ヤンキーですよエルフさん

「おい弓塚ぁ。ちょい屋上つきあえや」


 そんな台詞で僕の机に手を置いたのは、不穏な言葉を吐きつつ僕を見下ろす金髪の男子だった。

 睨みつけるような瞳が僕を見下ろしている。


 江藤さんとの勉強が終わった放課後の教室。そろそろ帰ろうかと話していたところ、教室の扉を開けて彼が入ってきたのだ。

 誰かを探す素振りもなく、そのまま真っすぐに僕に近づいてきた彼は、冒頭の台詞を口にしたのだ。


「何の用事?」


 いっしょにいた真木さんが眉をひそめて尋ねる。


「関係ねえだろ」


「ちょっと」


「うるせえよ、俺は弓塚に用事があんだよ」


「何よ! あのね」


「いちいちうるせんだよ、ブス! おら、弓塚来いよ!」


 金髪の男子が不愉快そうに、真木さんを睨みつけて、出ていく。僕はため息をついて席を立った。


「……弓塚君?」


「大丈夫、江藤さん。ちょっと行ってくるよ」


 心配した表情で見上げる江藤さんに軽く笑って、僕は屋上に向かった。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「来たよ」


 屋上で、彼は網の外を見つめていた。金髪の髪の毛が風に揺れている。大柄な身体は、たとえ軽い一発であろうとも容易く僕を吹き飛ばしそうだ。


「何の用事だったんだい」


 尋ねる僕に、彼は不機嫌そうにこちらを見もせずに、差し出せと言わんばかりに右手を出した。


「弓塚ぁ、ちょっとスマホ寄こせよ」


「なんで?」


「いいから寄こせ」


「嫌だと言ったら?」


「……手前ぇ」


 僕を振り返る彼の表情は、非常に不愉快そうだった。ズボンの後ろポケットに手をやりながら彼が近づいてくる。


「後悔しねえな?」


 こちらを見る彼の目つきは限界が近づいていた。僕は、わざとらしくスマホを見せびらかして、彼に挑発を仕掛ける。


「僕がするとでも?」


「……ち」


 舌打ちすると、彼はポケットに入れていた物を取り出した。


「いいぜ、勝負といこうじゃねえか……吐いた言葉飲み込むんじゃあねえぞ!」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「はい僕の勝ちーーっ!!」


「くそおおおおおおおおお!!」


 屋上に勝者と敗者の叫びがこだまする。


「いやー前回に続いて連戦連勝! 有難う有難う!」


「ちっくしょう、ふざけんな!」


「はん! 負けを認めたのは君なんだよぉ、八草はちぐさくぅん?」


「背筋が震えるほどに、根性悪そうな悪人顔してやがる……」


「ははは! 敗者の言葉ほど甘美なものはないね! さ、さっさと寄こすがいい!」


「……仕方ねえ。ほれ、受け取れ。畜生が」


 不機嫌そうにスマホを操作する金髪男子。八草アキラ。クラスメイトだ。金髪なのは劣性遺伝。昔の先祖が英国人らしい。彫りの深い顔は、映画俳優か軍人を思い浮かべてしまう。池上と並んで二大巨頭のイケメン野郎だ。マジムカつく。


 ピロンと音を立てた自分のスマホを見る。受け取ったのは、白い毛並みの猫の写真だった。


「ここらあたりで一番の美人猫……確か写真撮るのが至難の技とか……」


「ああ、この距離まで近づくのに三か月もかけた秘蔵モノだったのによぉ」


 ちょっと八草、視線に殺意こめるのやめてくれませんか。


「まあ、しかしこれでも今朝の僕のには残念ながら叶わなかったね」


「あれは反則だろ」


 今朝のSNSのグループ会議に「尊い」の一言とともに僕が送ったのは、登校中に見かけた子猫と友達になった江藤さんのはしゃぐ姿だった。


 近所で撮った猫の写真で勝負しあう八草にとっては、江藤さんと子猫の組み合わせはメガトン級の破壊力だったらしい。


「送った写真以外にも弓塚が持ってるだろうから、勝負でもらおうと思ったのによぉ」


「素直に欲しいと言えばいいのに」


「江藤さんのいる前で言えるわけねえじゃねえか」


 八草が頬を染めて呟く。イケメンの照れ顔なんぞ、需要などない。


「他にもあったから、八草のスマホに送るよ」


「お、いいのか? 悪ぃな」


 いくつかの写真をタップして選択して、八草のスマホに送る。目をつぶって子猫に鼻先を舐められてる江藤さんなんて、これはもう博物館で保管すべきでは?


