無心ですエルフさん

「――はっきりと言ってしまえば」


 昨夜の校門前。


 僕の「江藤さんのフォローをみんなに手伝ってもらいたい」という相談に対し、クラス委員長である倉田は言った。


「――明日の江藤さんの件だが。色々な観点から推測して、トラブルを避ける事は難しいだろう。いや、確実にトラブルが起きる。誓ってもいい。絶対だ」


 江藤さんがやろうとしている事。


 真木さんからそれを聞いた僕も、最初に思ったのは倉田と一緒の事だった。


『江藤さんにとって良くないことが起こる』


 それは予想でもなく、予感でもなく、必然だ。

 それは、もうどうしようもなくて。


 ……だけど。


「――だが、それがどうした」


 倉田が、フッと笑みを浮かべる。


「俺達は、いつものようにやる。クラスメイトである江藤さんの手助けをする。俺達は三十九名。フォローするのは、たった一人。三十九名で、一人の女の子を助けるだけだ」


 倉田が、僕等全員の意志を確かめるように、眼鏡のずれを直して言う。


「何か問題があるか?」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「おーし、弓塚、オーケーだ」


 菊池の合図に、僕はふうと息を吐き、構えていたポーズを解いた。

 江藤さんと一緒に教室に入った僕は、そのまま倉田・太田・菊池の三人と校舎裏の人気のない場所に来ていた。


「……どうかな?」


 三人に向かって僕が聞くと、三人は顔を見合わせた後、肩をすくめた。


「どうって……いいんじゃないか?」


「ああ、弓塚がこんな事できるなんて驚いたが」


「それな。おまえ、妙な特技持ってるよな」


「まあね、あんまり意味ないんだけど」


「確かに」「うむ」「宴会芸にしかならない」


 少しは褒めてくれてもいいと思うよ、君達。


「だが、これで弓塚が打てる手も決まった。もしもの時は、弓塚も動けるな」


「うん」


 倉田の言葉にうなづく。


「では、そろそろ朝礼だ。クラスに戻ろう。文化祭二日目だ。みんな、気を抜くなよ」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 文化祭二日目は、行列と共に始まった。


「メイド喫茶でーす! いらっしゃいませー! 順番に列に並んでくださいねー!」


 元気な宮原さんの声が響く中、沢山の人達が列をなしている。今日は最初からクライマックスである。


「おお、すごいな……」「どうやら校内食べ物屋ランキングで、ぶっちぎりだったらしいぜ」「真木スイーツの噂が、学校周辺まで広がっているとか。今日を逃すと食べられないとか、いろいろ口コミが広がってるらしいぞ」「あの美味さだもんな、無理もない」「私、お母さんに『あんた作れないの?』って言われちゃった」「あー同じクラスだから、レシピ教えてもらってるだろって?」「うんうん」「確かに作れるけど、本家には負けるよねぇ」「『ママ』の味は再現できない」「ねー」「ねー」


 などという声が交わされる中、僕は真木さんに声をかけた。


「それじゃあ、行ってくるね」


「ええ、楽しんできなさい」


 エプロン姿の真木さんが、注文を受けたコーヒーを淹れながら僕に答える。


「真理愛ちゃん、私やっぱり手伝いますよ……?」


 江藤さんが、申し訳なさそうに眉を下げながら言う。昨日に引き続き、真木さんは裏方作業をしていた。焼き菓子の在庫管理や追加の作成などを考えると、どうしても真木さんの力が必要になってくるので、途中で真木さんが抜けるのは不可能だった。


「気にしないで。こういう忙しいのって、アタシなんだかんだで好きなんだから。エルちゃんは、ちゃんと楽しんできなさいね」


「わ、わかりました。お土産買ってきます……!」


「期待してるわ」


 むんと使命感に燃える江藤さんに真木さんが苦笑する。


「じゃあ、後でね」


「はい!」


 真木さんに見送られ、江藤さんがこちらにやってくる。


「じゃあ、弓塚君行こ?」


「そうだね、みんな行ってきまーす」


 みんなに見送られながら、僕と江藤さんは教室を出て行った。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「じゃあ、どこから攻めようか」


