餌付けされたエルフさん
「美味しい……美味しいです……!」
「良かったぁ。ほらまだあるから沢山食べて? 遠慮しないでね」
「はい……ありがとうございます!」
幸せそうに礼を言う江藤さんの笑顔に、隣の真木さんはにこやかに頷き返すと、僕に向かって小さく呟いた。
「だめ、幸福度でお腹がいっぱいで何か口から出そう」
「我慢して」
「無理」
「飲み込んで、幸せを飲み込んで」
「んぐ」
「よし」
江藤さんにお弁当をわけてあげた彼女――
ところが、そんなイメージとは裏腹に、いざ話しかけると物腰柔らかく、性格も穏やかで、人当たりも良いなんとも完璧超人なお人である。
料理も上手で、このクラスでお弁当派が多いのは、時々放課後調理室を貸し切って開催される料理教室の影響である。
一言で言うと、「女子力=真木真理愛」な感じ。公式が成り立つ。
「江藤さんは、食べ物で苦手なものとかある?」「辛いの平気?」「私のオカズもわけてあげるねー」
「あ、ありがとうございます」
「敬語は使わなくてもいいよー。もっと気楽にしよ?」
「は、はい……じゃない、うん」
窓際グループの他の女子や、近くの席の女子に話しかけられながら、フォークで恐る恐るオカズをつまみつつ返事をしている江藤さん。なまらめんこい。ちなみにここは北海道ではない。
「苦手なものは、ないかな。というか、まだこちらに来てそんなに時間も経ってないので、分からないというか」
「ふーん、そうなんだ」
所々の会話で、ちょっとつつけば綻びが生じるような内容を話している江藤さん。これは、むしろ、こちらがボロを出させないように気を付けて話さないといけない。
……『ボロを出させないように話す』って、何気に会話スキルの要求度高くない?
見れば、話してる女子も綱渡りな緊張感を持ちつつ、それでも楽しそうに江藤さんと話している。超羨ましい。
「江藤さん、お茶入れるから飲んでね。弓塚も飲む?」
「ん」
江藤さん含めた女子数名がワイワイと昼食を食べる中、僕もちゃっかりとその席に混じって弁当を食べていた。
だって、江藤さんが袖つまんで離してくんないんだもの。それは付いていくよね。仕方ない。僕は悪くない。だから、クラス男子ども、その怨念じみたプレッシャーは止めたまえよ。ハハハハ、放課後は逃走しようかな。
真木さんから、紙コップを受け取り(真木さん常備してるんだよ、すごいよね)、一口こくりと飲む。ふう……相変わらず、何の変哲もないお茶な筈なのに、ものすごく旨い。
「お茶も美味しー。真木さんって、お料理上手なんだね!」
「そう? ありがとう、嬉しいわ」
クールに微笑む真木さん。ちょっと、僕の背中バシバシ叩くのやめてくれませんか、すごい嬉しいのは解ったから。
「弓塚君も美味しそうに飲んでるよね?」
「うん、真木さんのお茶はものすごく美味しいからね。下手すると、真木さんが入れたお茶が入ってる水筒が、高値で取引されるくらい」
「それ初耳なんですけど」
真木さんが微妙な表情をする。
「ほら、夏の暑い時に、熱中症にならないようにって教室の後ろの棚の上に麦茶を常備してくれてたよね? あれ、放課後部活系の人たちが持って行って、コップ一杯で販売を」
「野球部の太田! それと、サッカー部の菊池! 貴方もでしょ!」
真木さんが、ジト目で教室の教壇あたりを振り返る。先ほどまで、そこで賑やかに食べていた二人の姿はいつのまにか消えていた。
「だから、麦茶の減りが速かったのね。もう、本当に」
「まあまあ、儲けた分は全部、真木神社の賽銭箱に入れてたから問題ないよ」
「その言い方やめてください」
真木神社の賽銭箱、とは教室の窓際の角に設置された募金箱の事である。面倒見が良くて、料理好きな彼女は、ちょくちょくみんなにお菓子を作ってきては分けてくれる。その頻度があまりにも高く、そしてそのクオリティも天井知らずな事から、彼女以外の全員で材料代やお礼としてある程度の金額を渡すことにしたのだ。
直接渡すと受け取ってくれないので、募金箱を設置。
僕らは勝手にお金を入れ、真木さんは材料を買うときにそこから持って行く、という風になっている。
「夏の募金箱が異常に充実してたのは、そのせいだったのね……」
「教室で宇治金時のかき氷が食べれるとは思わなかったよ。ありがとう」
まさに、Win-Winな関係である。それは、ともかく。
真木さんとの会話の間も、江藤さんは、すっかり緊張もほぐれて楽しくご飯を食べている。
良かった。僕だけでは、決してこの短時間でこうはうまくいかなかっただろう。
「どうやら、問題なさそうね」
「真木さんのおかげだよ」
「そうね、感謝してね。あ、江藤さん! こちらのデザートなんてどうかしら?」
「わーい! 食べます!」
餌付けされてるなあ、江藤さん。
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