過保護ですよエルフさん

 クレープを制覇した僕達は、宮原さん達に教えてもらった情報に支えてもらいながら、文化祭を満喫していた。


「弓塚君弓塚君! これ、何ですか! 何ですか!」


 江藤さんが、「ふわぁ」とでも叫びそうなほど興奮した様子で僕の袖を引っ張りながら見ているのは、いったいどこから調達してきたのか縁日でよく見かける綿菓子製造機だった。


 がたごと揺れる音と、漂ってくる砂糖の甘い匂い。

 割り箸をくるくる回すごとに、どんどん膨らんでくる白いフワフワの塊。


「え? これ食べ物なんですか?」


 じーっと見ていた江藤さんが、僕が買った綿菓子をそっと手に取る。


「すんごく甘いよ」


 僕の言葉に頷いて、綿菓子の一番上を口に含む……。と、江藤さんの目が輝いた。


「甘い! 美味しいです、それに溶けちゃいます!」


「気に入ってくれたのなら良かったよ。それは、江藤さんに進呈します」


「ありがとう弓塚君」


 にっこり笑ってお礼を言う江藤さんが綿菓子かわいい。

 ご機嫌そうな表情で廊下を歩きながら綿菓子をパクパクエルフしている江藤さんをほっこり眺めていると、江藤さんが立ち止まった。


「ん?」


 首を傾げた僕の口元に、白い綿菓子が迫ってくる。


「ずっと見てたので。食べたくなりました?」


 あーん、と綿菓子プッシュしてくる江藤さん。そういうわけでは無いんだけど、こういうイベントは逃すつもりは微塵もない僕である。


「では、ありがたく」


 口を大きく開けて「あーん」しようとした僕は、一瞬固まった後一歩後ろにさがった。


「と、思ったけどよく考えたら、2年前に死んだ爺ちゃんに『文化祭の綿菓子は食べちゃいかん』と言われていたんだった」


「お爺様に?」


「うん、弓塚家では爺ちゃんの言葉は絶対なので……だから、江藤さん遠慮しないで全部食べていいよ」


「じゃあ、ありがたくいただくね?」


 不思議そうな顔をした江藤さんに見つからないように、そっと額の汗をぬぐう。


 ふぅ、久しぶりに死線を感じてしまった。なんだよ、爺ちゃんの遺言。あんなん自分も初めて聞いたわ。とっさに言った一言は、なかなかにひどかった。

 あ、よくよく見れば僕達を尾行しているクラスメイトが何人もいるじゃないか。


(なにやってんの!)


 口パクとハンドサインで遠くに隠れている菊池にアピールする。


(それはこっちの台詞だ)


 菊池からの応答は簡素なものだった。


(「あーん」の代償は、だ。やれるもんならやってみやがれ)


 親指で首を掻っ切る仕草は、高校生がするものではないと思います。くそう、あいつら目がマジだ。


 江藤さんを守るためなら味方すら敵と見なす輩どもに尾行されながらの自由行動はその後も一見穏やかに過ぎていった。途中から、僕の行動を逐一判定し始めやがって「アウトー」の声とともに一陣の風となって近づいてきて問答無用のケツバットしてくるのは一体どういう事なのか。謝罪を求めたい。なお、江藤さんは全然気づいていなかった。


 そうこうしているうちに、時計の針は十一時に近づいていた。


「……弓塚君」


 江藤さんが、昇降口の手前で立ち止まった。


「私がいっしょに行ってほしい所があるって言ったの覚えてますか?」


「もちろん」


「これから、そこに行きます」


 江藤さんの声は、すこし自信がなさそうな感じだった。そろそろと僕の袖に伸ばした指先は、きっと無意識のものだろう。


「いっしょに……いいですか?」


「もちろん、って言ったよね?」


 僕はおどけたように笑うと、伸ばしかけていた指先ごと江藤さんの手をぎゅっと握った。


「ほら、足元気を付けてね。ちゃんと目的地までたどり着ける? 手つないで連れて行こうか?」


「ゆ、弓塚君は、時々過保護になります……!」


 四六時中、過保護ですが、何か。


 僕に手を握られて一瞬びっくりしていた江藤さんは、いつかの会話を思い出したのか、すこし強張っていた表情が可笑しそうに緩んだ。


「……弓塚君はすごいです」


「もっと褒めてくれても全然いいよ」


「謙遜」


「そんな言葉は知らぬ」


「……弓塚君はすごいです」


「待って。その台詞、さっきとニュアンスが絶対違うよね?」


 握った手は、そのままで。


 僕と江藤さんは、ゆっくりと歩き出す。


「……もう少しだけ過保護でいてくれる?」


「喜んで」


 すっかり落ち着いた江藤さんの横顔。それに安心しながら、ついていく。


 だから、君達。その殺気とケツバット連打は止めようか。そろそろ、僕のお尻がチンパンジーみたいになりそうなんですけど。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「あーやっと来たわね!」


 昇降口から歩いて、たどり着いたのは校庭だった。その手前で待っていた真木さん他数名の女子が駆けてくる。


 その顔触れは、昨夜江藤さんと一緒に校舎に残っていたメンバーだ。


「遅くなってごめんね、真理愛ちゃん」


「いいのよ、エルちゃん。弓塚にひどい事されなかった?」


 握っていた手をさりげなく真木さんに叩かれる僕。ひどい。


「ううん。過保護でした!」


 江藤さんが笑って答える。


「じゃあ、準備に取り掛かるわよ。みんな、用意はいいかしら?」


「ばっちり!」「まかせて!」「エルちゃんを最高最強に仕立て上げるよ!」


 おおー、みんなの目が燃えている。


「みんな、ありがとう……お願いします!」


 ペコリと頭を下げる江藤さん。


「エルちゃん、今からアタシたちが行うのはエルちゃんのためだけじゃないわ」


 真木さんが、その頭に手をやって優しくなでる。


「アタシたちもすっごく楽しんでやってるの。やるからには勝ちを目指すわ。アタシたちはアタシたちのために頑張る。エルちゃんもエルちゃんのために頑張る。でも、それだけじゃない」


「真理愛ちゃん」


「ね? みんなが、みんなのために力を出すの。だから、ここで言うべきは感謝じゃない。お願いでもない。……わかるわよね?」


「……はい。……はい!」


 江藤さんが、顔を上げる。そして、女性陣のみんなの一人一人の顔を見渡して、叫ぶ。


「みんな、いっしょに優勝目指して頑張ろう!」


「当然!」


 重なった声が、校庭に届くかのように響き渡る。


 ハロウィンコスプレコンテスト。


 何が起こるか分からない、文化祭最大のイベントが始まろうとしていた。

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