お料理ですエルフさん

 放課後、倉田と遠藤さんからもらった今日の問題集を片付けた僕と江藤さんは、真木さんに連れられて家庭科室にやってきた。


 中には他の教室の女子達が集まって、色々な料理を作っているようだった。


「ふわぁ。いい匂いがします……」


 江藤さんが、そこかしこから漂ってくる甘い匂いに声を漏らす。


「他の人たちも、文化祭に出すデザートの練習してるみたいね」


「ぶっつけ本番で作るのは怖いよね。やっぱり練習しないと」


 僕達は話しながら、持ってきていた紙袋を空いていた調理スペースに載せる。近くのスーパーから買ってきたのは、卵や牛乳、バター、小麦粉、砂糖といった材料。


 家庭科室にある食器棚から必要な皿やボウル、道具を取り出して一旦洗って綺麗にすると、真木さんが江藤さんに声をかけた。


「じゃあ、そろそろ始めましょうか。一応聞くけど、エルちゃん料理の経験はなかったわよね?」


「うん、今まで経験はないです」


 ちょっと恥ずかしがりながら江藤さんが答える。エプロンエルフ可愛い。真木さんが江藤さんに用意したエプロンが吐血するほど似合っている。


「何故かついてきた弓塚は?」


「江藤さんの手作り料理が食べたかったからついてきた僕は、たまにチャーハン作るぐらいかな」


「ふむふむ、まあ弓塚はエルちゃんのお手伝いをよろしく」


「ラジャ」


「エルちゃんには、文化祭で私と一緒に調理担当をやってもらうわ」


「うん、真理愛ちゃんといっしょで嬉しいです」


「……ごふっ」


「不意打ちされて死にそうな真木さん、胸押さえてないで続きを」


「え、ええ、そうね。なので、エルちゃんには、文化祭で提供するメニューの

 作り方を覚えてもらいたいの」


「私なんかが大丈夫です?」


『料理』スキル無しの江藤さんが不安そうな表情で、真木さんに尋ねる。


「もちろん! いきなりメニューに出す料理を作ることはしないわ。今日から文化祭までまだ余裕はあるから、料理の基礎から教えていくわね。といっても、メインはお菓子作りになると思うけど」


「はい、頑張ります!」


 おお、江藤さんがやる気まんまんですーといった様子で、ぎゅっと拳を胸の前で握っている。


「今日は、火の扱いになれてもらう意味もかねてフライパンを使ってできるのにしようか。まず最初は、卵あるから目玉焼きと卵焼き。それから、他の材料つかってフライパンでできるクッキー作ろうかしら」


「クッキー大好きです!」


 江藤さんが目を輝かせる。


 そんなこんなで真木さんの料理教室がはじまった。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「おお、目玉がつぶれて白と黄色のマーブル模様ができている……」


「難しいです……」


 ナイフで、江藤さんがこわごわとした手つきでお皿にのせた目玉焼きを三等分にする。


 箸で裏面にひっくり返す。こんがりと焦げた面が姿を現す。


 一度、真木さんが手本を見せてはいたがいざ自分が作るとなると意外と難しいらしい。江藤さんは、ちょっとがっかりした様子で、目玉焼きを口に入れる。


「うう、美味しくないです」


「ちょっと焼き過ぎたね」


「いきなり最初からうまくはいかないわよ。火の扱いは、徐々に上手くなっていけばいいの。弱火、中火、強火の火の加減は、説明だけ聞いても難しいわ。経験が一番」


「うん」


 もぐもぐと口にしながら江藤さんが頷く。


「もう一回目玉焼きいいですか?」


「いいわよ」


「弓塚君も食べてくれる?」


「江藤さんの目玉焼きだったら無限に食べれる」


「なにそれー」


 江藤さんが笑いながらフライパンを手に取った。


 次にできた目玉焼きは、今度はちょっと焼きが足らなかった。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 卵焼きは、焼き目の多いスクランブルエッグに進化した。


「もうちょっと目玉焼きになれてからね」


 そう言って真木さんは、江藤さんの肩をポンポン叩いて慰めていた。


「うう、目玉焼きの何倍も難しいです」


「エルちゃんは物覚えいいから、すぐに作れるようになるわよ」


「頑張ります!」


 真木さんがお手本に作った卵焼きを口に入れる。砂糖と醤油で軽く味付けしたシンプルな卵焼き。しかし、真木さんが作ると、単なる卵焼きが物凄いレベルの料理となっていた。


「うーん、真木さん恐るべし……」


「あー弓塚君、真理愛ちゃんの先に食べてる!」


 江藤さんが慌てた様子で、できあがったスクランブルエッグ、じゃない卵焼きを崩した創作料理を僕に差し出してくる。


「私の後から食べたら、もっと美味しくなくなります!」


「え、何言ってるの。江藤さんの作った料理だよ、全部美味しいよ」


 お皿を受け取って、卵焼きを箸で……は難しかったのでスプーンで口に運ぶ。


「江藤さんがはじめて作った卵焼きを食べれる貴重な機会で、僕は嬉しいよ」


「うう、それは有り難いお言葉ですが」


 江藤さんが、自分もスプーンで卵焼きを口に含んで、その味にちょっと眉をしかめる。


「やっぱり美味しくないです」


「じゃあ、美味しくなるまで練習だね。その間、僕は卵焼きを無限に食べ続ける、と」


「すぐに美味しくなってみせますから!」


「楽しみにしてる」


 その後、つくったクッキーは計量さえキッチリできればいいので、はじめてにしては大成功なものができた。


 江藤さんは、嬉しそうにサクサクと頬張っていた。

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