第91話 四人で夜ごはん
「つかれたー」
須藤が両手を挙げて、伸びをしながら、疲労感が全く見えない表情で言った。
数時間もプールで遊べば、疲れる。けれど、疲労が顔に出ることはなく、楽しかった思い出が先行している。須藤の表情にも納得だ。楓や神崎も満足そうな顔をしている。
俺たちが施設を出たのは、十七時前。少し早いが、夕飯を食べて帰ろうということになり、回転寿司に向かうことにした。他にもラーメンとかファミレスとか焼肉とか、色々候補は出た。四人の意見がなかなか一致しなかったため、最後はじゃんけんで決めることとなり、お寿司を選択していた須藤が勝ったので、回転寿司に行くことになった。
どちらかといえば、少食な方だと思っているので、そんなにお金はかからないだろう。多分。
俺も何度か行ったことがあるチェーン店を見つけたので、入店した。夕食どきには早いこともあり、すんなり案内してもらえた。テーブル席では、俺と楓の前に神崎と須藤が座るという無難な並びになった。俺と神崎がレーン側に座っている。
楓たちの注文を聞き、俺たちが取る。
「またどっか行きたいよね。四人で」
須藤がサーモンを口に入れる前に言った。
「旅行とか楽しそうだよねっ。修学旅行も楽しかったし!」
「絶対楽しいよ! いつか行きたいね。来年とか?」
「来年はダメだろ。俺ら受験生だぞ」
来年はこうして遊んでられないのか......。受験生に休みなんてのはないだろうし、毎日勉強漬けなんだろうな。勉強時間は志望校によるけれど、できる限り良いところにいきたい願望は俺にもあるので、余裕で受かるようなところを目指すつもりはない。そうなると、四六時中勉強のことを考える生活になってしまうんだろうなあ。
「やっぱり来年はダメかー。でも、翔太からそんな言葉聞けるなんて意外なんだけど」
須藤の言葉に同意だ。プールで昼ごはんを食べた時、勉強のことなんて忘れよう、みたいなこと言ってたのに、どうしちゃったんだろう。数時間でこんなにも変わってしまうものなのか?
「まあ、俺に関しては勉強は二の次スタイルは変わんねえと思うけど、天野たちの邪魔はできねえしな」
俺と楓のことを気遣ってくれたのか。神崎はしれっと受験生になっても、大して勉強しない宣言したけど大丈夫か?
「あー、なるほど。天野くんは将来、楓ちゃんをしっかり養ってあげないといけないもんねー」
「養う!?」
楓は口元まで運んでいた手が止まって、須藤を見つめている。ちなみに食べようとしていたのは、いか。
「なんだ、お前らもうそこまで考えてんのか」
ちゃんとした人間にならないとな、とは思うが、明確に大学卒業した後のことを考えたりはまだしていない。まずはそこそこの大学に入学することを目標に頑張ろうと思う。
「わ、私もしっかり稼いで、悟を楽にするし......!」
楓は寿司を一旦皿に置き、動揺しながら言った。
嬉しい。そんなことを言われたら、俺だって負けないくらいちゃんとした職を見つけないといけないという思いが一層強くなる。
「本当楓ちゃんは天野くんしか見てないよねぇ」
須藤がニヤニヤしながら言って、それに神崎も頷き、同調している。
楓が困って、こちら側に救いの視線を向けてくる。こっちを見たら、さっきの須藤の発言が事実であることを強める一つの根拠となってしまうが、そんなこと今の楓の頭じゃ判断できなかったのだろう。
当然、助けるしかないので、口を開く。
「その辺にしといてやってくれ。このままだと、楓がとんでもないこと口走りそうだ」
俺も顔を赤くしてしまいそうなことを言いかねないので、この辺でストップしてもらおう。
正直、先ほどの俺を楽にしたいって言ってくれたことも結構破壊力あると思う。だって、大学卒業した後も一緒にいることを前提としてくれているし、嬉しくないはずない。頰が緩みそう。
「そうなってからでも面白かったけど、天野くんが言うならやめるよ。ごめんね! 楓ちゃんの反応可愛いから、からかいすぎちゃった」
須藤は悪びれる様子なく、形式上の謝罪をした。楓の反応に関しては、全力で同意。
「うぅ。ちーちゃんの弱点見つけたい! 神崎くん何かない?」
反撃したいのか、楓は神崎を見据える。
「そうだなぁ」
そう言った神崎を須藤が恐怖を覚えるくらいの満面の笑みで、見つめている。神崎は何か言おうとしたが、隣からの圧を感じたのか、口をつぐんだ。
「言ってあげたいが、俺の命が危ないから何も言えねえ……すまない」
須藤は満足そうな顔で、いくらを口に運ぶ。楓はむくれたまま、えびを食べる。
えびが美味しかったのか、楓の表情はぱっと明るくなった。
「私、自力で絶対見つけるからね!」
決意表明のように楓は言った。
「ふっふっふ。楽しみにしてるよ」
須藤はウィークポイントをそう簡単に見せたりはしないだろう。楓と二人でいれば俺はからかわれる立場ということもあって、からかわれている楓の姿は新鮮で可愛かったので、須藤の味方につきたい、と思ってしまう自分がいた。口には出さないけど。
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