金髪ですエルフさん

 文化祭までの日常は、凄い早さで過ぎ去っていった。


 放課後の問題集の時間は僅差で優っていたはずの僕がいつのまにか江藤さんに問題の解き方を習っていたり、真木さんの文化祭向け料理教室がいつのまにか他クラスの女子を巻き込んで『料理の鉄人』対決が開催されたり(ちなみに真木さん無双だった)、きゃわいいメイドになるための男子勢の修業がますます磨きがかかり「脛毛を剃った者40%」「デパートの化粧品コーナーの常連となった者10%」「女子が用意したウィッグに納得できず自前で購入したもの60%」「スカートの丈を日増しに短くしていった者90%」とカオスになっていたり、それぞれのエピソードを詳しく語ったのならば、もしかしたら1つのエピソードで3000文字ぐらいは必要だったのかもしれない。知らんけど。


「弓塚君、あのね、一度九九からやってみる?」


 と言いにくそうに江藤さんに話しかけられた時は、ちょっと泣いた。エルフに九九を習った日本人。うん、良く分からないよね。僕は、分かる。江藤さんの「いんいちがいち」ってフレーズがもう、僕の色々な感情が混じりあった結果「可愛い」に落ち着いた。


「弓塚君が、悔し気な表情から恥ずかしそうな表情を経て『これはこれで悪くない……』っていう表情してます……」


 と江藤さんがポツリと呟いていたのが印象的だった。


 まあ、冗談でやってた九九もやってみたらいい気分転換になって、問題集を解くのも捗ったよね。


 そんなこんなで日々は過ぎ去って、気が付けば文化祭前日の日になった。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「おーし、教室の飾りつけはこんなもんかなー」


 太田が、持っていた金づちで肩を叩きながら周りを見渡した。

 教室の後ろ側、教室全体の4分の1ほどのスペースをカーテンで目隠しをして、その中にコーヒーや飲み物を準備できるテーブルと作り置きした焼き菓子を置いた棚を設置した。裏方作業の真木さんや江藤さんたちはこの中で注文をうけたメニューを用意して、僕達男子勢が4分の3のスペースである店舗部分で接客を行う。


 メイド喫茶らしい店構えとまではいかなくても、なかなかグッドな感じになったと思う。


「後は、テーブル毎のメニューかな?」


「それは、遠藤が書道部に行って書いてくるっていってたぞ。倉田も着いていった」


「達筆なメニューになりそう」


「確かに」


 太田と話しながら、教室の中を確認する。文化祭前日の今日は、一日まるごと使って準備をすることになるのだけど、やる気に溢れていた僕達のクラスはお昼過ぎぐらいでほぼ準備を終えることができた。後の時間は、部活動で出展する者はそちらに行ったりするみたいだ。


「弓塚君、一緒にゴミ捨てお願いしてもいいかな?」


 江藤さんがゴミ袋を両手に持って現れた。今日のお姿は、汚れてもいいように体育のジャージ姿である。エルフジャージ。最強。オプションで、エルフポニーテールになってる。金色のふさふさがメッチャ可愛い。揺れるポニーテールは、最強オブ最強ですね。


「いいよ、全部でどのくらいあるの?」


「10袋……ぐらいかな」


「二往復かなあ」


「俺も行くわ」


 後ろから声がした。振り向くと、八草がいた。


「暇んなったからよ、手伝うわ」


 手伝いをすすんで行う金髪ヤンキー。


「八草って、雨の日に段ボール箱に入った捨て猫とか拾ってそうだよね」


「あん? 喧嘩売ってんのか? お?」


 ちなみに3匹飼っているらしい。マジか。


「ヤク、ハチグサ君は、猫好きだよね」


 正しい読み方を教えてもらっても、時々「ヤクザ」って言い間違えそうになる江藤さんである。


「おう。あいつらってよ、こっちの事なんかお構いなしなんだよな。マイペースで。近づくと離れていくし、放っておくと体をこすりつけてくる。周りに流されない感じが良くてな」


