お疲れですエルフさん

 それからも、僕達のメイド喫茶は混雑を極めた。行列が続く廊下では、不満が出ないように池上フランソワーズと八草が適度な間隔でフォローにまわり(キャー! という今にも幸せ死しそうな女子達の歓声が溢れていた)、周りに迷惑をかけようとする悪質な輩には太田と菊池をセットにした心を込めた奉仕サービスを提供したり(マジ泣きで勘弁してくださいと土下座されたらしい)、色々忙しすぎて昼ごはんを食べるタイミングも逃してしまった。


 気が付けば、今日の最後のチャイムが聞こえてきた。


「終わったー!」


 最後のお嬢様達が教室を出ていくのをメイド全員で見送り、ドアを閉めた瞬間、菊池が両手を上げて叫んだ。


「みんな、お疲れー!」「うおおおお、ヒールってこんな筋肉痛になんのな!」「よちよち歩きしかできない……」「喉枯れたー、なんか飲みたい」「俺もー」「わたしもー」


 クラス全員がワイワイと騒ぐ中、真木さんがお茶を注いだ紙コップをテーブルに置いていく。


「みんなお疲れ様。さあ、お茶飲んで落ち着きなさい!」


「ママ……」「優しい……」「落ち着く……」「癒される……」


 戦い終わったメイド達が、癒しを得ていく。


 そんなホンワカしたムードを背景に、僕と倉田他男子数名は、危機的状況を迎えていた。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●



「……っ! わ、わたっ、俺はいけがっ……ぐぅうううああああああっ!」


「おい、もっと押さえつけろ! こいつ華奢なメイド姿のくせにやたら力強いぞ!」


「何か昔見た映画のトム・ク〇ーズに憧れて、ロッククライミング趣味にしてるとか」


「どんだけイケメンなんだよ、こいつ! おい池上! お前はフランソワーズじゃない、池上だ! 女の子に逆ナンパされるのが好きなイケメンなんだ! くそ、言ってて殴りたいほど腹立つな!」「わかる」「わかる」「とりあえず一発いっとく?」


「やめてください、私はフランソワーズです! 乱暴しないでくださいませ!」


「うお、池上だと知らないと躊躇するような絵面だな」


 じたばたと暴れる池上をみんなで拘束しているのは、正気に戻そうとウィッグをとろうとしたら池上の中で『池上』と『フランソワーズ』の人格が争いを始めてしまったのである。言ってて意味が分からない。


「お、俺は池上……愁だ……違う! 私はフランソワーズですわ! ぐああああ、違う!」


「お、よし、池上が優勢だな」


「戻ってこい、池上!」


「よし、弓塚いまだ!」


 倉田の合図に反応した僕は、池上が頭を垂れた瞬間を狙って、その金髪ウィッグを取り上げた。


「獲ったどーーーー!!!!!」


 獲物を振りかざして勝利の雄たけびを上げる。「きゃあああああ!」という甲高い悲鳴を上げた池上が顔を伏せ……そして、しばらくして、「お、俺はいったい……」という状況を理解してなさそうな弱々しい声を上げながら顔を上げた。


「よっし、池上帰還したぞ!」


「みんな、池上元に戻ったよー!」


 お疲れさんと池上の肩を叩きながら、僕達は笑みを浮かべつつ、お茶を飲みながら談笑している皆のもとへ歩いていく。


「夕方……なのか……? いつの間に……」


 フラフラと歩きながら、周りを見渡す池上。うん、これはフランソワーズに完全に掌握されていたな。


「池上大丈夫か?」


 倉田が近づく。


「倉田……俺は……そうだ、喫茶店は大丈夫だったのかい?」


 自分の事よりも喫茶店のほうを心配する池上。ほんとイケメンだな、こいつは。


「安心しろ、大成功だった」


「大成功……そうか、そうか……」


 ホッと息をつく池上。そして、一瞬不安そうな瞳で倉田を見る。


「俺は……役に立っていたかな? クラスの一員として、みんなの役に立てていたかな?」


 イケメンのくせに妙に責任感の強い池上にとって、今日の記憶がおぼろげであることは凄く不安な事なんだろう。


「役に立つ、などという言葉では生ぬるいな」


 そして、倉田はフッと笑って、池上の肩をドンと叩いた。


「今日のMVPは間違いなくお前だ、池上。クラスの皆もそう思っているさ」


「おうよ! 池上よくやったぜ!」「本当に凄かったよ、池上君!」「ほんとほんと!」「お疲れ様!」「お疲れ!」「おつかれー!」


 池上に向かってクラス全員の感謝の声が溢れる。僕と江藤さんも「お疲れー!」という声をかける。


「みんな……そっか……だったら良かったよ」


 あ、池上の安心したような柔らかい笑顔に、女子数名がフラリと倒れたぞ。急患ですよ、真木さん。


「まあ、とりあえず、今日は後片付けして終わろう。紙コップなどの燃えるごみは、焼却炉まで持って行くから一か所にまとめてくれ。ああ、それと、池上」


 みんなに指示出ししながら、倉田は僕から預かっていていた金髪ウィッグを、池上に渡していた。


「明日もよろしく頼む。期待しているぞ」


 鬼ですかこいつは。

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