お腹がすいたエルフさん

 四限目は何事もなく過ぎていった。


 まあ、隣で古文の教科書片手に軽くパニックに陥っていた江藤さんとか、途中で「自分の知ってる文字で、とにかくノートに書き留めておけばいいんじゃないかな」と先生の目を盗んでアドバイスしたら目を輝かせて僕が今まで見たこともないどこの異世界文字だよという謎文字を書いていたとか、途中で一生懸命に書いていたら疲れたのかコックリコックリ舟をこいでいたのがスーパー可愛くて「うへえ」と思わず変な声が出て後ろの席のクラスメイトにどつかれたとか、まあそんな事を「何事もなく」と表現するのならば、そうだった。エルフ可愛い。あと、後ろのヤツは後でどつきかえそう。覚えてろ。


 それは、ともかく。


 四限目が終わった。そう、お昼休みに突入である。


 いついかなる時にでも、すみやかに食事ができるように、登校するとまず僕は弁当箱を机の中に配置する。

 学生にとって身体は資本。金銭が己の武器となるにはまだ早い年ごろ。であれば、体の健康には気を使って然るべき。

 授業中にお腹がすく? ならば食べればいいじゃない。

 なぜ人は早弁をするのか? 手を伸ばせば、そこに弁当箱があるからだ。

 なお、じゃあ机の中に入れなきゃいいじゃん、という説は却下する。


 本日は、色々あってお腹がすいたという意識も思いつかなかったので(ある意味お腹いっぱいとも言えるのか)、取り出した弁当箱はずしりと心地よい重みを感じさせた。

 母さん、有難う。今日のお昼も期待しております。

 ただ、時々出現するアレンジレシピが地雷なんだよなあ……。


 恐々と弁当箱を開けようとした僕は、ふいに左隣の視線を感じて振り返った。


 江藤さんが僕を不思議そうに見つめている。


「どうしたの?」


「みなさん、ジュギョウはしないのですか?」


 軽くキョロキョロする江藤さん。フワリと軽く金髪が舞う。周りのみんなも、思い思いに机を寄せたりしながら、弁当箱を取り出したりしている。学食もあるけど、僕のクラスは弁当派が多い。

 僕もクラスで仲の良い友達と食べることもあるし、早弁の時は学食に食べに行ったりもする。早弁したのに、お昼も食べるのだって? ははは、お昼にご飯を食べるのは当たり前じゃん?


 江藤さんは、一日のタイムスケジュールが解ってないのだろう。三限目からきていたし、あの担任だし、おそらく説明を受けていない。まあ、普通ならどこの学校に行っても極端に変わることもないわけで。担任が説明していなかったとしても、それを咎めるのは酷というものだろう。そう、普通であれば、だ。


 江藤エルはエルフだ。多分。おそらく。絶対。いや、そうとしか言えないでしょ。もし、あれがコスプレだったら、僕は全裸でユーチューバーになって初日に消え去ってもいい。


 どんな異世界から来ているのかは分からないが、昼食という食文化が無いのだろうか。そんな感じがする。

 というか、エルフって何食べるんだろう? 野菜? 肉?  もしかして光合成とか?


 とりあえず浮かんだ疑問は後回しで、江藤さんに話しかける。


「今はお昼の休憩時間だよ。三限目と四限目の間の時間よりも、長めの休憩なんだ。この時間の間に、食事したりするんだよ」


「なるほどー」


「……江藤さんは、食事はどうするの? 用意はしてきた?」


 内心ドキドキしながら、平静を装って尋ねる。賭けてもいい。このエルフ、絶対用意してない!


 江藤さんは、僕の質問に「あ」と口を開き……そのまま、眉を困ったように下げた。はい、あたりー。


「用意してないです……ど、どうしよう」


 周りを見れば、クラスメイトがわいわいと食事を始めている風景がある。まるでモブの如き、背景のような存在感。


 だがしかし、僕は感じている。


 クラス全員が、江藤エルに集中していることを。今も、この瞬間、江藤さんが小さく「くー」と鳴ったお腹を恥ずかしそうに押さえた姿を、隣の女子がスマホでこっそり撮影したのを。僕は感じている。後で、その写真ください。


「僕のお弁当を分けるのも、ちょっと、だろうしね……」


 僕は言いながら、後ろを振り返る。ここは、彼女の出番だろう。

 教室の窓際で、数人の女子が固まってご飯を食べている。もちろん、こちらの様子を窺っていたのは間違いない。


「よくやった弓塚」「あとはまかせて!」「お腹すいたエルフちゃん可愛い」と言ったお褒めのオーラが漂っているのを確認する。


 まあ、あのまま「僕の弁当箱はんぶんこする?」というイベントに突入していたら、絶対「むしろお前がはんぶんこになる?」という制裁をうけていただろう。


「真木さん、江藤さんにそっち行ってもらってもいい?」


「もちろん!」


「え、え、え」


「ほら、江藤さん。彼女の所に行ってみて」


 僕の言葉に、しばらく慌てていた江藤さんは、すこし考えて頷いた。


「は、はい」


 そして、僕の制服の袖をつかんだ。


 うぉおおおおい。

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