 八草が江藤さんに答える。どうでもいいけど、身長が低めな江藤さんとガタイがいい八草が並ぶと、すごい絵面だなあ。


「そういや、僕も八草とはじめて学校の外で会ったのは、猫がよくいる路地裏だったね」


「ああ」


「猫にみゃーみゃー言ってたのが笑えた」


「おし、弓塚死ぬか」


「ヤクザ顔ですごむのは勘弁してください」


 校舎裏のゴミ捨て場までそんな事を話しながら歩いていると、ゴミ捨て場に人影があった。


「あ、森川先生お疲れ様っす」


 八草が、頭を勢いよく下げる。

 近づいてみると、そこにいたのは僕達のクラスの担任だった。相変わらず、やる気のなさそうな眠そうな顔をしている。


「おー、八草達か。どうだ、クラスの準備は」


「完璧っすね。明日は、俺らの瑪威弩めいど喫茶が天下とるっすよ」


「どうもお前が言うと、メイド喫茶がなんか難しい漢字変換してるような気がするな……」


 首をひねる担任。分かる。


「森川先生はここで何を?」


「今日までの文化祭の準備で俺達教師も色々書類とかゴミとか出たんでな。本番前に、スッキリしようと思ってゴミ捨てにきた」


「で、ついでにサボりっすか」


「人聞きの悪いこと言うな。他の教師に見つからないように休憩にきただけだ」


「それ、サボりっす」


 うるせえよ、と言って担任が八草の金髪をぐしゃぐしゃとかき回す。


「俺はそろそろ戻る。八草、江藤、弓塚の3人も遊んでるんじゃないぞ」


 サボってた人に注意されてしまった。ゴミ箱片手に担任が去ると、江藤さんが八草に興味深そうに尋ねた。


「八草君って森川先生と仲いいね?」


「うん、僕も思った。僕が、髪の毛ぐしゃぐしゃしたら、体全体をぐしゃぐしゃお返しされるだろうに」


「まあ、弓塚だったらそうだな」


「怖い」


「まあ……なんつーかよぉ、森川先生はそうだな……俺の恩人だからな」


 八草が、そう言ってゴミ捨て場で腰を降ろす。いわゆるヤンキー座りである。なんとなく、僕も真似をする。江藤さんも真似をしようとしたので、慌ててちょこんと座ってもらった。両ひざに顎をのせてるところが非常にプリティ。


「恩人……ですか?」


「おう。俺の髪の毛って、これだろ?」


 金色に輝く髪の毛を手で引っ張る。


「金髪です! お仲間ですね!」


 嬉しそうに江藤さんが微笑む。くそ八草め、呪われるがいい……。


「お仲間だな。俺のも江藤さんと同じく地毛なんだ。金髪に染めてるわけじゃねえ。これが、俺の髪の毛の色なんだ」


 だけどよ、八草が呟く。


「中学に入った時だった。1年の担任だったセンコーが、俺に言ったんだよ。学校に通いたいんだったら、黒色に染めろってな」


「黒色に……ですか?」


「ああ、金髪は不良の色だ。みんなと同じ色にしろってな」


「そんなの変ですよ。八草君は、もともと金髪で、染めてるんじゃないのに」


「俺もそう言った。うちの親もそう言った。遺伝で、地毛で、本物の髪だってな。でもダメだった」


 溜息をつく。


「俺の金髪は爺ちゃんゆずりと思ってるからな。納得できなかった。死んじまった爺ちゃんを侮辱された気がしたしな。反抗して染めずにいたら、そのうち不良だって決めつけられて、何をするにしても問題視されるようになったわ。俺も、短気だからよ。アタマきてムカついて反発して……まあ、センコーの思い通りになったよ。学校の悪い奴らは大体友達になったわ。俺は、それでも別に気にしなかったが、三年の時に弟が中学に入ってな。だいぶ、弟に迷惑かけた。それと、真理愛にも……それなりに迷惑かけた」


 ガリガリと頭をかく八草は、当時を思い浮かべたのかちょっと遠い目をした。


「大変だったんですね」


「まあな。それで、高校に入る時決めたんだよ」


「何を?」


 僕の問いかけに八草は苦笑した。


「髪の毛染めよーってよ。黒色にするやつ、薬局で買ってきてさ。俺が金髪なことで、弟にも真理愛にも迷惑かけちまったからな。真理愛は、1年も同じクラスだったんだよ。俺ぁ短気だからよ、金髪の事でまたセンコーにいじられたら中学の繰り返しになっちまう。だったら、最初から黒くしとけってな。入学式の前日に染めた。で、弟と真理愛に見せた」


 二人は爆笑して、そして少し泣いたらしい。


「森川先生は、1年の時も担任だったんだぜ」


 八草は懐かしそうに呟いた。


「入学式が終わった後、教室でみんなの自己紹介があってな。まあ、高校では『普通』にやっていこうと思って無難な感じの挨拶をやったんだけどよぉ。挨拶が終わった途端、森川先生が俺の席までやってきて、いきなり俺の頭殴ったんだよ」


 え、と驚く僕と江藤さんに、八草は笑った。


「何、髪の毛染めてんだ、不良かお前は」


 担任はそう言ったらしい。


「高校デビューしたつもりか恰好つけんな明日さっさと元に戻してこいって言われた。みんなと同じにしなくていいのかよって返したら、呆れた声で『馬鹿かお前は』って言われた」


 八草は、また金髪を引っ張った。


「森川先生はよ、俺が俺であっていいって言ってくれたんだ。嘘をつかなくていい、誤魔化さなくていいって言ってくれたんだ。俺はあのまま黒色に染めたまま過ごしていたら、もしかしたら失くしちゃいけないモノを失くしてしまっていたのかしれねえ……だから、恩人なんだよ。まあ、そういうわけだ」


 照れくさそうに言うと、八草は立ち上がった。


「そろそろ戻ろうぜ、サボってるって言われちまうわ」


「真面目か」


「うるせえよ」


「八草君」


 江藤さんの声に、八草が振り向く。

 江藤さんは、深く考えるように目を閉じていた。


「自分が自分であっていい……いい言葉だと……私も思います」


「……ああ」


 江藤さんの言葉に、八草は優しく頷いた。


「弓塚君、行こう?」


 江藤さんに連れられて僕も立ち上がる。


 教室まで江藤さんは無言だった。何かを考えるように、ずっと。

 階段の踊り場で、江藤さんは少し足を止めた。見ていたのは、チラシだった。カボチャのランタンが揺れていた。


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