会議ですよエルフさん
放課後いつもの公園まで無事に江藤さんを送った後そのまま帰宅した僕は、自室に戻ると肩にかけていたバッグをベッドに放り込んだ。
「ふう」
意味もなく息をつく。
やはり、学生生活というものはストレス無しには語れない。もちろん、江藤さんによるエルフイオンにより、彼女の傍にいる時はパーフェクトノンストレス状態だ。しかし反面、彼女から離れたとたんに、その反動が一気に押し寄せ、僕はストレスに押しつぶされてしまうのである。ストレスの原因は、江藤さんが傍にいない事。江藤さんレス。つらたん。
そういえば、江藤さんを送るとき、いつも公園までで終わるんだよな。「近くだからもう大丈夫」って言っていつも笑顔でお礼を言ってくれるんだけど、どうして家まで送らせてくれないのか。……警戒されてる? ま、ま、ま、まさか。そうだよ。例え、クラスメイトといえども男子高校生をむやみに家まで連れてくるなんで不用心だよね! う、うん、だから問題なし! 江藤さんセキュリティ意識高くて偉い! この件は深く考えていくと、涙で枕が濡れそうなので、ここまでにしとこう……。
と、ベッドに横たわってぼんやり考えていると、頭の横に放り投げていたスマホが軽快な音を響かせた。
「うえーい」
ごろんと回りながらスマホを掴む。画面をみた瞬間、僕は無意識にベッドに座り直し、姿勢を正した。
画面には、次のようなメッセージが届いていた。
――さあ、会議をはじめよう
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
匿名くん9号
「もうみんな揃ったか?」
匿名くん14号
「既読数は、全員分だな」
匿名くん9号
「よし、ではこれより『エルフちゃんを守り隊』会議をはじめる。いつものように、忌憚なき意見を求めるため全員の名前を匿名表記できるこのSNSのグループ機能を使うので、皆には積極的な発言を求めるものとする。宜しいか?」
匿名ちゃん7号
「はーい」
匿名ちゃん13号
「問題ない」
匿名くん1号
「僕もいいよ」
匿名くん9号
「もちろん現在の状況で、発言が難しい者もいるだろう。そういった者は、アンケートがあった場合に参加してくれるだけで構わない」
匿名くん5号
「今、女の子から電話がかかってきたんだけど、出てもいい?」
匿名くん1号
「切れ」
匿名ちゃん34号
「切れ」
匿名くん8号
「切れ」
匿名くん26号
「切れ」
匿名ちゃん7号
「面白そうだから切っちゃえ」
匿名くん31号
「切れ」
匿名くん5号
「ひどい」
匿名くん9号
「池上、よもやこの会議よりも、女性にうつつを抜かすとは言わんよな?」
匿名くん5号
「……おおおおおい、何で俺が池上って決めつけるんだよ!?」
匿名くん1号
「黙れイケメン」
匿名ちゃん7号
「これだからイケメンは」
匿名くん5号
「匿名制で、人物特定はひどくない……? 電話は出なかった。会議に参加する」
匿名くん8号
「つーかよ、俺は会議の名前に不満があんだけどよ。なんだよ、『エルフちゃんを守り隊』って。いつの時代のネーミングだ?」
匿名くん9号
「素晴らしいネーミングセンスだと思うが」
匿名くん1号
「誰が考えたんだっけ」
匿名ちゃん10号
「倉田委員長が考えた。二時間ほど熟考した後、書道部に行って、短冊に書いてた。満足そうにしてた」
匿名くん31号
「あー」
匿名くん8号
「あー」
匿名くん23号
「あー」
匿名くん9号
「俺には全く関係ないが、彼の決めた名前には何か深淵なる理由があるのだろう。ここは、このまま名前を維持するのはどうだろうか」
匿名くん5号
「特定不可避」
匿名くん8号
「ち、まあいいけどよ。次があったら、もうちょっとキレのある名前にしようぜ?」
匿名ちゃん7号
「ちなみに、匿名くん8号だったらどういうのにするの?」
匿名くん8号
「あ? 決まってんだろ。『獲瑠怖愚連隊』だ」
匿名くん23号
「特定」
匿名くん5号
「特定」
匿名ちゃん7号
「特定」
匿名くん1号
「特定」
匿名くん8号
「な、なんだよ」
匿名くん14号
「次回名前決める時は、9号と8号の投票は無しな」
匿名ちゃん13号
「今日の会議は、何も連絡なし?」
匿名くん9号
「弓塚が今日も江藤さんを送っていったので、何か問題が無かったか知りたいのだが」
匿名くん1号
「無かったよ」
匿名くん9号
「この匿名機能のSNSでは、報告も難しいか」
匿名くん1号
「って、弓塚君が言ってた」
匿名くん9号
「……」
匿名ちゃん36号
「……」
匿名くん8号
「……」
匿名くん14号
「弓塚だろ、お前」
匿名くん1号
「何を言ってるんでヤンス? 吾輩はそのような名前のものなど知らぬ」
匿名くん26号
「キャラぶれまくってんぞ、1号」
匿名くん1号
「何の事やら」
匿名くん5号
「このSNS、匿名の意味ある……?」
匿名くん9号
「もちろん、意味はある。会議の決定事項に、誰が賛成したか誰が反対したかが分かってしまっては躊躇する者もいるだろうからだ」
匿名くん1号
「なるほど。人間関係に支障がでるかも知れない……そういう事に気をつけてるんだね?」
匿名ちゃん10号
「故に匿名である事は必須。エルちゃんの秘密を守る私達は、固い絆で結ばれていなければならない。内部からの瓦解は、悲劇を招く」
