スポーツですエルフさん

 お昼休み後の最初の授業に、体育を設定する先生のセンスの無さは大概だと思う。その日唐揚げ祭りで大フィーバーだった弁当で大満足だった僕は、それに続く体育の授業で上がったテンションをそのまま一気に落として嘆いていた。


「はあ、何が悲しくて男子ばっかで汗流して体動かさないといけないんだ」


「弓塚は運動神経普通なくせに運動嫌いだよな」


「スポーツマンシップが解りません」


「それ、真顔で言っちゃうヤツ軽く引くんだけど」


「よせやい照れる」


「どこに胸キュンワードがあった」


 サッカー部の菊池英介きくちえいすけと話しながら、校庭の隅で座っている僕はグラウンドでやっているサッカーをぼんやりと見ていた。

 さきほどまで試合をしていたグループだった僕たちは、試合が始まったグループの代わりに休憩に入っている。


「どうだい、この試合? サッカー部副主将の菊池君」


「うむ、有象無象の集団であるな」


「ひどい」


「ふはは、我の手に、いや足にかかれば、21人抜きドリブルも可能よ」


「それ、味方も敵に入れてない?」


「なぜ同じチームの者を味方だと決めつける? 我に仲間など不要。笑止千万」


「サッカーのルールブックに謝れ」


 ポンポンとこちらに跳ねてきたボールを、菊池が座りながら蹴り返す。適当に蹴ったように見えたボールは、取りに来ていた男子のちょうど手前でコロコロと転がるように戻っていった。さすがサッカー部。


「暇だなー。お腹空いた」


「お昼に太田とラーメン食べに、学校抜け出してたんじゃないの?」


「ランチの炒飯セット大盛はうまかったぜ。あんなもん、消化してるわ、もう」


 グラウンドでは、格好つけてシュートしようとして華麗にボールを空振った太田が「俺にバットを貸せ! こんなデカいボール余裕でホームランにしてやる!」と逆切れしていた。敵側から「ボール場外に吹っ飛ばして、勝つと思ってんのか、ルール良く読め脳筋野郎」とヤジを受けている。


「太田も運動神経は抜群なんだが、頭が野球特化型だからなあ……」


「卓球の授業に真顔でバット振ってたからね」


「それで試合が成立してたもんな」


「卓球部の司が、微妙な表情で見てたよね」


「野球のバットで、カットマンできるの太田だけだろうな」


「しかもうまい」


 それにしても、ちょっと今日は風が強いな。汗がひいてきて少し寒い。なんて、ジャージのジッパーを上げていると、体育館からグラウンドへのスペース辺りで「さむーい!」という女子の声が聞こえてきた。


「なんだろう? 女子は、体育館でバスケじゃなかった?」


「ちょっとアカネちゃんが怒ってる声が聞こえるな。ああ、みんな駄弁りに夢中でまじめにバスケしてなかったっぽいな。可哀そうに、マラソンするみたいだ」


 立ち上がって様子を確認していた菊池が、ご愁傷様と手を合わせる。僕も菊池に倣って立ち上がる。アカネちゃんとは新卒の女性体育教師で、女子と大変仲が良い。仲が良すぎて、時々「むっきー!」となるくらいからかわれているらしい。


「ホラー! あんたたち、手抜いて走ったら次の授業もマラソンするからねー!」


「えー」「アカネちゃんひどーい」「おーぼーだー」「風邪ひくー」「さむーい」「彼氏に振られたからって八つ当たりはひどい」「ねー」「ねー」


 あ、「むっきー!」って言いながらアカネちゃん先生が女子を追いかけ始めた。「きゃああ!」って笑いながらマラソンが始まっている。


「元気だなー」


「あ、江藤さんがいた。すごいな、弓塚見てみろよ。宮原と同じペースで走ってるぞ」


「え、マジで?」


 最後尾でアカネちゃん先生に捕まりそうになっていた女子を見ていた僕は、菊池の感心したような声に、視線を先頭に向けた。


「……ほんとだ」


 そこには、宮原さんと笑いながら楽しそうに走っている江藤さんの姿があった。宮原さんがペースを落としているわけではないみたいで、あきらかに他の女子とペースが違う。


「意外だな。なんか江藤さんって運動苦手なイメージだったんだが」


 菊池がそう呟く。


「そうかな、エルフって森の住民って感じじゃない? だから、身体能力は高いんじゃないかな」


「おお、そういえば。エルフだったよな」


 揺れるポニーテールの少し後を追って、金髪ストレートが風になびいてこちらに近づいてくる。


「やっほー!」


「こんにちはー!」


 元気なポニーテールの声の後に、爽やかな金髪の声が続いてくる。


 僕は目の前を駆け抜ける二人ににこやかに手を振った。大変ほほえましい。


「目の保養ですな」


「ですな」


 菊池とうむ、と頷きあう。目の保養と言えば、と菊池が女子の集団に目をやった。


「真木はどの辺だ?」


「真木さんは……あ、ちょうどこっちに来た」


「REC」


 菊池が呟く。何だよ、それ。起動コマンドか。


 真木さんが少し息を切らして走ってくる。真木さんは、クールビューティ系容姿端麗女子力限界突破なクラス全員のお母さんだ。基本朗らか、時々男子に厳しいところがすごくママい。そんな真木さんはプロポーションも完璧で男子の理想を体現していて、まあ一言で言うと母性に溢れている。察せ。


「体が揺れるこのマラソンという運動は実に素晴らしい。そうは思わんかね? 弓塚クン」


「ハイ! その通りであります!」


「即答で大変宜しい」


 真木さんが近づいてくる。菊池と一緒に手を振ると、通りすがりざま真木さんは朗らかに呟いた。


「コロス」


 そのまま僕たちは、そろそろと腰を降ろした。怖かった。


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 その後二回目の試合がはじまりマラソンを終えた女子が応援する中、菊池が21人抜きをやろうとして敵味方全員からスライディングの集中砲火を浴びていた。








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