「おぉ、いい……可愛い……」


 江藤さんがこちらに向けた子猫のドアップの写真に、八草が震えている。ホント猫が好きだな、このヤンキーは。


「こいつを撮った場所教えろ、弓塚。今度お近づきに行く」


「ああ、いいけど聞くなら真木さんに聞いた方がいいよ。詳しいから」


「あん?」


「僕は真木さんに紹介してもらったからね」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


「頼む! 教えてくれ!」


「嫌よ、アタシが教えてあげようとしたのに、無視したのはアンタでしょ」


 教室に戻って、八草は真木さんに平謝りしていた。そんな八草に、不機嫌マックスな真木さんがツンと顔を背ける。


「んぐ、それはよぉ」


「それに、アタシに何て言ったっけ? 随分と言いたい放題じゃない?」


 じろりと八草を見る。


「わ、悪かった」


「は? 小さくて聞こえません」


 あ。真木さんのそっけない対応に八草が切れた。


「悪かったよ、ブス!」


「またそんな事言って! そんな風に育てた覚えはないわよ、アキラ!」


「幼馴染みだからって育ててもらった覚えはねぇよ!」


「いつまで反抗期なのよ、いい加減大人になりなさい!」


(またはじまった)(あれが無ければ八草も立派なヤンキーなのにな)(喧嘩するほど仲がいい)(夫婦喧嘩?)(いや、あれはどう見ても母と息子の言い争いだろ)(納得)(納得)(納得)(納得)


 真木さんと八草を教室に残っていたクラスメイトでほっこり眺めていると、くいくいと江藤さんが袖をひっぱってきた。


「ん?」


「真木さんのお友達? なんですか?」


「ああ、荒っぽい口調だけどね、『幼馴染み』って言って小さい頃からの仲良しさんだよ」


「ふわぁ。そうなんですか」


 言い争いは徐々にいつも通りの八草の「……ごめんなさい」というしぶしぶとした謝罪で幕を閉じた。ガタイがでかい八草に頭を下げさせている真木さんを見ると「姉御」と呼びたくなってくるなあ。


「挨拶するのは初めてですね、こんにちは!」


 江藤さんが八草に近づく。八草はちょっと驚きながらも言葉を返す。


「あ、ああ、同じクラスメイトなのに挨拶遅れて悪ぃな」


「ううん、私がまだみんなに慣れてなかったから。ごめんね?」


 江藤さんは、こうやってクラスメイトと徐々に近づいていっている。全員と言葉を交わす日もそう遠くはないだろう。まあ、クラスメイトの好感度はとっくに振り切れてるんだけどね? 無双状態のエルフである。


「今朝の子猫ちゃん可愛いですー」


 真木さんが自分のスマホにとっていた今朝の子猫の写真を八草に送ろうとしているのを、横から江藤さんが見つめている。


「あ、これは何て読むんですか?」


『八草アキラ』と書かれた送信先の『八草』の文字を指して、江藤さんが八草に聞く。


「んあ? ああ、それは」


「あ、待ってください! 私読めます!」


 むむ、と考えて江藤さんがパッと顔を輝かせる。


「数字っていろんな呼び方があるんですよね、私読めました! よろしくね、『ヤクザ』君!」


 ブホォッと真木さんが噴出した。スマホ片手にブルブル震えて笑っている。周囲のみんなも笑いを誤魔化のに必死だ。あ、宮原さんが崩れ落ちて床バンバンしてる。


「数字って楽しいですよね。『ハチ』もいいけど『ヤ』って読むの何か可愛いです!」


 満面の笑みに、誰が間違いを指摘できようか。


(……ヤクザって言葉知らないのかな?)(恐らく宮原とかが貸している漫画が情報収集のメインだぞ。ヤクザが登場する少女漫画ってどんなジャンルだ?)(極道イケメン王子様もの?)(ありそうでこわいな)(八草が登場すると似合いそうで腹立つ)


「……ああ、よろしく江藤さん」


 色々な葛藤を乗り越えて言葉にする八草は、人の良いヤンキーそのものだった。

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