出番ですエルフさん

 ハロウィンコスプレコンテストは、校庭のスペースを使って開催されている。


 観客の数もかなりのもので、僕達の周りにもたくさんの人がステージに立つ出場者に向かって声援を上げていた。


『――はい、とっても素敵なダンスありがとうございました! ダンス苦手な私も踊りたくなってきちゃいますね』


『……? 鈴木が得意な事ってあるの?』


『この世の全てが苦手と思ってる顔だ、それ!』


 仲が良い司会の二人の掛け合いとともに、コンテストは進んでいく。


 審査の内容は、最初に簡単な自己紹介の後、いくつかの質問があり、最後にそれぞれ独自のアピールタイムとなる。歌を歌ったり、踊ったり、何か得意な事を披露する。今年は、手品やジャグリングなんかもあった。巨大怪獣の着ぐるみが、手先が器用すぎて気持ち悪かった。


「着ぐるみの中身が消えるマジックのネタ分かった?」


「いや、直前まで豪快に動いてたのに、いきなり消えるとかあり得ないだろ」


「しかも消えたまんま戻ってこなかったしな。毎度ながら、アピールタイムのネタがガチ過ぎる。みんなオカシイ」


 菊池や太田と駄弁りつつ、江藤さんの出番を待つ。


『では、次の方どーぞー』


 鈴木さんの合図とともに、賑やかな効果音が響く。と同時に現れたのは、大きなカボチャの頭を被った男子だった。


『おおー、二十四番目にしてやっとまともなハロウィンな装いが出てきましたねー! みんな、好き勝手な恰好しすぎ! 似合ってるから許すけど!』


『鈴木が偉そうですみません』


『遠藤ちゃんがそういう言い方すると私が凄い傍若無人に見えるからやめようね? ホント勘弁してね?』


『誠に申し訳なく……』


『深々と頭下げないで! ジャック・オー・ランタン君も一緒に頭下げないで! 君、頭重すぎて半分取れかかってるでしょ!』


「遠藤さん、輝いてるなあ……」


「意外に司会向きだった」


「えりえりが完全に呑まれているのが正直楽しい」「分かる」「分かる」


 太田の声に深々と頷いていると、ステージの横から真木さん達女子数名が出てきた。やり切った満足そうな表情をしている。

 僕が手を振ると、真木さんが気が付いて近づいてきた。


「真木さん、江藤さんの準備終わったの?」


「ええ、ちょうど今終わったわ」


『……もう君の名前聞かなくても良くないかな。ジャック君で良くない?』


『鈴木の機嫌が悪くなったのはジャックのせい。責任を取るべき』


「司会が出場者をいじめるとかどんな展開だよ」とかなんとか言っている太田達を横目に、真木さんに尋ねる。


「……で、江藤さんのコスプレってどんなのなの?」


「聞きたい?」「もちろん」


 食い気味に即答する。

 真木さんに、江藤さんがこのコンテストに出場することは聞いていたが、どんなコスプレをするかまでは聞いていなかった。


 もの凄く気になる。気になってしまう。


「エルちゃんのコスプレはね……」


 そこまで言うと、真木さんは顔の前でバツ印を指で作った。


「弓塚には教えることはできません。残念でした」


『自己紹介したかったら土下座してもらおーかしら!』


『鈴木の許しが欲しければ誠意を要求する』


「ひどい!」「ひでえ!」「ひどすぎる!」


 僕の声は、同時に聞こえた太田や菊池の声とハモった。


 ん? 真木さんと話してたのでステージ上の展開が分からないけど、何かあったのかな?


 ステージも気になるけど、ええい、今は真木さんの方が優先だ。


「真木さんが意地悪過ぎだと思います」


「アタシのせいじゃないわよ。文句言うんだったら、エルちゃんに言って。教えないでって頼まれたんだもの」


「え……江藤さんが……」


 体中から力が抜けていくのを感じる。手に持っていた袋を思わず落としそうになった。


 なんで、江藤さんが? どうしてそんな事を?

