第93話 お誕生日会

「おめでとーっ!」


 須藤の明るい祝福の言葉とほぼ同時に、クラッカーが大きな音を立てて、鳴った。


 三方向からクラッカーを浴びた楓は、キョトンとしている。状況がまだ飲み込めていないようだ。


「ちーちゃんたち、なんでいるの!?」

「天野くんに誘われたの。愛しの楓の誕生日を祝ってやりたいから手伝ってくれないか、って」

「愛しの、とは言った覚えがないんだけど」

「まあまあ、細かいことは気にしないで。とにかく、おめでとう!」

「あ、ありがとう!」


 楓は笑顔を須藤に向けた。


「おめでと」

「神崎くんもわざわざありがとっ!」

「おう」


 プレゼントが決まったと思えば、楓の誕生日をどういう風に祝うかで、数日前まで迷っていた。昨年は楓の友人たちがお誕生日会を開いてくれたという話を聞いていた。二人で過ごすのもありだと思ったが、誕生日は仲の良い数人で集まった方が盛り上がるのではないかと思い、神崎と須藤を誘ってみたのだ。

 急だったが、二人とも了承してくれ、せっかくならサプライズをしようということになり、今に至る。

 

 俺の部屋に楓を呼んだが、神崎たちが来ることは伝えていなかった。玄関まで楓を呼びに行く間に、神崎たちには部屋の扉付近で待機してもらっていた。無人だと思っていた部屋を開けると、いきなりクラッカーを浴びせられたのだから、驚いたことだろう。大成功だ。


「おめでとう」

「ありがとう。悟が企画してくれたんだね」

「まあ、一応」

「嬉しすぎて、嬉しい」


 語彙力が皆無になってしまうほど、喜んでくれたのなら、俺も嬉しい。


 部屋の中央に丸いテーブルを配置し、囲むように座った。左隣が楓で、右隣が須藤。つまり、俺の前に座るのが、神崎だ。

 テーブルの上にはあらかじめ頼んでおいた、パーティーセットがある。チキンとかポテトとか入ってるやつだ。


 それぞれ紙コップに飲み物を注ぐ。


「冷めないうちに食べよっか。では、楓ちゃんを愛してやまない天野くんの方から、乾杯の音頭をどうぞ」

「えっ。聞いてないんだけど」


 少し上体をこちらに寄せ、「適当にかんぱーい、って言ったらいいんだよ」と全員に聞こえるボリュームで、耳打ちしてくれた。


「そ、それじゃあ、乾杯」


 照れくさそうにしながらも、百点満点の笑顔で楓も控えめに乾杯した。


「天野くん、愛してやまないって部分については何も言わないんだね」


 須藤がポテトを呑み込んで、言った。


「それに関しては、間違ってないしな」

「それ隣の人の方、向いて言ってあげなよ」

「ちーちゃん、そんな気遣いいらないから!」


 口に出さないと、伝わらないんだ。ちゃんと言ったぞ! 俺も成長したな。

 すました顔で言ったけど、本当はめちゃくちゃ言うの恥ずかしい。顔には出にくいタイプなので、楓みたいにあたふたすることはないけど。


 楓は恥ずかしさを紛らわすためか、食べるスピードが上がった。



「楓ちゃん写真撮ろうよ!」

「うんうん!」


 座る順番間違えたかもな。須藤の位置からスマホのインカメラで写真を撮ろうとすると、俺がうつりこんでしまう。写真うつりが極めて悪いので、できれば避けたい。


「場所替わる?」

「いいよいいよ。天野くんが楓ちゃんの隣じゃなくなるのは、ダメでしょ」


 ダメというわけではないけれど、ダメなのかな。


「だから、チキンを貪ってる翔太さーん、場所替わって欲しいなぁ」

「どうすっかなぁ」

「ん?」


 須藤の鋭い視線が神崎をロックオン。


「よし、千草替わるか」


 身の危険を感じたのか、俊敏な動きで神崎は立ち上がり、須藤と入れ替わる。


 二人で写真を撮る微笑ましい光景を見ながら、「俺ってあいつに好かれてんのかな?」と心配そうに神崎が言ってきた。多分、小声だったので須藤には聞こえてない。


「俺からすれば、すっごく仲良さそうに見えるけど」

「よく言い合いしてんだけどな」

「お互い気を使いすぎず、偽ってない証拠だから、別にいいんじゃない? 心の底から思ったことを言い合える関係って大事だと思う」


 神崎の顔がパッと明るくなった。


「だよな!」


 高笑いしながら、俺の肩を叩いてくる。ちょっと痛い。


「そんなに強く叩いたら、天野くん可哀想だよ」

「お前にだけは、力加減について何も言われたくない......」

「何か言った?」

「言ってねぇよ」

「そう? ならいいんだけどー」


 いや、お互い言いたいことを言えてないかもな。


「そうだ。四人でも撮ろうよ!」


 須藤がとんでもない提案をしてきた。


「俺がカメラマンになろうか?」

「天野くんがいないと、始まらないでしょ」

「天野が撮るの悪くないんじゃね」


 神崎が言いながら、クスクス笑う。楓も、「う......うん」と笑いをこらえながら、頷いた。


「あ、天野くん写真うつり悪いんだっけ」


 修学旅行で撮った写真を思い出したのか、須藤まで笑い出した。この中で一番遠慮なく、大きな声で。

 俺は乾いた笑いしか出なかった。


「......そういうこと。だから、俺はいいよ」

「彼女の誕生日に、記念に写真を撮るのに彼氏がうつらないって前代未聞だと思うんだけど、天野くんがうつらない理由なら、納得しちゃいそう」


 そう思わせてしまうくらい、酷いんだな、俺。


「でも、楓ちゃんはそれでいいの?」


 楓は大きく顔を横に振る。


「というわけなんで、四人で撮ろーっ! 本日の主役が一緒に撮りたいって言ってるんだし、当然撮るよね?」

「ああ」


 俺も最終的には撮ることになるだろうな、と思っていたので、素直に頷く。最初から快く承諾していれば、あんなに笑われることなかったのに、ちょっと後悔!


 いわゆる、自撮り棒というやつを須藤は取り出した。全員がうつるように、調整する。


「それじゃあ、撮るよー。はいっ、チーズ!」


 全員が須藤のスマホの画面を覗き込む。見るためとはいえ、楓に接近してしまい、変な汗が出てしまった。付き合っているのだから、いちいち反応することでもない気がするけど。


「楓ちゃん可愛いなぁ」

「ちーちゃんも可愛いよー」


 女子特有の褒めあい。二人とも本心だろうから、清々しい。


「天野くんも引きつってるけど、悪くない写真だと思うよ」


 自分の顔は見ないようにと避けていたけれど、目を向けた。須藤の言う通り、笑顔とは言いがたい顔をしている。どこを見ているのかわからないし、引きつってるし、良いところを挙げる方が難しい顔だけど、それでも悪くないと思えるのは、この四人で撮った写真だからかな。

 俺も自分の写真で、笑みがこぼれた。

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