第92話 今年もプレゼントに悩む
「何をあげればいいんだ......」
俺は悩んでいた。独り言を呟いてしまうくらいには、悩んでいる。一週間後に訪れる、楓の誕生日。まだプレゼントが決まっていなかった。
昨年は須藤に手伝ってもらった。須藤のアシストもあり、かなり喜んでもらえた。今年は何をあげれば、喜んでもらえる?
どんなプレゼントでも喜んでくれるはずだ。どんなものでも喜んでくれるからこそ、迷ってしまう。アロマキャンドルは昨年あげたし、それ以外。須藤に頼りたくなるが、今年は自分の力で選びたい。いつもいつも頼ってばかりでは、これから先やっていけない。自立するためにも、須藤の力は借りないつもりだ。
部屋で唸っていると、スマホが鳴った。メッセージが届いたようだ。誰からか確認すると、須藤からだった。
『楓ちゃんの誕生日もうすぐだねー! プレゼントはもう決めた?』
タイムリーすぎる。ちょうど悩んでいたところだ。『何にすればいいと思う?』とつい送ってしまいそうになるが、我慢。
『まだ決まってない 今年は一人で頑張ってみるよ...』と返信しておいた。
欲しいものとか口にしてくれていれば良かったのだけれど、楓からそういう話を聞いたことはない。もっと探りを入れておくべきだった。今になって後悔する。
またスマホが鳴った。
『天野くんからのプレゼントなら絶対喜んでくれるから不安にならなくて大丈夫だよ!! 楓ちゃんの反応とかまた聞かせてね』
メッセージの後に、初めて見るキャラクターのスタンプも一緒に送られてきた。『Fight』という文字も書かれてある。
やっぱり、喜んでくれるよなぁ。人の心が読めれば、楽なのに。でも、読めないからこそ、こうやって悩み抜いて渡したプレゼントで喜んでくれた時に、嬉しくなるんだろうな。
気分転換に部屋の窓を開けて、換気する。風は気持ちが良かったけれど、セミの鳴き声がうるさく、すぐに窓を閉めた。
「あ〜」
一週間なんてあっという間に過ぎる。気がつけば、明日誕生日なんてこともありうる。頭の中で考えても進展しなかったので、パソコンを開き、調べてみる。
ピアスや腕時計、指輪なんかも出てくる。指輪はさすがに......。
調べても候補が多すぎて、やはり決めきれない。こういうのは優柔不断なくらいが良いのだと思う。多分。いや、悩みすぎかな......?
個人的にアクセサリーはありかな、と思っている。楓が身につけていれば、さぞかし似合うことだろう。
「ペンダントいいかもな......」
徐々に絞れてきているぞ。画像検索すると、紺碧の色をした物や月の形をした物など、どれも綺麗で似合いそうだ。想像での話だけれど、一番楓にしっくりきたのが、ハート型をした紅葉色のペンダントだった。
値段もそこまで高くない。バイトをしていない俺でも買うことが可能なレベルだった。
早速、見ていたサイトから注文しようとしたが、色々登録するのが大変そうだった。プレゼントのためなら、これくらいの手間は厭わないけれど、今までネットで注文したことがない俺は、シンプルに困っている。
情けないが、こういう時は母に訊こう。
一階へ下りると、紅茶を飲みながらドラマを観ている母を発見した。
「ちょっといい?」
「ん?」
ドラマを中断させられたからか、明らかに不満そうな顔をこちらへ向ける。
「これ頼みたいんだけど、どうすればいい?」
俺が先ほどまで見ていたサイトをスマホで開き、見せた。
「あ、あんた、これ!」
形相を変えて、俺とスマホを交互に見る。なんだなんだ、怖い。
「......なに?」
「悪い女に騙されてないか?」
「は?」
「まさかこれをあんたがつけるわけじゃないだろ?」
「まあ、そうだね。プレゼント」
ああ、そういやまだ母には楓と付き合ったこと言ってなかったな。うっかり、うっかり。
「......誰にあげるんだ?」
母は訝しげな目をして訊いてきた。今まで彼女なんてできたことがなかったのだから、当然か。どちらかと言えば、伝えていなかった俺に非があるのかもしれない。
「楓だよ」
「え、あー、なんだびっくりした。それなら安心」
母は僕のスマホを操作し、クレジットカードなんかを登録し、さっと注文してくれた。「そういや、そろそろ楓ちゃんの誕生日だったねぇ」とか言いながら。
「はい」
「ありがとう」
「誕生日にこんなちゃんとしたプレゼント送るんだねぇ」
「一応、彼女だし。それじゃ、本当助かった」
リビングの扉を閉めようとしたところで、「ちょっと待って」と聞こえてきた。
「もう一度、今のセリフを言って」
「本当助かった」
「その前」
「楓が彼女ってこと?」
「それよ!」
勢いがすごすぎて、気圧される。
「えっと、付き合い始めたこと言ってなかったな」
「いつから? どういう経緯で? それに、どっちから告白したの? どうして黙ってたの!」
そんなに一気に質問されても困る。息子の恋愛事情に興味津々の母は、実年齢より三十歳くらい若くなってしまったように思える。見た目は年相応だけど。そんなこと言ったら、締め出されてもおかしくないので、絶対言わない。
「黙ってたつもりはなかったんだよ。言い忘れてただけ。また今度じっくり話すから」
長丁場になりそうだったので、まだ喋りたそうな母の言葉を遮り、扉を閉めた。ちょっとー、という声が階段を上っている途中に聞こえてきた。
言ってなかったのは俺が悪いし、夕飯の時にでもきちんと話そう。演技をしていたことは、喋るか迷うな。かいつまんで話そう。
誕生日プレゼントが決まり、晴れやかな心で俺は部屋の扉を開けた。
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