繁盛ですエルフさん

 四人分の机をくっつけて、上から白い布を被せて一つのテーブルの出来上がり。

 これを八個用意する。

 簡単に見分けがつくように、一から八番までの番号を振り、オーダー票にはどの番号テーブルの注文なのか分かるようにする。


「こんな事までする必要あるのかな?」「客全然来なかったら、意味ないよな」「まあ、こういうの用意するのは楽しいけどね」


 などと、呑気な事を言いながら、テーブルを作っていた昨日の僕達に言いたい。


 グッジョブ、僕達、助かった。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「……では、ご注文を確認させていただきます。紅茶が二杯。コーヒーが一杯。『お母さんの手作りクッキー』が一つ。『ママ・マフィン』が一つ。『マミー・スコーン』が一つ。こちらでよろしかったでしょうか?」


 オーダー票を見ながら一つ一つ注文を確認する僕の目の前には、女子三名のお嬢様達がソワソワしながら注文の確認を聞いている。


「オッケーです」「メイドさんと一緒に写真撮ってもいいかな?」「追加注文で指名ってできる?」


「混んでる時の写真撮影は難しいですね。追加注文はできません。ごめんなさい。でも、今日も明日もまだあるので、またお越し下さったら嬉しいです」


 ちょっと困った風に説明してテーブルを離れる。


「ああ残念……」「池上君撮りたかった……」「でも、あのメイドさんもちょっといいよね」「ねね」「分かる」


 ふふふふ、もっと褒めるがよい。


 文化祭が始まって二時間。僕達のメイド喫茶は大盛況となっていた。


「メイド喫茶でーす! よかったら来て下さーい! どーぞどーぞ!」


 今も教室の外では宮原さんが行列の整理をしつつ、行きかう人々にチラシを配っている。


 文化祭までの準備期間、僕達麗しきメイドさん一行は、メイド喫茶の宣伝と度胸付けを兼ね校内を練り歩いた。歩きまくった。そのお陰で、認知度が高まったのだ。


 加えて、池上フランソワーズのヤバいほどの完成度の高さ。

 文化祭開始直後。どこから見に行こうか迷っている参加者が多く集まっている校門付近を、倉田の命令により池上が強襲せんでんをかけたのだ。


「ご来場のご主人様、お嬢様、是非わたくしどものメイド喫茶においでください。暖かい飲み物と美味しいお菓子で、精一杯のご奉仕をさせていただきます」


 深々とかしこまるパーフェクトメイドに、一時校門近くでは大混雑が起きたらしい。


 その結果、メイド喫茶に向かう者が続出。いまだ途切れることのない行列が誕生しているわけである。


 池上を『美少女』と誤認した一般参加の男性たちが、教室黒板にデカデカと書かれた『ようこそ、メイド喫茶(男子)へ!』の文字を、ゴシゴシと何度も目をこすりながら確認しているのを見るのはとても楽しい。


「え。え。え? え。え…」


 見るがよい、今も池上フランソワーズの注文確認の声を聞きながら、脳が理解を拒否しているのか困惑の表情が続いている哀れな男子の姿を。

 いやあ、イケメンが本気出すと本当に社会が混乱するな。


 オーダー票を片手に、教室の後ろの目隠しされたスペースに入る。


「三番テーブルのオーダー、よろしくー!」


「はーい!」


 江藤さんがパタパタと近寄ってきた。


「これ、オーダー票ね」


「了解でーす! あ、またクッキー売れてる!」


「江藤さんは、クッキー担当だったっけ?」


「そう、加奈ちゃんと二人で作ったんですよ!」


 わーいと喜びを表現しながら、トレイに飲み物とお菓子を用意していく江藤さん。


「弓塚、これ飲みながら待ってて」


 真木さんが、小さいコップに入った紅茶を渡してくる。有り難い、ちょっと喉が枯れてきてたところだった。さすが、真木さん。気が利きます。


「すっごく繁盛してるね、弓塚君!」


「そうだね、予想以上でビックリしてる」


 ゴクンと一口で紅茶を喉に流し込みながら頷く。時折、太田冥土に遭遇したのか悲鳴が聞こえてくるが、全員スルーしている。まあ、玉石混淆ってことで。みんなちがって、みんないい。


「オーダー一番だ。よろしく頼む」


 ゆるふわカールな倉田が入ってきた。


「了解」


 遠藤さんがオーダー票を受け取って、周囲の女子に飲み物の用意の指示をする。


「倉田委員長にとって、現状は読み通り?」


 遠藤さんが砂糖を入れたコーヒーのコップを渡しながら、倉田に尋ねる。


「そうだな……」


 コーヒーを一口飲むと、倉田が呟いた。


「一割ぐらい予想よりも多い感じだ。思った以上に、池上効果が凄い」


「確かに」


 遠藤さんも深く頷く。周囲の女子達もブンブン頷いている。


「なんかオーラ出てるよね」「池上君が近くにくるといい匂いしてるんだよね」「すごく強烈に負けてる感じがしてきてて……」「わかるぅ」「あれはやばい」「やばい……」


 あかん、女子達のプライドが崩壊しそうになってる。


「と、とにかくこの調子でみんな頑張ろう」


 などと、僕がみんなに声をかけていると、噂の池上が目隠しのカーテンをそっと行儀よく開けながら中に入ってきた。


「七番テーブルのご主人様からのご注文です。どなたかよろしくて?」


 楽しそうに微笑みながら、小首をかしげるその姿。もうお前はどこに突っ走っているんだ。


「池上、楽しそうだよね」


 僕が苦笑まじりに声をかけるが返答がない。


 江藤さんにもらった紅茶を上品に口に含みながら、オーダーの準備を待っている池上。


「あー、えーと、池上。大丈夫? 疲れてない?」


 またもや返答がない。


 お一人様の飲み物のみの注文だった池上のオーダーの準備が終わり、池上がカーテンをあけて出て行こうとする。


 ふと、嫌な予感がした僕はもう一度声をかけた。


「……フランソワーズ」


「どうかなさいまして? 弓塚?」


「……なんでもない、頑張ってね」


「……? はい、もちろんですわ……?」


 不思議そうに出ていく池上を見送った僕は、カーテンがおりたと同時に思わず頭を押さえて呻いた。


「……悪化している……!」


「池上って名字に反応しなくなってるわよ、あれ」


「フランソワーズに浸食されてきてるな」


「どうしよう」


「……とりあえずだ」


 みんなで相談していると、倉田が声を上げた。


「文化祭が終わってから考えよう。今は接客の時間だ」


 あ、こいつ、面倒くさくなって放り投げたな。


「弓塚君、準備できたよー」


 江藤さんが僕のオーダー分のトレイを持ってくる。


「ありがとう、江藤さん」


「どういたしまして。まだはじまったばかりだからね、弓塚君頑張って!」


 江藤さんのガンバー効果を受けて、僕はカーテンの向こうに舞い戻る。


 池上の件は……まあ、終わってから考えよう。面倒だしな。うん。

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