匿名くん5号
「確かに……」
匿名くん9号
「もちろん、他に確固たる理由があれば会議の手法は順次変更していくつもりだ。そのあたりは都度都度詰めていこう」
匿名くん23号
「了解」
匿名くん1号
「了解」
匿名くん8号
「了解」
匿名ちゃん7号
「了解」
匿名くん14号
「了解」
匿名ちゃん13号
「了解」
匿名くん9号
「では、他に連絡はないか? 少し待つ」
匿名くん9号
「よし、他に連絡が無ければ、次に移りたい。女性陣からの情報提供なのだが。先週、江藤さんが弓塚に対して恋慕の感情を持ちかけてしまうという江藤さんにとっても実に不名誉な事件が発生したらしい」
匿名くん1号
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいい!」
匿名くん9号
「何だ、1号。メッセージの邪魔をするな」
匿名ちゃん13号
「邪魔」
匿名くん23号
「何? そんな事あったの? 弓塚は死にたいの?」
匿名ちゃん32号
「大丈夫、ちゃんとエルちゃんは更生してくれたよ。大事に至らなくて本当に良かった……」
匿名ちゃん7号
「私達、女子全員頑張ったんだからね!」
匿名くん23号
「よくやった!」
匿名くん31号
「お疲れ様!」
匿名くん9号
「女性陣には本当に感謝の念しかない。罪なきエルフを救ってくれた君達は、まさに俺達男子全員の英雄だ。誇りに思う」
匿名くん1号
「誇り。僕に、あ、いや、弓塚君に惚れるのをとめさせた所業が、誇りだと……!?」
匿名くん14号
「よお、
匿名くん23号
「泣くなよ、ダスト」
匿名ちゃん13号
「気にしないで、ゴミ塚」
匿名くん1号
「あったまきた! 最後のが一番むかついた! 上手い事言ったつもりか! 誰だよ、13号!? たとえ誰だろうと容赦しないぞ!」
匿名くん9号
「まあ皆落ち着け。経緯がどうであれ、弓塚に江藤さんが惚れかけたというのは、皆納得しがたい出来事であろう。だが、本当にそれは悪い事だったのか?」
匿名くん1号
「え?」
匿名くん9号
「少し語らせてもらう。俺達は、エルフである江藤さんの秘密を守るために結束した。彼女が穏やかに暮らせるように。弓塚が、俺達に提案したあの日から、必死になって守ってきた」
匿名くん9号
「だが、それでいいのか? それだけでいいのか?」
匿名くん9号
「江藤さんは何だ? エルフ。それは、もちろんそうだ。当たり前だ。しかし、もっと当たり前の事を俺達は忘れていないか?」
匿名くん9号
「彼女は、クラスメイトだ。俺たちの仲間だ。一人の女の子なんだ。異世界から来たなんて関係ない。そんな彼女が、当たり前に普通に過ごすこと。それを俺達は守らなくてはいけないんだ」
匿名くん9号
「そう例え、もし彼女が恋をしたとするのならば……俺達は笑って応援するべきなんだ」
匿名くん9号
「俺は……そう思う」
匿名くん14号
「倉t……9号……」
匿名くん23号
「さっき誇りとか書いてた気がするけど、9号……」
匿名ちゃん10号
「私も少し反省すべき点があるかも知れない……」
匿名ちゃん7号
「私も……」
匿名くん39号
「俺も……」
匿名くん1号
「みんな……」
匿名くん9号
「では、最後にアンケートといこう。皆の気持ちを今一度確かめたい。全部で三十九名の匿名だ。誰にも分からない。自分自身の気持ちに正直になってくれ」
匿名くん1号
「うん、わかったよ! 9号!」
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
【アンケート】
弓塚死すべし
賛成:三十八票
反対:一票
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「どこが匿名だ! 丸わかりじゃないか!!」
僕は、思わずスマホを投げつけた。
「しかも、凄くいい感じな事言ってた本人が賛成にいれてるじゃん! ちくしょう!」
もういい。今日は寝る。寝てしまおう。
「9号め……そういや、13号もいたよね。ぐぬぬ、いつか懲らしめてやる……」
ふてくされながら、毛布にくるまる。その時、スマホがまたも軽快な音を立てた。まだ、グループ会議は続いていたらしい。
「ふーん、何を話してるだろうねー」
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
匿名くん39号
「今日の会議も楽しかったな」
匿名ちゃん10号
「充実してた」
匿名ちゃん7号
「いつかエルちゃんもこの会議に呼びたいね!」
匿名くん5号
「そうだね」
匿名ちゃん13号
「そろそろアタシは抜けるわね。妹たちがお腹すいたみたいだから。じゃあね」
匿名ちゃん26号
「いつか呼びたいなー」
匿名くん23号
「うんうん」
匿名くん23号
「……」
匿名くん23号
「おい、1号。13号特定したぞ」
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「え?」
僕は、スマホの画面を見つめた。ゴシゴシと目をこする。もう一度見つめた。
「え?」
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