挫折しかかるエルフさん
三限目が終わると同時に担任が教室を出て行った。
担当教科である歴史の授業は、マイペースな雑談に紛れていつの間にか板書される内容がテストに出てくる頻度が高いので、油断してノートに写してないとひどい目にあう。
誰が、歴史の偉人の奥さんの趣味なんかテストに出ると思うのか。
まだ写してない部分を目で追いながら、シャーペンを走らせていた僕は、左隣から漏れてくる「うううぅぅぅ……」という謎のうめき声に顔を向けた。
窓から漏れる木漏れ日に、サラサラと流れる金髪が、薄く輝いていた。
透き通るようなほどの真っ白な肌。ほっそりとした印象の横顔は、ドキリとするほどに綺麗で。
色恋沙汰に興味がない、とは言わないまでもガツガツしてない自覚がある僕でさえ、その人物を視界に収めるだけで心臓がドキドキと止まらなくなってくる。
ヤバイ、マジヤバイ。
彼女が座る席、というだけでその空間が清涼感に満ちあふれている気がしてくるではないか。
「あ……あの……ゆ、弓塚君……」
彼女の小さな唇が動き、僕の名前を淑やかに紡ぐ。
「な、なにかなっ」
思わず、ちょっと声が跳ねてしまったのは仕方ないね! 彼女の神秘的な瞳が僕を見つめてくる。落ち着け心臓。まだ死ぬのは早い。血流が速すぎて、どっきゅんどっきゅんいってるぞ!
いっそ、ハートブレイクショットを自分の拳で叩き込んで、鼓動を鎮めた方がましだろうか。よし、いくぞ心臓。覚悟しろ。
なんて軽く混乱していると、彼女が手に持っていた物を僕に向かって見せてきた。
「……んんんん?」
彼女が見せてきたのは、さっきまで使っていた歴史の教科書だ。僕のとは違って、真新しいそれ。パラパラとめくって、適当なページで指を止める。
そして、そのまま書かれた内容を人差し指で撫でていく。
「あの、ですね」
「は、はい」
「……この世界の文字が読めません……」
「あー」
世界、とか言っちゃったよ、この娘。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
教科書をモニュモニュと丸めながら話す彼女曰く。
江藤エルフ、じゃない、エル、さんは、帰国子女であり。つい先日まで、日本語に触れた事がなかったそうだ。とりあえず、何とか話すことは出来るものの、文字の読み書きはサッパリらしい。
なるほど。
話し言葉は恐ろしく堪能なのに、読み書きが絶望レベルとか、すさまじくバランスが悪いのは、おそらく取得しているスキルが『異世界言語【会話】』とか限定されているのではないだろうか?
なんて頭の悪い思い付きはどうでもいい。なんだ、スキルて。
というか、魔法でどうにかできるんじゃね?
なんて思ってしまうが、そのまま口に出したら、江藤さんがテンパってしまうのは容易く想像できるので、保留にしておく。
「このままだと、ジュギョウ、という皆さんの儀式に参加できません……」
「ギシキ」
色々と不備がありまくる江藤さんである。何でかなあ、こう凄く突っ込みたくはあるんだけど、何ていうかこのまま何事もなく過ごしていけるように見守りたい気がフツフツと湧いてくるんだよなあ。
『はじめてのおつかい』を観る時に、魂を揺さぶられるあの感覚とでも言おうか。
少し泣きそうな雰囲気の江藤さん。可愛い。
周囲の雰囲気が、「オイ弓塚何とかしろ」「泣かすんじゃねーぞ」「読み書きできないエルフかわいい」「あたしの部屋にお持ち帰りしたい」などというプレッシャーに包まれていく。
くそ、僕も無責任な立場で江藤さんを鑑賞したいぞこの野郎。
しかし、ここは僕がどうにかしなければならないだろう。このままでは、転校初日で江藤さんが挫折してしまう。
モニュモニュしている江藤さんに、声をかけようとして――落ち着くために深呼吸。
「はよ言え」「ヘタレ」「これだから弓塚は」というプレッシャーが、教室中からあふれた。うるさい。
「あの……さ。江藤さん」
「……はい」
「良かったら、その、僕が読み書き教えようか? その、嫌じゃなければ」
「!」
次の瞬間。
僕は死んだと思った。というか死んだ。心臓止まった。
〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「よ、よろしくお願いします! 弓塚君!」
江藤エル。
彼女の、その嬉しさが瞳と頬にあふれた表情は、その場にいたクラス全員の心に突き刺さった。
至近距離だった僕は、メッタ刺しだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます