第100話 もう少しで体育祭

「今年こそ晴れて欲しいね」

「本当だよ。バレーボールも楽しいけど、やっぱり体育祭やりたいっ!」


 夏休みが終わり数日が経ち、毎日学校がある生活に徐々に慣れてきた。楓とは夏休み中に何度か会っていたので、距離感も変わらず穏やかな日々を過ごしていた。


 あと一ヶ月もしないうちに、体育祭が開催される。

 昨年は当日に雨が降ったせいで、バレーボール大会に変更された。それはそれで楽しくなかったわけではないけれど、高校三年間で一度くらい体育祭を経験したいな、と思う。まだまだ暑いだろうし、体育祭をやりたい、と感じた今の気持ちを後悔しそうだけれど、良い思い出にはなるだろうな、と思った。


「リレー頑張ってね」


 今日の六限目にクラス対抗の選抜リレーのメンバーを決めた。基本的には体育の時間に行った百メートル走の結果を参考に選抜することになった。女子の中でクラス二位だった楓は、当然選ばれた。楓が快く引き受けているところを教室の後ろの方に座る俺は見ていた。


「うんっ。悟も出れば良かったのにー」

「大恥をかくことになるから、遠慮しとくよ」


 男子のメンバーは、サッカー部の宇都宮を筆頭に、運動部で固められた。男女合わせて、運動部に入っていないのは楓だけかもしれない。


「悟、クラスで何番ぐらいだっけ」

「確か七ぐらい」


 男子が二十人弱いるので、平均よりは少し上くらいの微妙な位置だ。


「悪くないよねー。来年は選抜狙えば?」

「勉強で体育祭どころじゃないだろうな」

「確かにこの時期は三年生もしたくないだろうね。欠席する人もいるらしいよ」


 公募推薦なんかは秋に試験があるらしいので、休みたくなる気持ちはよくわかる。もしかしたら、俺も来年の体育祭は休んでいるかもしれない。できる限り学校行事には参加したいけれど、俺の勉強の進み具合によってはわからない。

 今年が高校最後の体育祭になる可能性があるので、やっぱり当日は晴れて欲しいな。


「三年生は本当に遊んでる時間なさそうだよね。最近図書室行ったけど、ピリピリしてた」

「うぇぇぇ。私がもし情緒不安定になってたら、励ましてね」

「どちらかと言えば、俺の方がメンタルやられてそうだけどな」


 俺よりも志望校は高いんだろうけど、楓が勉強に悩んでる姿を想像できなかった。一方で、俺が悩む姿は容易に想像できた。


「悟は国公立狙いだっけ?」

「一応ね」


 学費のことを考えても、いけるのなら国公立にいきたい。科目数は多いし、大変だろうけど。

 受験のことを考えるだけで、気分が下がる。


「じゃあ、一緒だねぇ。志望学部はまだ経済のまま?」

「他に興味のある分野ってそんなにないし、経済かなって思ってる。夏休み前の面談でも経済って言った。楓の志望学部って知らないかも」


 以前に訊いたことがあったけれど、教えてもらえなかった。確か、二人で本屋やボウリングなんかに行った時。たった数ヶ月前の出来事なのに、懐かしい。それほど、ここ最近の日々が濃いのだろう。


「そういや、言ってなかったね。当ててみる?」

「当てさせていただきます」

「ふふっ」


 文系学部は、文学部、経済学部、法学部、外国語学部、教育学部あたりがメジャー学部だろう。他にも大学によっては、経営学部があったり、商学部があったりするが、基本的には先ほど挙げた五つだろう。

 文系だけでこんなにも学部があることを最近知った。大学を意識し始めると、俺の知らなかった情報がどんどん出てきた。受験に関する情報を知らないだけで不利になってしまうんだと思った。


 俺の予想では、文学部、外国語学部、教育学部の三択だと思っている。以前に英語が好きであるとどこかで言っていた気がする。そうなると、英米学科なんかがある文学部。英語を専攻できる外国語学部。英語の先生になれる教育学部。この三学部のうちのどこか。

 けれど、それ以上絞り込むのは難しかった。どの学部だ?


「文学か外語が教育のどれか」

「おぉー。さすがいい感じに絞れてるね。そのうちのどれかだよ」


 間違っていなかったようだ。でも、情報がもう尽きてしまい、あとは勘だ。三分の一で当たる。


「文学部」

「残念っ! 正解は教育」

「先生になりたいの?」

「英語の先生になりたいかな」

「理由とかあるの?」


 意外、とまではいかないが、ちょっとびっくりした。楓からそういう話は一切聞いていなかったから。


「悟たちに勉強教えてる時、私、結構楽しいんだよね。スッと理解してくれた時とか、めちゃくちゃ嬉しいの。逆に反応が鈍い時は、どうすれば理解してもらえるかなって考えてる。教え方変えて、反応が変わった時とか、あれは快感ですよ。あぁ、私には先生が合ってるのかなって思った」


 教えてもらってる時、そういえば、活き活きしていた気がする。教えてもらった俺たちの成績が上昇したので、適性であるように思えた。


 きっと、生徒から信頼される、人気の先生になるんだろうなぁ。


 そんな話をしているうちに、俺たちがいつも別れる公園に着いた。ここで別れるのも、何度目だろう。


「応援してる」

「ありがとー。私が先生になった後も、応援し続けてね」

「......うん」


 楓はニコッと笑い、手を振って帰って行った。


 俺の反応が遅れたのは、先生になった後、という意味を瞬時に理解できなかったから。


 やる気が出てきた。良い大学に進学することで、安定した収入を得ることができると決まったわけではないけれど、選択肢は広がるはずだ。将来の夢が決まっていない俺は、可能な限り上の大学に進むべきだろう。


 家に帰って、今日の復習でもしよう。体育祭当日も空き時間に単語帳でも見ようかな?

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