魔法ですエルフさん
彼女の名前は江藤エル。
そして彼の名前は弓塚タイチ。
ごく普通のふたりは、ごく普通の出会いをし、ごく普通の学生生活を過ごしていました。
でも、ただひとつ違っていたのは、彼女は……エルフだったのです。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
むくりと起き上がる。
「……何故だろう。海外ドラマみたいなナレーション付きの夢を見ていた気がする……」
僕は、いまだボンヤリしている頭で、周囲を見渡した。カーテンの隙間から、朝独特の光がさしている。
しばらく何となくぼーっとしていると、机の上のスマホがブルブルと震えだした。あれ、いつの間にかマナーモードにしてたのか。
ベッドから立ち上がって、ええい面倒くさいなあ、のろのろとスマホを手に取る。ロック画面には、SNSのメッセージがいくつか表示されていた。
――いつまで寝てるの?
最新のメッセージは、真木さんだった。
なんで真木さんからメッセージが、と疑問に思いながら、机に置いている目覚まし時計を見る。
「げ」
慌ててスマホのロックを解除して、目覚まし時計が壊れていることを期待しながら、時間を見る。
「げ」
そこには、無情にも大幅に遅刻しまくった時間がデジタルに時を刻んでいた。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
急いでも意味がなかったので、僕は普通に歩いて学校にたどり着いた。というか、何か走るのが面倒だった。
「おそよう弓塚。めんどくさいから、ちゃっちゃと座れ」
「いや、ほんとにすみません……」
二限目が担任の授業で、ある意味助かった。いつものごとく適当な感じの担任から適当に注意を受けた後、僕は自分の席に座り込んだ。必要な場合は誰よりも真面目な担任なんだけど、基本ゆるゆるなのでこういう時は有り難い。
「……どうしたんですか弓塚君?」
隣の江藤さんが、小さく声をかけてくる。
「いやあ、目覚ましに気付いてなかったみたいで……今朝は両親とも早く家を出てたからタイミング悪かったよ」
「ダメですよ、寝坊しちゃ」
「ごめんなさい。次から気を付けます」
心配してくれた江藤さんに、とりあえず謝罪する。
「……?」
江藤さんが、何か不思議そうに僕を見つめる。
「どうしたの江藤さん」
「何か、いつもの弓塚君じゃないような気がして……」
「そうかな」
教科書を取り出しながら、首を傾げる。二限目の途中から入ったせいか、授業の内容が頭に入ってこない。
着いた早々ではあるが、仕方ない。シャーペンを置いて、僕は机に覆いかぶさるようにして眠りにつくことにした。一度リフレッシュしよう。
「弓塚君、授業中に寝たらダメですよ……弓塚君?」
そのまま僕は眠りについた。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
目が覚めて、見えたのは天井だった。
「おお、これがあの有名な『知らない天井』……」
「確かに弓塚は利用した事なかったでしょうから知らないかもね」
思ったよりも近くから声がして、僕はちょっとびっくりしてそちらに顔を向けた。
「真木さん……?」
そこには、ベッド脇の小さな椅子に腰かけてスマホを触っていた真木さんがいた。というか、そこで僕は自分がいつの間にかベッドに寝転がっている事に気付いた。
「という事は、ここは保健室?」
「そういう事。太田と菊池に感謝しなさいね。風邪で熱だしてダウンしてた弓塚を教室から、ここまで運んでくれたのはあの二人だから」
「真木さんは何でここに?」
「アタシは保健委員だから」
「そういえばそうだった」
似合い過ぎる。何となく頷いていると、後頭部にズキンと痛みが走った。
「いてて……じゃあこの頭痛は風邪のせいか」
「いえ、それは弓塚の頭の方を持っていた菊池が何回か落としていたからそのせいよ」
「もう少し労わって運ぼうよ!?」
アイツは何考えてんだ!? 感謝の気持ちがいっぺんに吹っ飛んだ。
「ちなみに、太田は階段を降りる時に面倒くさがって、菊池と一緒に両肩つかんでズルズル足引きずったまま降ろしてたわ」
「病人に優しくない」
「病人?」
そこで真木さんは、不思議そうに僕を見た。
「弓塚、体の調子悪いの?」
「へ、何言って」
僕は、風邪で倒れてここにいるんだよね? 思わず真木さんを見返して……そこで自分自身の変化に気付いた。
「あれ?」
何か、今朝からどうもやる気の出なかったあのダルさが消えている。あれは、風邪ひいてたからだったのか。久しぶりに風邪ひいたから自覚してなかった。
「そっか。眠って治ったのなら、わりと軽い風邪だったんだね」
「いえ、アタシが額に手あてて熱はかった時は多分40度近くはあったわよ?」
「えええええ!?」
マジで? え、それで何で僕治ってるの?
