第98話 青葉と遭遇
最悪だ、と言った青葉ちゃんの心の中を予想してみよう。
単純に楓のことが嫌いだから、出会ったことに対してそう言ったわけではないと思う。よく口論を繰り広げるようだが、仲が悪いわけではない。二人の心の内の感情を正確に読み取ることはできないけれど、第三者の俺から見れば、お互いに対して嫌悪感を抱いているとは考えにくかった。
「最悪だ、って酷くない!?」
楓は俺と青葉ちゃんの顔を交互に見ながら、言った。
金魚すくいの列にいながら、会話するのは迷惑極まりないので、俺たちは列を抜けることにした。
さっきの続きだけれど、では、何に対して、最悪だ、と言ったのか。きっとそれは隣の見覚えのある少年の存在が原因だろう。青葉ちゃんが友達と来ていれば、出会っても絶望した顔を見せることはなかったはずだ。
隣の少年は確か以前に楓に一年生の教室に連れて行かれた時にいた子だ。青葉ちゃんの好きな人だと紹介されて。
青葉ちゃんの恋路については、最近情報がなかったので、進展しているのかすらわからなかった。この状況を見ると、停滞しているようには見えなかった。
むしろ、二人だけでお祭りに来るなんて、付き合ってるのでは......?
青葉ちゃんに関することであれば、楓の口は綿菓子よりも軽い。情報が流れ込んでくるに違いない。しかし、俺の元へそんな情報は入っていなかったので、楓も知らないのだろう。
「お姉にだけは出会わないように注意してたのに......」
どうしてそこまで出会いたくなかったのか。もしかしたら、青葉ちゃんは付き合っているけれど、それを楓に言ってないのではないだろうか? 付き合っているとわかれば、楓のことなので、質問攻めを行うに決まっている。それを避けたかったんだ。
二人でいるところに出くわしてしまったら、確実にバレる。だから、会わせたくなかったんだ。
と、俺は予想してみた。
「ひどいなー。私が言いたいことわかるよねぇ?」
楓が青葉ちゃんだけに見せる悪魔顔を披露しながら、言った。
「......わかんない」
「そうかそうか。ねえ、隣の子って青葉のお友達? それとも?」
いきなり核心をつく質問だ。
気のせいかもしれないけれど、隣の端正な顔立ちをした彼の背筋が少し伸びた気がした。
青葉ちゃんは無言を貫いた。視線を泳ぐ金魚たちの方へ向けて、黙秘権を行使した。今日は楓優位で話が進むな。姉妹の力関係はよく逆転するので、次は青葉ちゃんがマウントをとるかもしれない。
楓が追い討ちをかけるのかと思っていた俺の予想は外れ、次に少年くんが口を開いた。
「あ、あの! 青葉のお姉さんですか?」
下の名前で呼ぶ間柄なのか。これは当たっているのでは?
「そだよっ! えーっと、君は」
「
月という漢字を伝える時に、珍しい例えをする人がいるんだなぁ、と思った。一生忘れることはないだろうな。
「水谷くんね、覚えた! 私は南楓です。それで二人はどういったご関係なんでしょうかっ!」
楓は嬉々として、質問する。俺も名前を言おうとしたのに、楓が言葉を続けたせいで、機会を逃した。完全に乗り遅れてしまった。いいや、黙っとこう。
「お付き合いさせてもらってます」
「ビンゴ!」
「え? やっと喋ったと思ったら、悟はビンゴがしたいの?」
「あ、いや、そういうわけじゃなくて、こっちの話というか、なんというか......」
「ん?」
「気にしないでもらえると助かります。あ、天野悟です」
楓から訝しげな目を向けられていることに気づいているが、気づかないフリをした。フリをするのは、苦手じゃない。水谷くんは軽く微笑んでくれた。
予想が当たっていたことに高揚し、つい声が出てしまった。ファーストインプレッションが大事なはずなのに、ヤバイ奴だって思われてないかな......。一応、学校内で顔を合わせることはあるだろうし、ちょっと心配だ。
「ま、いっか。で、二人は付き合ってるんだっ!」
「は、はい! 青葉からは聞いてなかったんですか?」
「うん。青葉は何にも教えてくれなかったよ。ね?」
「だって、お姉に言うメリットが見当たらなかったんだもん」
俺が、「ふっ」と笑うと、下駄で足を踏まれた。痛い。
「酷いなぁ! 優しいお姉ちゃんをもっと信用して欲しいよ。馴れ初めとか色々訊きたい!」
「げっ。今日はやめとこ。ほら、先輩もさっきから突っ立ってるだけで、暇そうだし! いつかちゃんと言うから!」
そんな風に見えていたのか。俺は結構会話を聴くのを楽しんでるんだけどな。
「確かにここでは話しにくいかぁ。じゃあ、また今度水谷くんも話そうね! 私がいる時に遊びに来て!」
「ぜひぜひ」
「私の前でそんなに硬くならなくていいからねっ」
優しく微笑みかけるその笑顔を保存したい。
青葉ちゃんは彼の手を握り、お祭りの人集りに消えていった。金魚すくいやってないけど、良いのかな。
「いやぁ、良い子そうでしたねぇ」
楓が感慨深そうに言う。
「おとなしめだけど、礼儀正しい子だったね」
「うんうん。初々しいねぇ」
俺たちもまだ付き合って半年も経っていないのだから、初々しさは消えていないと思っているのだけれど、一年以上続けた演技のせいで、薄れている感覚は俺にもあった。
「金魚すくいやろうよ」
「そうだね」
もう一度、列に並び直し、自分たちの番が来るまで待つ。
花火が始まるまで一時間を切った。本当に時間が経つのは早かった。
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