秘密なんですエルフさん
昇降口で、真木さんと別れた。
「じゃあ、エルちゃん、また明日」
「ま、真木さんも、また明日」
「……」
「え、あ、あの」
「……」
「ま、真理愛さん」
「……」
「うううぅぅぅ、真理愛……ちゃん」
「うん! じゃあね!」
恥ずかしがる江藤さんに満足そうに頬を緩めながら、手を振って去っていく。
ついでに僕も声をかける。
「また明日、真理愛ちゃん」
ええと、真木さん、それは決して女の子がしちゃいけない表情だと思うよ? トイレ行きたい。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
江藤さんにつきあう必然性はなかったが、何となく流れにのっていたら、放課後二人で帰ることになった。
まあ、今のところ慣れているクラスメイトの数も少なかったのはある。
真木さんも本当は付いてきたそうにしていたのだが、彼女の食事を待っている幼い妹たちの存在もあって泣く泣く断念したのだ。
「迷子にならないようにしっかり見張ってるのよ!」
去り際に耳元で囁いていった台詞がこれである。真木さんは、江藤さんを幼稚園児かなにかと勘違いしてやいないだろうか?
ヤレヤレ、まさか同じ事を考えていたなんて。
「みんな凄くいい人ばかりですね」
「そうだね」
江藤さんのゆったりとした歩調に合わせながら、のんびりと会話を続けつつ、隣を歩く彼女を横目で眺める。
金髪でありながら、江藤エル、という日本人じみた不自然な名前に始まり、例えインターネットを駆使したとしても打ち勝つ存在を見つけることは不可能なほどの奇跡的な美貌や、会話の端々から零れ落ちる彼女が話す『設定』の不備の数々。
不安しかない。もう目が離せない。
もう絶対、なんかトラブルに遭遇するよね? いや、江藤さんが悪いわけでは決してなく。トラブルが、手ぐすね引いて待ち構えている気がしてしょうがないのだ。
普通だったら簡単な回避容易な出来事でさえ、江藤さんの場合、何だかんだで予測不能な厄介ごとに変わりそうな気がする。
そんな彼女を一人で帰らせることができるだろうか? 夜中に後悔で胸が締め付けられて、うなされて悪夢見そう。
だから、これは僕の身勝手な気分の問題であるわけで、決して江藤さんと一緒に下校したいな明日クラスメイトにドヤ顔で自慢したいなというわけではない。
すみません嘘つきました。
「読み書きは明日の放課後からやろうか?」
「うん、ごめんなさい、つきあわせてしまって」
「いえ、むしろつきあいたいです」
「え?」
「え?」
おかしいな。脊髄反射で会話してしまった気がする。
「……弓塚君て面白いね」
ニコリと笑う江藤さん。
「そうかな」
「そうだよー」
何気ない会話なのに、永遠に記録しときたい。明日から、ボイスレコーダーを用意しとこう。スマホのアプリでも大丈夫かな?
僕が明日の準備を考えていると、江藤さんがぽつりと呟いた。
「……私、こんな風に人間と話せるなんて思わなかった」
「……」
「騎士のみんなは信用するなって言ってたけど……私、でも、ここへ来てよかった」
それは、何気なく呟いた彼女の心情で。僕に聞かせるつもりのなかった言葉だっただろう。
今日一日、まあだるんだるんだった気もしなくもないが張りつめていた彼女の緊張の糸は、やはり限界に近かったのかもしれない。
思い切り話しちゃいけない事話しちゃってますよ、江藤さん。
「爺やは怒るかもしれないけど……でも、この世界でだったら私も……私も……わ、私? 私、な、なに話して」
あ。気が付いた。
ダラダラ冷や汗を流しながら、こちらを見つめてくる視線を感じる。あ、これ半泣きだ。これ絶対、半泣きだ。
どうしよう。
江藤さんがテンパる五秒前になってる。まずい、命の危険は感じないが、魔法で記憶消去とかなんとかされそうな感じがする。
あ、ポケットごそごそしだしたぞ! 早くなんとかしないと、金色の小枝が出てきてしまう!
何故か脳裏を横切りそうになった走馬灯をぶん投げて、僕は精神を集中し脳内会議で百件の案を提出し、七十件を却下、三十件を議題に回し、厳正な審査の結果決定されたムーブを行うことにした。
「……ん? ごめん、何か言った?」
鈍感系主人公バンザイ。おい、僕、もう少しましな案は無かったのか。セルフ突っ込みもむなしく、すでに矢は放たれた。
「……ううん! な、なんでもない!! なんでもないの!」
はぁ~っと顔を赤らめて安心した表情の江藤さん。両手ぶんぶん可愛い。
「良かったぁ、聞かれなくて……」
いいのか、それで? 江藤さん。
「えっと、ちょっと考え事してたら、聞いてなかった。良かったら、もう一回話してみて?」
「え、えと、秘密! さっきのは秘密!」
必死に断る江藤さんの様子がとても可愛くて。
「気になるなあ、江藤さんの秘密かー。いつか教えてもらえるかなあ」
「今日会ったばかりの弓塚君にはダメです」
「じゃあ、明日からの僕だったら大丈夫?」
「いえ、その、あの」
慌てふためく彼女がほほえましくて。
あらためて江藤さんの秘密を守ろうと思ってしまった。クラスメイト全員で守ってやろう。
放課後の帰り道、僕の制服の袖を掴みながら金髪少女が僕に叫ぶ。
「絶対言いません! 秘密、秘密なんです!」
――バレバレですエルフさん。
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