「ふふーん、私に任せてください! さっき、加奈ちゃん達にいろいろ聞いてきました!」


 文化祭プログラムが書かれたパンフレットをパッと広げながら、江藤さんが得意げに言うのが反則的に可愛い。もしも、長耳バージョン江藤さんだったら、耳がピコピコ動いていたに違いない。


「ええとね、三年生のここのクラスが、クレープっていう美味しいお菓子を売ってるみたいです。加奈ちゃんには、まずここからって言われたんだよ」


 僕に見えるようにパンフレットを見せてくれる江藤さんの肩がちょっと触れ合ったりして、幸先スタートがフルスロットルしてます。やばい。


「あ」とか言って少し頬を赤くした江藤さんがツツーって離れるのが、もうね。もうね。


「弓塚君の顔が面白い事になってる……」


「その言い方は、なんか傷つくので止めてください」


 メイド(男子)と金髪JKという奇妙な組み合わせの僕達は、目指すクレープ屋までの道のりにある色々な展示物を眺めながら歩いていく。


「あ、星がたくさん!」


「天文部かな? へー、すごい綺麗な写真だなあ」


 人寄せのためか教室の廊下側の壁にたくさんの星空の写真が並んでいた。毎月撮っているのか、春からはじまって冬の星空まである。何人もの生徒が足を止めて、見入っていた。


「こちらの世界の星も綺麗ですー」


 うっかりエルフさん可愛い。「はっ」と口を押えて江藤さん的に無かったことにするところまでが合わさって芸術点狙える。


「クレープの後で、ここの教室の中入ってみようよ」


「うん!」


 僕のスルーもなかなかに芸術点高いよね。褒めてもいい。


 目指すクレープ屋は、校舎の三階で、途中の階段には手芸部の部員が作った人型のヌイグルミが一階段ずつ座っていて、江藤さんがなかなかそこから離れなかったり、三年生のお姉さま方がチャイナ服を着た点心喫茶で目を奪われた僕が江藤さんからぐいぐい腕をひっぱられたりと、着くまでもイベント盛りだくさんでした。チャイナエルフも見てみたい。真木さんとの相談案件が増えた。


「弓塚君は、年上の女性が好きなんですか?」


「え、いや、別にそんなことはないと思うんだけど」


 ぐいぐい腕をまだ引っ張られながら、僕は答える。遠くに見える「また来てねー」とにこやかに手を振っているチャイナなお姉さま方に手を振り返しつつ、首を傾げる。


「そもそも年上女性に縁がないというか……ああ、ララさんだっけ? 江藤さんのお姉さん」


 年上と言えば、と話を続けようとしたら、江藤さんがちょっとびっくりしたような声を上げた。


「ララ姉さんが好きなんですか!」


「え、僕一目ぼれしたの?」


 びっくりである。


「したんです?」


「僕に自覚はないんだけど……」


「ララ姉さんは駄目ですよ。確かにララ姉さんは美人で優しくて賢くて頼りになって私をいつも助けてくれる素敵な女性ですが、えーと、えーと、実は結構ズボラでおっちょこちょいで、たまにお風呂から上がってくるときに全裸で出てきたりするんです!」


「全裸」


 どうしよう、もしララさんに会ったらどういう顔していいかわかんないぞ。知らぬ間に江藤さんに暴露されている可哀そうなララさんである。


「それに。それに。ララ姉さんは朝が弱いので時々寝ぼけて、歯磨きの後のコップをぐいっと一気に」


「江藤さん江藤さん、そこまで。そこまででいいから」


 とりあえず暴走しかけた江藤さんをなだめつつ、目指すクレープ屋にたどり着く。

 その後いくつかのララさんエピソードを聞きながら、クレープを江藤さんと一緒に食べた。美味しかった。


 それと、次にララさんと会うときがあったら、無心でいることを心がけよう。吹き出しそう。何かが。


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