見てみたいですエルフさん

「本日、みんなに放課後残ってもらったのは他でもない」


 教壇に立つ一人の男子生徒。眼鏡から覗く視線が、クラスメイト全員を見渡す。


「例の案件に対して、みんなの意見を募りたい。様々な希望があるだろう。恐らく混迷を極めると思われる。だからこその、この時間だ。できれば今日一日でまとめたい。みんなの協力をお願いする。ああ、時間は有限だ。無駄な前置きはやめておこう」


 教壇に立つある種のカリスマを持つ彼が、落ち着いた言葉で一ミリずれた眼鏡を中指で直す。


「――さあ、会議をはじめよう」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


『文化祭で祭りだワッショイ! 一体僕らは何をする? 会議』


「おい弓塚、倉田にネーミングセンス壊滅だなって言ってこい」


「嫌だよ、見てよ倉田の自信満々な顔。あれ、絶対三時間はタイトル考えてた顔だよ」


「書記やってる遠藤の表情が、面白い事になってんな」


 放課後の教室。いつもの江藤さんとの勉強を休みにして、今日はクラス委員長である倉田怜一郎くらたれいいちろうの呼びかけにより、先に行われる文化祭の出し物についてクラスメイト全員で相談することになった。


 うちの校風は基本ゆるゆるなので文化祭の出し物はわりと自由だ。だから、逆に何をするかで迷ってしまう。


 倉田の後ろで黒板にみんなのアイデアを書いているのは、IQが計測不明との噂もある遠藤塔子えんどうとうこさんだ。とにかく頭がいい。倉田とは、同じ書道部で仲が良い。


 遠藤さんの「フォントか」とつっこみたくなるほどの綺麗な文字で、既に出されたいくつかの案が書かれてある。


 ・お化け屋敷

 ・タピオカ屋

 ・謎解きデスゲーム


 まあ、よくある定番なものから今人気なキャッチ―なもの、それ大丈夫なの? 誰が死ぬの? なものまで。


 何かアイデアあるかなと考えていると、江藤さんが小さな声で話しかけてきた。


「文化祭ってなんですか?」


 ああ、江藤さんは異世界生まれの異世界育ちだから、文化祭は知らないよね。


「えーとね、一年に一回学校全体で行うお祭りだよ。クラスごとに、何か催しものをするんだ。飲食できるお店とか、音楽とか演奏したりとか」


「お祭りですか! 私も王……んんっ! 見た事あるよ!」


 とたん目が面白そうに輝いてくる江藤さん。うんうん、偉いなーってナデナデしたい。


「今日は、僕達のクラスで何やろうか? って打ち合わせだね」


「そうなんだ……私も、何かできるかな」


 江藤さんが、呟く。


「そうだね、何かできる事はあると思うよ」


 いや、むしろ江藤さんを全面に押し出したらパニックにならないかな? もし、メイド喫茶なんてことになったら、金髪メイドエルフが爆誕して大変な事にならない? というか見たい。超見たい。オムライスに僕の名前書いてもらって「おいしくなーれ」ってハートキャッチしてもらいたい。


「ここは強めに要望だすかっ……!」


「どうしたの、弓塚君。今まで見たこともない真剣な顔してるよ」


 江藤さんが何やら言っているが聞こえない。


 鼻息荒く手を挙げようして、僕は黒板の状況に気付いた。


「……?」


 そこはメイド喫茶という言葉に溢れていた。数を数えるのではなく、律儀に要望を書き記すものだから、黒板全体に「メイド喫茶」と書き込まれていて、もはや黒板がホラーになってる。これは、男子全員の欲望が醜いほどに表れているな……。


「弓塚、要望?」


 遠藤さんが僕を見て尋ねる。


「う、うん」


「分かった」


 言うと、遠藤さんは僕に内容を聞くこともなく黒板に振り返った。メイド喫茶、という単語を残った隙間に書いていく。


「何で要望聞かずに書くの!?」


「顔にメイド喫茶と書いてあった」


「違わないけども!」


 パンパンとチョークを手で払って遠藤さんが倉田に声をかける。


「倉田委員長、多数決的にもう決まっていると思う。後は、メイド喫茶をするかどうかで決めるべき」


「ああ、しかし、こうもメイド喫茶に多く集まるとはな」


 倉田が眼鏡を拭きながら、疲れたように首を振る。


(自分が一番最初に提案したくせに何か言ってやがるぞ)(教室内に子供を呼べる遊園地作ろうと言いかけた秋山を会話誘導でメイド喫茶に修正させてたよな)(時々、俺らの委員長が一番たちが悪いんじゃないかと思うんだけど)(でも、何人か女子もメイド喫茶に入れてたよな)(やっぱり、江藤さんのメイド姿見たいよな)(わかるー)(超わかるー)


 男子全員の熱意が黒板に突き刺さる中、倉田が眼鏡をかけ直し、みんなを見た。


「みんなの意見は了解した。メイド喫茶をやるかどうか。黒板の結果もある。ここは簡単に挙手で決めよう。多数決が出れば、決定だ」


 ゴクリと、男子の喉が鳴る。


「――メイド喫茶、でいいと思う者は手を挙げてほしい」


 ズバッと右手を、いや拳を突き上げる。男子全員がいつの間にか立ち上がっていた。


 結果は……。


「決まりだな。おめでとう、諸君。我がクラスの出展物は――メイド喫茶だ」


 その日、クラスに歓喜の声が溢れた。


「では、次にメイド喫茶の内容を詰めていく。私がやるから倉田委員長はどいてほしい」


 遠藤さんが、教壇で感極まっている倉田を押しのけて、サクサクと進めていく。


「メイド喫茶で使う衣装について――」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 黒板に決定事項が並んでいる。


 用意する衣装について。提供するメニュー。開催期間中のスケジュール。教室内のレイアウト。小道具関係の購入先。などなど。


 そして、最後に根本的な出展内容について。そこに若干の修正が加えられていた。


『メイド喫茶(男子)』


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「なぜだ!!」


 僕の魂の叫びがこだました。


「だって、やっぱりエルちゃんをクラスメイト以外の視線にさらすのは危険でしょう」


 真木さんが、エルちゃんを隠すように抱きしめながら言う。


「何かトラブルがあったらどうするの」


「う、ぐ、それは……確かに」


 教壇では倉田が突っ伏してショック状態になっている。他の男子もみな表情筋が死んでいた。同士。


「一応メイド喫茶の要望は叶っているんだから文句はないでしょう?」


 いや真木さんその理屈はおかしい。色々おかしい。


「真理愛ちゃん楽しみですねー! 私もお手伝い頑張ります!」


「エルちゃんは、アタシと一緒に料理担当にするから頑張ってね」


「うん!」


 楽しそうに答える江藤さんの笑顔と裏腹に、僕は深く、本当に深くため息をついた。


 どうしてこうなった。

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