エルフなんですエルフさん

 図書室の退室時間ぎりぎりまでいたせいか、校門を出た頃には、世界は少しオレンジ色に染まりかけていた。

 江藤さんの金色の髪が、少し肌寒くなってきた風に煽られ、サラサラと流れていく。


「弓塚君も何か本借りてたよね? どんな本借りたんですか?」


 そう言って、僕が片手に持った本をのぞき込む。僕が借りたのは、先ほどまで読んでいた異世界勇者モノのラノベだった。途中までしか図書室で読まなかったので、せっかくだし借りることにしたのだ。断じて、エルフヒロインがエルフ嫁にジョブチェンジして嬉しワクワクないいところだったので、続きが気になったわけでは決してない。ないったら、ない。


 ちらりと本を見る。この本は、別にお色気全開な本でもないので、別に江藤さんに見せても構わないだろう。というか、そんな本が図書室にあるわけがない。


「良かったら見る?」


 江藤さんに本を渡す。持っていたバッグを小脇に抱えて、江藤さんが本をパラパラと確認していく。


「へー、絵もついているんですね。漫画みたいで可愛いです」


 ふむふむと頷きながら読んでいた江藤さんの足がピタリと止まった。気づかずに数歩進んでいた僕は、何事かと思いながら振り返る。


「ゆ、弓塚君……これ、この本……エルフって……」


 ゆっくりと顔を上げながら、江藤さんが驚いた表情で僕を見つめている。


 あー、そうだった。江藤さんにとっては、エルフという存在はこの世界にいるはずもなく。だから、こういう本にエルフが出ているのが驚きだったのだろう。


「エルフ……エルフ……弓塚君もエルフを……知っている、のです……か?」


 それは、ひどく焦っている様子で。普段の江藤さんよりも、落ち着きのない――余裕のない表情だった。


 なんか、嫌だな。


 僕は、ちらりとそう思った。


 今までの江藤さんの顔を思い出す。浮かぶのは、とても素敵で可愛くて、守ってやりたくなるような、そんな幸せが溢れた笑顔だった。今、見せているこんな可哀そうな表情ではない。


 だから、僕は。


「――うん、知ってる。ゲームとか漫画によく出てくるよ」


 あえて何でもなさそうに答えた。


「空想の産物でさ、昔から色んな話に出てくるんだよね」


 それは、何てない事だと。


「むしろ、エルフが出てこないファンタジーなんて、ファンタジーなのかと言いたい。あの長耳がいいのに、人間みたいな丸耳ばっかのキャラだけ出してくるなんて、もったいないと思う」


 江藤さんが何を考えているのか、何を怖がっているのかは分からない。


 だけど、僕は。


「僕はいいと思うな……エルフって」


 守りたいと思ってしまったのだから。守ってやろうと、自分に約束したのだから。江藤さんを安心させなくちゃいけない。


「……そうですか」


 無意識だろう、本を持った手で自分の耳を触っていた江藤さんが、そろそろとその手をおろしていく。

 いつの間にか、江藤さんはうつむいていて。だから、今彼女がどんな表情をしているのかは分からない。


「この本もエルフが出てくるからね、ちょっと気になって借りてみたんだ」


「……弓塚君は、エルフが嫌いではないんですね」


「うん、嫌いじゃないよ」


「……弓塚君は、エルフが怖くはないんですね」


「うん、怖くはないよ」


「……弓塚君は」


 江藤さんが、顔を上げる。その瞳は、僕を映していた。少し不安そうに揺れていて、だから次の言葉を紡ぐ声も震えていた。


「弓塚君は……エルフが……好き、です……か?」


 僕は、笑いのにじんだ声で答えた。そんな質問、答えは解り切ったことだろう。


「大好きだよ、エルフ。当然じゃん?」


「……!」


 息が止まったような表情で、江藤さんが僕を見つめた。

 何か、視線が下向いたり横向いたり僕を向いてアワアワしたり、いきなり挙動不審になってきたぞ。どうした、江藤さん。


 しばらく経って落ち着いてきた江藤さんは、ふぅと胸をなでおろして、バッグを抱え直した。


「なんか知らないけど落ち着いた?」


「は、はい、そのまだ少し……でも、大丈夫です」


「じゃあ、そろそろ行こうか。あ、そういや江藤さん」


「……?」


「江藤さんは、エルフは好きなの?」


 僕の質問に、江藤さんは笑って答えた。


「大好きです!」


 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 その後の帰り道。


「ねえ、弓塚君、このお話に出てくるエルフってちょっといかがわしくはありませんか」


「いえ、決してそういうお話ではなく……」


「よく見たら、ページの途中で出てくる絵もちょっと……だよね」


「その、なんと申しますか」


「弓塚君、こういうの好きなの?」


「あーあーあー」


「聞こえない振りは駄目です」


「あーあーあー」



 僕と江藤さんの距離が、ちょっと縮まったような気がした。

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