「……エルちゃんのおかげよ」
「江藤さんの?」
「弓塚が机に臥せってそのままズルズル椅子から倒れそうになった時、隣のエルちゃんが真っ先に弓塚を抱きとめたの」
抱きとめた。
「え、写真は撮ったの? 別角度で何枚か欲しいんだけど」
「脳細胞は治ってないみたいね」
失礼な。
「気が動転したエルちゃんがアタシを呼んで。熱が凄かったから、急いで保険室に運ぼうとした時だったわ」
そこで真木さんが僕の左手を指さした。
「弓塚の左手が薄い緑色の光に包まれてた。エルちゃんが握っていたの。そのまま、じんわりと全身に広がって……気づいたら、呼吸が普通になってた」
「それって、もしかして」
「回復魔法っていうのかしら、ゲームとかだと」
「おおお……」
まさか、自分が回復魔法で救われるとは……江藤さんパナい。あ。でも、だとすると。
「……それって、もしかしてメッチャ目立たなかった?」
「メッチャ目立ったわ」
真木さんが神妙に頷く。
「江藤さんは」
「無意識に弓塚に魔法をかけたんでしょうね。気づいた瞬間、アタシ達を見渡して、すっごくアタフタしてた。物凄くアタフタしてた」
超可愛かった。と、真木さんは満足そうにむふんとした。
ずるい。ずるい。超ずるい。僕も見たかった。
「安心しなさい。何人かスマホで撮ってたからグループ会議に送信されてると思うわ」
「よし!」
何気にひどいな僕達は。でも、江藤さんが可愛いから仕方ない。
「ああああああああああああああああの、あの、あの」と一種諦めの表情が浮かぶ江藤さんを「何してるのエルちゃん! はやく弓塚を保健室に運ぶわよ!」「え、え、え」「ほら早く! 太田、菊池! 急いでそれ持って行って!」「え、え、さっきの」「さっきの何!?」「その私が」「いいから訳わかんない事言ってないで、エルちゃんも走って走って!」「えええええええええ!?」という風に強引に誤魔化したらしい。さすが真木さん。
「私達が何も言及するどころか、素振りも見せないもんだから、次第にエルちゃんも『もしかしてバレてないのかなぁ……?』って顔してたわ。だから大丈夫よ。ついでだったから、起きない弓塚はそのまま寝かせて。一度教室に戻って。アタシはさっき来たところ」
いつもながら、うん……。まあ、これで僕達はいいのだろう。いいのだ。
「江藤さんは、今どこに?」
「教室にいるわよ。弓塚を待ってる」
「僕を?」
「時計をみなさい。今は放課後。もう授業終わっちゃったわ」
今日は眠りに来ただけだったわね、と真木さんは笑った。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「あ、弓塚君」
教室に入ると、江藤さんが駆け寄ってきた。パタパタ可愛い。
「凄くありがとう、江藤さん。抱いてくれて」
「抱い……っ! その表現はちょっと違うんじゃないかなって思います!」
「……?」
「そこで困惑するのが弓塚君だよね……」
疲れたように溜息をついて、そして江藤さんは安心したように微笑んだ。
「良かった、体調良くなったんだね」
「うん、そんなにひどい症状じゃなかったみたいで。お騒がせしました」
「うん、本当にびっくりしたんだから」
「誰かに治してもらったかと思うくらいにスッキリしてるよ」
「へ、へー。そーなんだー」
目が泳いでいるエルフ可愛い。
「んんっ! 今日はね、弓塚君の勉強の時間は中止にしませんか?」
「え、なんで?」
「体調悪かった人の台詞じゃないと思います」
「えー」
仕方ない。江藤さんの様子だと、今日の至福の時間は諦めるか。僕は、机に置いていたバッグを肩にかける。弁当箱も今日は無かったので、随分と軽い。
ああ、そういや、今日は何も食べてないや。朝も昼も抜いちゃったなあ。
……あ、そうだ。
「江藤さん」
「はい、何ですか?」
「ハンバーガー食べに行かない?」
「ハンバーガー?」
「うん、実は今日何も食べてなくて。体調良くなってきたら、お腹空いちゃった」
タイミングよく「ぐー」とお腹が鳴る。江藤さんがその音を聞いて、クスクスと笑いだす。
「本当だ」
「で、心配かけた弓塚君は、江藤さんに是非ハンバーガーを奢らせてもらいたいなと思うわけですよ」
「えー、どうしようかなー」
「今ならポテトもついてきます」
「迷うなー」
「ジュースLサイズも」
「もう一声」
「ぐ……アイスもつけます」
「うん!」
江藤さんがニッコリ笑う。ああ、この笑顔を網膜に焼き付けたい。スクリーンセーバーにしたい。
何だか図書室のあの日以降、江藤さんが少し変わった気がする。いや、むしろ、あの真木さんに屋上に連れていかれて洗脳されてしまった日かな?
僕への好意とかそういう意味ではなく。
クラスメイト全員との距離が変わってきた気がする。
「早く行きましょう、弓塚君。さっきから、ずっとお腹の音が聞こえてるよ」
「はいはい」
そうして、僕たちはハンバーガーを食べに放課後の学校を出て行った。後日、実は後をつけていた池上達に密告されて、僕は再び会議でつるし上げられてしまうのだった。
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