始まりましたよエルフさん
僕達が通う高校の文化祭は、二日間に渡って行われる。
僕と江藤さんは、一日目にメイド(男子)と裏方エルフとして働くことになっている。
二日目は基本自由行動で、忙しい時は手伝いもする予定だ。
しかしメイド(男子)喫茶が忙しいのだろうか? という不安もなくはない。
需要があるのか。
まあ、賽は投げられた。後は野となれ山となれ。僕は、一介のメイドとしてご奉仕するのみだにゃん。迷走。
女子の反対により、却下となった猫耳カチューシャは、男子全員の思い出となって各自の部屋に飾られていくはずである。
おかしいな、みんな似合っていたはずなのに。真木さんにガチめな声で「やめてください」と言われたら従うしかないよね。
「い、いよいよですねっ!」
隣で江藤さんが、両手をギュッと握って緊張した声で言う。
そろそろ飾り付けられた校門が開く時間だ。外来の招待客を迎えるのと同時に、文化祭が始まる。
江藤さんはあの後、しばらく考え込んでいたが、教室に戻ったと思ったら真木さんに何やら相談していた。内容は聞いていない。聞いてみたかったが、いつかの「女の子の会話に興味を持ってはいけないんですよ」という台詞を思い出してぐっと我慢した。早く盗聴器を手に入れなければと決意を固める。いかに真木さんに見つからないようにするかが勝負である。
「弓塚君から何やら不穏な空気を感じます……」
「江藤さん、それは今からご主人様、お嬢様を迎えんとする闘志だよ」
「闘志」
僕の曇りなきピュアな心情に反応したのか眉をひそめてしまった江藤さんにとりあえず適当な事を言ってごまかす。危ない。
「そろそろ、時間だ。みんな、気合は十分か?」
クラスのまとめ役時々暴走の先導役である倉田が、眼鏡くいっのポーズでみんなを見渡す。ゆるふわカールのファンシーメイド姿が、なぜか似合っているのが謎である。
「おう! いつでも来い! 誰であろうと相手してやるぜだわ!」
太田が、その有り余るパワーを両拳に叩きつける。語尾が無茶苦茶なのは、もはや誰も突っ込まない。矯正できませんでした。
「とりあえず、サッカー部のやつらを強制的に連れ込むか……?」
集客できない時の保険なのか、サッカー部副キャプテンという地位で冥土ハラスメントを行うか考え込んでいる菊池。一度、メイド姿で部活に参加した時は、サッカー部全員に泣いて謝られたそうである。
「今度こそ俺のメイド姿に、あいつらの頬を染めさせてやるぜ……」
「いやお前、顔全体を青ざめさせてたじゃん」という男子の声に耳を傾けることなく、スマホでサッカー部専用グループSNSになにやらメッセージを送る菊池。「なぜ既読がつかないんだよ」と言ってるけど、たぶんみんな菊池をブロックしてるんじゃないかな。安全対策。
「一日目は、とにかくアピールと浸透だ。二日目の集客を問題なく行うためにも、一日目の成功は必須となる。これについては、お前が頼りとなる。任せたぞ、池上」
「分かりましたわ」
倉田の言葉に、凛とした声が答えた。
『マジもんのイケメン』を異名を持つ、我が校最強のイケメン、
「この池上フランソワーズにお任せください。皆様のメイドとして心を込めて精一杯ご奉仕させていただきます」
胸元に手を当てて微笑むその姿に、女子数名がクラリと気を失いかける。池上フランソワーズ。もしかしたら、僕達は産み出してはいけないモノを産み出したのかも知れない。
「池上、文化祭の後戻れるんだろうな……」「あいつ、根が真面目だからな」「メイドになり切らないといけないという責任感がああなってしまったか……」「大学生の姉に洗脳されたという噂もあるよな」「もはや美少女にしか見えないもんな」「化粧が似合い過ぎて、背筋が震えるレベル」「妬ましい」「ああ妬ましい」
いまいち違和感のあるメイド姿の男子の嫉妬がオーラとなって漂っているのを、無視して倉田が続ける。
「珈琲、紅茶などに使うお湯は切らさないように頼む。今回は、かなり真木に負担がかかるだろう。申し訳ないと思うが、期待している」
「大丈夫よ、女子の皆で色々練習したもの。注文ばんばんとってきて! アタシ達がカバーするから、安心していていいわ」
真木さんが、男子勢を見渡して、笑顔で言う。こんな時の真木さんは、やはり人当たりが良くて、みんなに安心感を与えるなあと思わされる。
「無理すんじゃねえぞ、真理愛」
金髪ヤンキーの八草が、ボソリと言う。金髪ウィッグをつけたガタイのいいヤンキーが、その英国風な顔で『綺麗』『可愛い』ではなく『カッコイイ』メイドになっている。ヤクザのくせに。畜生、納得がいかない。
「ん? なあに? 心配してくれるの?」
「あ!? んだよ、そんなんじゃねえよ、ババアが無理すんなってことだよ!」
「こら言葉遣い! メイドがそんな乱暴な口調じゃダメでしょ!?」
「うるせーよ、おかんか、てめーは!?」
毎度の母と息子の親子喧嘩をみんな華麗にスルーする。
緊張感の欠片もない、いつものクラスの雰囲気。問題なし。
江藤さんと顔を見合わせる。自然と笑いあって、お互いの手をパシンと叩く。
「頑張ってくださいね、弓塚君!」
「うん、江藤さんもね!」
「はい!」
チャイムが鳴った。いつもと同じメロディーの、いつもとは違う開始のベル。
『これより、本校の文化祭をはじめます。ご来場の皆様につきましては――』
アナウンスの中、倉田が教壇に立つと、いつものように語りかけた。
「――さあ、文化祭を始めよう」
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