 ぐるぐると思考が巡る。


 ふらつく頭を手で押さえ、僕は心の中で出した結論を口に出す。


「そんな……まさか……反抗期……」


「どういう考えをしたら、そんな単語が飛び出すの」


「だって……江藤さんが、教えないでって……」


「弓塚には、何も知らないままで見て欲しいんだそうよ」


 真木さんが、呆然とする僕を見て、仕方なさそうに言った。


「え?」


「先入観無しに、自分を見て欲しいんだって。もしかしたら、エルちゃんがコンテストに出たいと思ったのは……」


 そこで、真木さんは声を潜めて、僕だけに聞こえるように囁いた。


「弓塚、あなたにあの姿を見て欲しかったんでしょうね。そして、どんな言葉をかけてもらえるのか……それが知りたいんだと思う」


 マジで似合ってるのだけは保証するわ、と真木さんは、ついでのように呟いた。


 ……そういう風に言われては僕はそれ以上真木さんに聞くことはできなかった。まあ、それに、もうそろそろ見れるわけだし……。


『……ジャ、ジャック君が出場したのは、そんな可哀そうな理由があったのね!』


『これは涙腺崩壊は避けられない』


「ジャック! お前ってヤツはなんて熱いヤツなんだよ!」


「くそう、泣けるじゃねえかよ!」


 気が付けば、ステージではおいおいとマジ泣きをしている鈴木さんがいたり、太田と菊池は熱い視線をジャックに注いでいて、周りの観客もハンカチで涙を拭きつつ「ジャック君……!」などと盛り上がっていた。


 え、本当に何があったの? 誰か教えて欲しい。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


『――さあ、盛り上がっていたコンテストも、次の出場者で最後となりました』


 両手でマイクを握った鈴木さんが、ステージ前のみんなを見渡す。


『文化祭前日に参加を決意してくれたんだって。えーと、遠藤ちゃんと一緒のクラスの子なんだよね?』


『そう、私たちの大切な友人』


『前日だったけど、準備は間に合ったのかな? 衣装とか大変じゃなかった?』


『クラスの皆で頑張った。何も……』


 真木さんが、親指をグッと立てて、遠藤さんに見せつける。それを見て遠藤さんが微笑む。


『……問題ない。優勝は彼女』


『司会は身内びいきしないでね? 遠藤ちゃんは大丈夫だと思うけど』


 鈴木さんの軽い冗談に、遠藤さんは自信たっぷりに頷いた。


『もちろん。そんな必要はない。彼女を見れば――鈴木もわかる』


『ハードル高くなったー! これは高いぞー! 出番待ちの彼女は大丈夫でしょうか! 遠藤ちゃんの熱い期待に応えることができるのか!?』


 何気に鈴木さんもハードルぐいぐい上げるなあ。さすが、司会慣れしている。


『ではでは、色々と期待をこめつつ! 出てきてもらいましょう! 最後の出場者の方! どーぞー!!』


 賑やかな効果音が鳴る。


 今までと同じ流れ。ステージ横のカーテンの隙間から、『彼女』は静かに姿を現した。




 ――この瞬間、きっと世界は止まったのだと思う。




 誰もが、声を奪われた。


 誰もが、視線を奪われた。


 誰もが、考えることを奪われた。


 誰もが……『彼女』に心を奪われた。


 ただステージに立っただけで。その姿を見せただけだというのに。


『あ……えっと……』


 マイクから聞こえる鈴木さんの声は、現実味の無さそうな出来事に戸惑っているような感じがした。

 それでも、次の台詞が出たのは、きっと鈴木さんが根っからの司会者だからだろう。


『その……自己紹介……クラスと……えと、お名前は?』


 金色の髪がかすかな風に舞い上がる。薄化粧でありながら幻想的な表情。その小さな唇から零れ落ちるのは、鈴音のような声。


『クラスは、二年E組です。名前は――』


 少し緊張して震えている声。でも、その瞳は前を見つめていて。いつかのように顔は伏せてなんかいなかった。そして、その横顔には。


『江藤エル、です』



 ……エルフの象徴。長い笹の葉のようなあの長耳を、隠すことなく見せていた。

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