第97話 南楓と綿菓子

「一口いる?」

「うん」


 先ほど買った綿菓子を一口もらった。


 口の中に入れた瞬間に溶けて消える。甘い、甘すぎる。絶対毎日はいらない甘さ。けれど、たまにこの甘さが恋しくなる。一口食べたら、充分満足。


「間接キスだぁ」


 パクパク綿菓子を口の中に吸い込みながら、楓は言った。


「綿菓子ほど間接キスを意識しない食べ物ってないと思うんだよね」

「それもそうだね。次、りんご飴食べたいなぁ」

「さっきから食べてばっかりだけど、その......ふ」

「ん?」


 俺に向けられた視線はそれ以上口を開くな、というメッセージが込められているように思えた。


「ふ、吹き矢でもしたいなー」

「ないと思うけど」

「それは残念だ! りんご飴買いに行こっか」


 楓のご機嫌を損ねなかったか不安だったけれど、自然と手をつないできたので、ホッとする。女の子に体重の話題はタブーだ。一年生の頃にもそんなことを言って、楓をご立腹モードにさせてしまったことがあったような気がするな。一年も前のことか。懐かしい。


 りんご飴を売る屋台はすぐに見つかり、二つ注文した。俺も久しぶりに食べたくなった。


 りんご飴もお気に召したようで、綿菓子と良い勝負ができそうなほど甘い笑顔をしていた。美味しそうに食べる子って、見ているこっちも楽しくなるな。


「どしたの?」


 俺が前を向かずに歩いていたのが、バレた。


「食べてるとこ可愛いな、と思って」

「バカ。そんなこと言われたら、めちゃくちゃ食べづらいんですけど。こっち見るの禁止ね」


 楓の頰がりんご飴と同じくらい赤くなる。


 可愛いって言われたいとか言ってたくせに、口に出して言うと、戸惑うの面白い。楓としては一番言われ慣れている言葉だと思うのだけど、慣れないものなのかな? 友達から言われるのとは、また違うものか。

 俺も楓から言われたら、嬉しい言葉ってあるし。

 

「楓?」


 りんご飴を舐めながら歩いていると、後ろの方から楓を呼ぶ声が聞こえた。俺たちは振り返ったが、すぐに見つけることができなかった。本当、人が多いな。


「こっちこっち」


 もう一度、声のした方へ目を向けると、山下さんがいた。その隣にもう一人友達らしき人もいる。見たことはあるぞ......。 


「心美! 来てたんだぁ」


 ウキウキしながら話しかけるその姿を見ると、完全にわだかまりは解消されたことがわかる。


「天野くん、だよね?」

 

 俺に話しかけてきたのは、山下さんの隣にいた方。向こうは俺の名前を正確に覚えていてくれた。やっぱり、知り合いだ。


「うん」

「私のこと覚えてる?」


 久しぶりに会った知人にする、あるあるの質問だ。覚えてる、と言ってもいいが、「名前は?」と訊かれたら終わる。


「見覚えがある」

「それ、覚えてないよねー?」

「......」

「天野くんと茜って同じクラスじゃなかったっけ?」


 山下さんが言った。同じクラス......? いや、そんなはずはない。さすがにクラスメイトの顔と名前が一致しないはずは......。


「一年の頃ねー」


 なんだ、一年生の頃の話か......。見たことはある気がするんだよ。名前は......。


「園田茜ちゃんだよね」


 楓が言った。


 思い出した! 俺は「あっ」と小さく声に出してしまった。


「思い出してくれたっぽいねー。酷いなぁ」

「いや、本当に、すみません」

「しょうがないんじゃない? 髪バッサリ切ってイメージ変わったし」


 山下さんが園田さんの髪を触って、言った。

 園田さんの髪を見ると、肩に届かないくらいの短さだった。そうか。一年の頃の園田さんにはショートの印象がなかったから、顔と名前が一致しなかったんだ。言い訳だけど。


「次会った時また訊くから、ちゃんと覚えといてね」

「はい。了解しました」

「二人の邪魔しちゃ悪いし、行こっか。またね。楓と天野くんも楽しんでね」


 すぐに二人は群衆の中に消えていった。


「クラス違ったのに、楓はよく覚えてたね」

「直接話したことはほとんどないけど、心美の口からよく出てきたから、それで覚えた」

「なるほど。もう一組ぐらい知り合いに会いそうだよね」

「会いたくないわけじゃないけど、二人の時間減っちゃうのはなんか、いやだよね?」

「あ、うん」


 俺は口に出す前に言葉を精査して、それから吐き出すので、ナチュラルにそういうこと言えちゃうところ尊敬してしまう。俺の場合、恥ずかしくて、言うのをやめてしまうことが多い。

 

 そんな会話をした直後に、知り合いを発見。


「ねえ、あそこ見て」

「どこどこ?」

 

 俺が指差す方向を見るのに、楓が身体を寄せてきた。ちょっと近すぎる。まだまだこういうことされると、ドキドキしてしまう。心臓の鼓動が聞こえてたら、恥ずかしいな。


「あ。ユッキーだ。ちょっ」


 俺がわざと小声で喋っていたのに、そんなことはお構いなしに大声で言ったので、つい、楓の口を塞いでしまった。


「ごめんごめん。良い感じだから、そっとしといてあげようかと思って」

「確かに良い雰囲気。隣、彼氏かな?」

「どうだろ。付き合い始めたという報告は聞いてないけど、二人で来てるし、そういうことなのかな?」

「今度、事情聴取を行わないといけないね」

「ああ」


 三上さんは付き合い始めた報告とか、しなそうなタイプだから、俺たちが知らないだけで隣にいる人が彼氏でもおかしくない。以前に相談を受けた時から、進展はしているようにしか見えなかったので、三上さんの頑張りが伝わってきた。

 夏休み明けにまた訊くか。


 盗み見るのも良くないので、この辺にして、また屋台巡りを再開した。


 楓のご所望で、金魚すくいをすることになった。今いる位置から数十メートル先に金魚すくいができる屋台を発見したので、向かう。


 幸い、一組しか待っていなかったので、すぐにできそうだ。


「あ」


 声のした隣へ振り向くと、またまた見覚えのある顔が......。出会いすぎだろ。みんなお祭りに来すぎじゃない?


「青葉、なんでいるの?」

「さ、最悪だ」


 引きつった顔を披露する青葉ちゃんがいた。隣には、男が......。

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