寝ぼけてますよエルフさん

 江藤エル。十七歳。女子高生。転校してきたばかりの帰国子女で、金髪が目立つだけの、これといった特徴のない普通の少女。


 登校する生徒であふれた校門近く。そんな大勢の中に埋没する彼女は、すごく平凡に満ちあふれた存在で、誰も彼女を意識しない――




 ごめん、無理があるよね。悪かった。



 〇●〇●〇●〇●〇●〇●


 転校直後は凄まじかった。


 何しろ、あの美貌である。低血圧らしく朝が弱い江藤さんは、学校に来る途中は眠気を我慢しながら歩いているらしく、その様子をはたから見ると、儚げで可憐な美少女が今にも消えてしまいそうな存在感で、誰であろうと声をかける事すら躊躇ってしまう程だった。


 まあ、欠伸を我慢してるみたいなんだけどね。「ふわぁ」とか言いそうだよね。超撮りたい。


 そういうわけで、江藤さんの噂は光の速さでもって校内を駆け巡り、転校翌日から注目の的だった。


 当然休み時間には、話しかけたい、あわよくばお近づきになりたいなどと愚考しやがった男子畜生どもが群がってきたけれども、野球部太田並びにサッカー部菊池を前衛としたクラス男子全員で蹴散らしてやった。


 イケメン気取りで近づこうとした三年男子には、『マジもんのイケメン』の二つ名を持つ池上を対抗させた。「ちょっと無理だって! 効くわけないだろ! 何考えてんだ!」と嫌がる池上を男子全員で無理やり突っ込ませ、「俺という存在がいるのに他のに目移りした子猫ちゃんはお前か?」と壁ドンさせた。楽しかった。


 後で池上はしくしく泣いていたらしい。コラテラルダメージである。三年男子のイケメンは顔真っ赤にして新しい扉を開いたらしい。コラテラルダメージである。


 ちなみに、一部界隈の女子と男子に、池上の人気が爆上がりしたそうな。さすが、イケメン。凄いよね。


 しばらくすると、「江藤エルにはボディーガードが存在する」という認知がなされていき、徐々に色恋沙汰に発展しそうな出来事は少なくなってきた。


「江藤さんには恋愛はまだ早い」「うむ、告白するには筋を通せって話だよな」「少なくとも俺の屍を超えていけ」「俺のも」「俺のも」「僕のも」「俺のも」「俺のも」「俺のも」「俺のも」「以下略」


「貴方たち……お父さん属性が出てるわよ」


 真木さんの呆れた声には、「ママには言われたくない」と男子全員の声がハモッた。


 運よく江藤さんに近づけた野郎は、欲望丸出しで声をかけようとして、立ち塞がった真木さんの朗らかな表情付きの「……で?」という一声に退散したそうである。


 言葉すら超越して、一音のみで退治するとか、さすが真木さんである。


 というわけで、江藤さんの周囲が落ち着いてきた今日この頃。


 朝のうちにダウンロードした好きなアーティストの新曲をイヤホンで聴きながら登校していた僕は、高校近くの路上でてくてく歩いている江藤さんを見かけた。


 うん、今日の江藤さんも超かわいい。


 と思ったところで、今朝の確認。


 ……よし、今日の『耳』は問題なし、と。


 たまに、魔法のかけ忘れか長耳の時があるんだよなあ。教室の中ならいくらでも誤魔化しようがあるけど、訂正、いくらでも誤魔化されてあげるんだけど、外だとちょっと厳しい。


「なんか耳がかゆいなあ。江藤さんもそうじゃない?」とかなかなかに苦しいアピールでさり気なく気づかせたりするんだけど、そんな時の「……はっ!」とした表情の江藤さんの可愛さったら小一時間は話せるぐらいで、ご飯炊飯器三台はいける。


 ご近所では、時々起こる謎の発光現象が、巷を騒がしているとかいないとか。いやいや、世界は不思議に満ちている。


 僕はスマホの音楽を止めてイヤホンを外すと、ちょっと小走りに近づいて、江藤さんの背中に声をかけた。


「江藤さん、おはよう。今日はちょっと寒いよね。……江藤さん。江藤さん? おおーい、エルフさーん」


「……! わ、私エルフじゃないです!! って、弓塚君!?」


「うん、おはよう江藤さん」


 今日も可愛いですね。


 僕の挨拶に、すこし首を傾げる江藤さん。んんん?


「……あー。えとう。江藤。そうそう、私、江藤です。江藤でした」


 ……うわあ、今日の墓穴もでかいなあ。埋めがいがありそうだ。


「と、とにかく良かったら一緒に学校に行こうか? ほら、足元気を付けてね。ちゃんと横断歩道渡れる? 手つないで渡ろうか?」


「弓塚君は、時々過保護になるよね……」


 四六時中、過保護ですが、何か。


 そんなこんなで今日も一日が始まる。さて、無事に一日過ごせますように。ナムナム。

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