通りの反応だな」


 眼鏡のずれを直しながら、倉田が呟く。


「江藤さんに見慣れている俺達でも、これはちょっと……」


 太田がステージを眺めながら、「すごい」と口に出す。


「まあね、アタシ達がエルちゃんと一緒に悩みに悩みぬいて仕上げたんだから」


 真木さんが、えへんと胸を張る。


 もう一度「すごい」と呟いた太田と菊池の目線は、なぜか真木さんの胸元をロックオンしていた。


『では、あらためて……その恰好はエルフ、でいいんだよね?』


『はい、そうですね』


 仕切り直しで、簡単な質疑応答が始まる。

 同じクラスなので遠慮してか、遠藤さんはフォローに回るようだ。


『結構ゲームに詳しいほうなんだけど、その衣装は見た事ないかも。もしかして、オリジナル?』


『おりじなる……』


『エルちゃんが考えた?』


『あ、そうですね、考えたというか私の昔住んでいたところの民族衣装です』


『へぇー、エルフにぴったりな衣装だね!』


『あ、ありがとうございます』


『テレテレしてる江藤さんいや江藤ちゃん可愛い……遠藤ちゃん、お持ち帰りできる?』


『鈴木は死ねばいいと思う』


『遠藤ちゃんの好感度だだ下がりです!』


 質疑応答が続く。

 好きな食べ物(真木さんの卵焼きだった)や、得意科目・不得意科目、休日の過ごし方などただ単に鈴木さんの聞きたい事なだけのような気がする質問が続く。


『じゃあ、最後の質問! これはみんなに聞いてるんだけど、このコンテストに出場しようと思ったきっかけ教えてください! 文化祭前日のぎりぎりに応募したよね? 何か出場しようと思った出来事があったのかな?』


 鈴木さんの質問に、江藤さんは少し考え込んだ。


『――お友達の昔話を聞かせてもらったんです』


 江藤さんは、考えをまとめるようにゆっくりと話す。


『私は、臆病なんです。クラスメイトに話していないことがあります。秘密にしてしまっていることがあります。すごく優しくしてもらっているのに。みんな、私に暖かい日々を与えてくれているのに。……本当のことを言えてないんです」


 江藤さんが、言葉を続ける。


『そのお友達は、ある方に教えられたといわれました。『自分が自分であっていい』『嘘をつかなくていい』『誤魔化さなくていい』……でなければ、失くしてはいけないモノを失くしてしまっていたのかも、と』


「エルちゃん……」


 隣に立つ真木さんが、思わずといった風に声を出す。一体誰の事なのか、真木さんは聞かずとも分かったのだろう。


『私もそうありたいと思いました。いつか、本当の『私』をクラスのみんなに伝えたい。だから……今日は練習なんです』


『練習? エルフのコスプレが?』


『はい』


 首を傾げる鈴木さんに、江藤さんが苦笑する。


『それと……もうひとつ』


『うん?』


『ある人に、見てもらいたかった』


 江藤さんの視線が、ステージを見つめている観客を彷徨う。


『いつも私に元気をくれて……あの日励ましてくれたあの人に』


 その視線がゆっくりと僕のところで止まる。


『『私』のこの姿を。どうでしたか? って聞きたいんです』


 ステージに立つ江藤さんが、僕を見つめて穏やかに微笑んだ。


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