第101話 体育祭開始

 秋になったというのに、暑い。予想通り、暑い。

 体育祭当日。競技にまだ入っていないのに、俺のテンションは降下し続けていた。集会とは違い、短めの校長先生の話を聞き、準備体操なんかを行い、開会式が終わった。


 今は俺たちのクラスが出番を待つ時に座るテントに向かっているところ。楓は友人とのトークに花を咲かせているようだった。俺の隣には、神崎がいた。


「俺らが初めに出る種目覚えてるか?」

「覚えてない」

「お前、体育祭にもっと精力的になれよなー」

「プログラムを覚えてない神崎もどっこいどっこいだと思うんだけど」


 無駄話をしているうちに、クラス全員が入れるテントに到着し、座った。ここは日陰でいい。今日の天気は晴天で、体育祭日和だ。

 翳っていても良かったのにな、と今日の天気に不平を漏らしてみる。当然、俺のそんな声は天候を司る神には届かず、御天道様がギラギラと輝いている。雲一つ見当たらない。ああ、暑い。

 

 事前に配られていたプログラム表を見ると、まずは二年女子による騎馬戦だった。その次が二年男子による棒倒しらしい。今、知った。

 神崎にも教えてやると、「へー」と興味なさげな反応をした。


 クラスの女子たちが全員移動を始めた。当然、楓も。


「応援よろしくねっ」


 楓はそう言って、俺の隣を抜け、入場門の方へ歩いて行った。


 うちの高校の体育祭はクラス単位でチーム分けされている。チーム数がかなり多いため得点の計算が大変だろうな、と思う。


 同学年の女子全員が一斉に動き回ると、味方かどうかを判別するのも難しいだろうな、と思った。


 楓を見つけられるかな。


「南には頑張ってもらいたいな」

「そこは須藤を応援するところでしょ」

「千草の運動神経を思い出してみろ。騎馬戦の上になるらしいが、一瞬で終了しそうだろ? そりゃあ、応援はするけど、過度にプレッシャーを与えるよりも、俺がすべきことは、帰ってきたあいつを慰めることだと思ってる」


 冷静な分析だ。昨年のバレーボール大会での須藤の姿を思い出した。見られていたことを知った須藤はひどく恥ずかしがっていたような、気がしないでもない。俺も心の中で応援しておこう。


 

「おつかれー」

「さんきゅ」


 棒倒しが終わった。六クラス中、俺たちのクラスは三位だったので健闘した方だろう。俺はほとんど仕事ができず、終わったけど。


 次に俺が出るのは、午前中に行われる最後の種目である、二年生全員参加の障害物競走だった。数種目先なので、かなり暇だった。 


 単語帳を持ってこようかと思ったが、体育祭の雰囲気にそぐわないため、確実に浮く。悪目立ちしたくないので、テント内での勉強は諦めた。けれど、こんなにも空き時間があるのなら、単語帳を持ってきて、トイレの個室にでも篭って勉強すべきだったかもしれない。

 

 さっきから神崎は、須藤を慰め中で、俺の相手をしてくれない。別に寂しいわけじゃないけど!


 楓は友達とトーク中。友達が少ない俺は、ただただ他の学年の競技を眺めているだけ。


 暇だと思われたくないので、いかにも用があるように見せかけたい。散歩でもするか。ここでぼーっとしていても、何も起きないし。歩いていれば、何か面白いイベントに遭遇する可能性がある! 

 そう思い、テントを出た。


「あつっ」


 テントを出て、五秒もしないうちに後悔。一度出て、すぐにテントに戻るという不審な行動で目立たないように、少し歩くことになってしまった。別に俺が出たところなんて誰も見ていないだろうけど、もしもの時のためだ。


 グラウンドの周りに生えている木々の下をできる限り歩いていく。少しでも影のある部分を歩くためだ。


 案外、悪くないかもしれない。影の上を歩けば、暑さはマシだし、テント内でいるよりは暇じゃない。謎のダンスで盛り上がる一年生やモノマネ大会を始める同級生たちを横目に歩くのは、時間をつぶすのに良かった。

 

 グラウンドの端にもう少しでたどり着く時、俺の脇腹が何者かの手によって、狙われた。


「うぇっ!?」


 すっとんきょうな、何とも情けない声を出してしまった。振り返るまでもなく、「おぉーっ」という声で誰がやったのかわかった。


「なんで楓がここにいるの」

「いちゃダメなの?」

「ダメじゃないけど、友達と話してなかったっけ?」

「話してたよ。悟が一人でふらーっとテントから出て行くのが見えたから、後をつけてみた」

 

 ストーカーされていたようだ。


「なるほど」

「何してたの?」

「特に何も。暇だったから歩いてただけかな。もうそろそろ戻ろうかと思ってたところ」

「ふーん。もう少しおしゃべりしてから戻らない?」

「別にいいけど。急にどうしたの?」

「いやー、テント内だったら二人きりに中々なれないでしょ? 競技を好きな人とぼんやり眺めながら、おしゃべりする時間にちょっと憧れてたんだよねぇ。これこそ、私が公立高校に移ってまでしたかった、アオハルですよ」


 競技をやってるグラウンド中心の方を向きながら、感慨深そうに楓は言った。横顔がとても綺麗だった。


「楓は久しぶりの体育祭楽しい?」


 以前に楓から、通っていた中学には体育祭がなかったという話を聞いていた。小学校以来になるのだろう。


「楽しいよ! このわちゃわちゃした感じが好き。ふざけながらも、競技中はみんな真剣になるところとか」


 冷めた人たちもいるようだが、大半の人間が体育祭に情熱を燃やしているように見えた。仏頂面の人を探す方が困難だった。


「悟は体育祭つまらない?」


 小首を傾げて、楓は訊いてきた。


「最初は暑いし、面倒くさいなと思ってたけど、今はそうでもなくなったかも」

「えっ、なんで? 棒倒しがめちゃくちゃ楽しかったとか?」

「ふっ。なんでだろうね」

「教えてよーっ! やっぱケチだよねえ」


 右頬だけ膨らます姿が、面白くて、可愛かった。


 楓がいるだけで、楽しくなってしまうのだから、すごい。俺の中での楓の存在の大きさに負けないくらい俺も楓の中にいれたら嬉しいな、と思った。

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