お勉強ですエルフさん
放課後の教室、僕は江藤さんの机に僕の机をくっつけて隣同士で日本語の読み書きを教えていた。
至福。なんか江藤さんの傍にいるだけで、現代社会で抱えるストレスが癒されていく感じがする。
江藤さんお気にいりの赤い軸のシャーペンで、今は漢字の書き取りをしているところだ。会話に問題は無くても、江藤さんは根本的に日本語の文字を知らなかった。
……それで、なんで日本語が話せるのか。幼い頃からの経験で得たのではなく、ここ最近まで日本語を知らなかった人物が耳からの情報だけで日本語を習得するなど無理のある話じゃないだろうか。
やっぱり、魔法、なんだろうな。すげえな、魔法。僕も使えるかな。え、三十歳まで清きを貫いたら使えるだろうって? 僕は、十代でドロップアウトするつもりだから遠慮しときます。うん。
「弓塚君、できました!」
江藤さんがそう言って、ノートを僕に見せてくる。ひらがなの文章を、漢字で直す問題だ。小学一年生レベルから始めていったこの勉強の時間は、スラスラと進んでいった。小学生が覚えるべき漢字は、単語としてはすでにマスターしていて、今は文章の前後の繋がりで使うべき漢字を覚えていっているところだ。
控えめに言って、江藤さんは凄かった。
初日のポンコツイメージが可愛すぎてあれだったが、どうやらかなり頭がいいらしい。
漫画やアニメだと一日で覚えるキャラとかいるんだろうけど、実際にそんな事はありえない。
江藤さんは、自分の努力だけで、着実に異世界の言葉を己の知識として身に着けていっている。これはもう、尊敬する以外ないだろう。
「――全問正解。おめでとう、江藤さん」
「えへへ、やりました!」
むふーと得意げな江藤さん。可愛い。エルプって呼びたい。エルフプリティの略。
そう、江藤さんはエルフである。なんと! 驚いたことに! 帰国子女である江藤エルは、実は異世界からやってきた金髪長耳美少女エルフだったのだ!(ばばーん)
まあ、クラスメイト全員が知ってるんだけどね? 本人だけはバレてないと思ってるけどね?
今も、近くの席で放課後の時間を無駄話に費やしている女子数名に、「正解したよ!」ってノートを見せてる江藤さんを眺めながら「得意げにノート見せてるエルフかわいい」「何か長耳がピクピク動いている幻想が見える」「あの慣れ切ってない感じのヘニャってした文字が良い」「それな」「それな」「エルちゃんに私の名前を書いてもらいたいかも……」「わかるー」「わかるー」などと他のクラスメイトが見守っているのは、江藤さんが万が一にもエルフだという正体がバレないようにカバーするためだ。
超わかるー。それと、お前らいい加減家に帰れよ。
「よくできたわねー偉い偉い。はぁい、ご褒美よー」
と、江藤さんの頭を撫でながら、その可憐なお口にクッキーを詰め込んでいるのは、クラスみんなの『おかん』である、
「真理愛ちゃん、ありがとう。今日のも美味しいですー」
サクサクとした歯ごたえのクッキーを口いっぱいに頬張って、真木さんに笑顔を向ける江藤さん。
君の笑顔に殺されているクラスメイトが何人いるのか知ってるのかな? 後ろの女子が、苦しそうに胸押さえてるからね? 真木さんなんか、笑顔で僕の手の甲つねりながら我慢してるからね? ていうか、痛い痛い! 他人の身体で気力を保たないでくれるかな!
「それにしても随分と進み具合が速いわね……弓塚、無理させてないの?」
江藤さんのノートを借りて眺めながら真木さんが僕に聞いてくる。
「そこは大丈夫。というか、むしろ遅すぎるかなって思うぐらい」
「そう」
真木さんは、黒板のところでクラスメイトの男女数人から漢字の書き取り問題の挑戦を受けている江藤さんを見つめながら、片手を頬に当てて呟いた。
「うちの子、超頭いい……」
うちの子て。いや、分からなくもないけども。
「弓塚どうしよう、大学はどこを受けさせるべきかしら。家庭教師をつけるべき?」
「落ち着け真木さん、発想がお受験になってる」
「これはクラス委員長の倉田とか成績優秀な遠藤さんとかと一度会議が必要ね……」
「会議」
いかん、真木さんが暴走している。面白いから見守っていよう。
「すごーい、エルちゃん全問正解!」「えへへー!」
教壇から江藤さんの喜ぶ声が聞こえてきた。
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