第78話 南楓と恋人らしいこと
「大丈夫......かな?」
なにやら、楓が部屋の扉に顔をつけている。
「何してるの?」
「青葉がついてきてないかの確認。念には念を」
用心深い楓さん。足音はしなかったようで、楓は扉と密着していた顔を離して、ベッドに座った。俺は楓の部屋に置かれている座椅子に座っている。結構柔らかくて、座り心地は最高だった。
「今から何かするの?」
「んー、特に決めてないねー。青葉との接触を断とうと思って、部屋に逃げてきただけだし、何も決めてなーい」
そう言って、楓は両手を挙げて、ベッドに横たわった。両足も上げたため、スカートがふわりと膨らんだ。人生で一番と言っても良いくらいの勢いで、目線をベッドから逸らした。俺、えらい。
「な、なあ、こっちで話さないか?」
高低差があるとどうも話しにくい。ちょうど俺の視界に彼女の白くて、綺麗な足が入ってくる。目のやり場に困るんだよ......。
「えー、こっちがいい。ふかふかだし」
「じゃあ、俺もそっち行っていい?」
「ウェルカム!」
楓に床で座ってもらうより、俺がベッドへ行った方がエネルギー消費がマシな気がした。楓は結構頑固だから。
確かにふかふかだ。座椅子も座り心地がかなり良かったけれど、こっちの弾力性も適度で最高だった。
楓が起き上がったので、ベッドで隣り合わせで座ることになった。これだけ近いと甘い匂いが漂ってくる。冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせている。
「なんか二人きりって緊張するねっ!」
「今までとは違うよね。でも、今の状況嫌い?」
今までに何度も二人きりになる状況はあった。その時の緊張感とは少し違う気がした。少なくとも俺は、全く苦に感じていない。
「ううん。全然。むしろ、ドキドキしてることに嬉しくなる」
そういうことをサラッと言うよねえ。俺は彼女の言葉により、さらにドキドキしたし、嬉しくもなった。
「恋人らしいことって何だろう?」
「実際なってみるとわかんないよねえ。ちーちゃんにどんなことしてるー? って訊いてみる?」
「いや、それはやめよ......まともな答えが返ってくると思う?」
「うーん。返ってこないかも......」
「だろ」
逆に俺たちは恋人らしいことを知らない状態で演技をしていたということになる。本当、よくバレなかったよな......。一部には怪しまれていたようだけど。
須藤ならきっとふざけた返信をしてくるはずだ。神崎としないようなことまで、送ってきそう。楓ならそれを真に受けてもおかしくない。
「何調べてるの?」
楓が何やらスマホを操作し始めた。
「恋人とすること、で検索かけてる」
「何て書いてあるの?」
「えっとね、旅行だって。デート関連が多いね。あと、呼び方変えたりとか」
デートなら付き合う以前から何度か遊びに行ってるわけだし、恋人らしいことと言われても、あまりピンとこない。
「呼び方は今のままでいいけどね」
「私もー。楓って呼んでもらいたい」
最初、楓って呼び始める時は躊躇した。ファーストネームで呼ぶのはどこか恥ずかしさがあった。親密すぎるのではないか、と。今ではすっかり慣れてしまい、逆に南と呼ぶのに躊躇うようになってしまった。希薄な関係すぎるのではないか、と。
一年も経てば、俺の考え方も当然変わり、環境も変わる。楓も再会した頃と比べれば、変化したのだろうか? 俺からすれば、一年前からあまり変化していないように思える。当人ではないので、色々変わった部分はあるのかもしれないけど、そこのところはわからない。
目に見えて、変化した部分はない。よく冗談を言ってからかったり、クイズを出すのが大好きだったりするところとか。他にも常に明るいところも変わらない。誰かのために一生懸命になれるところも。
考えれば考えるほど、楓についての情報が出てくる。なんか顔が熱くなってきた。夏にさしかかろうとしているから、そうなっているわけではないことくらいわかる。隣の楓に気づかれそう......。
「......」
楓はスマホを見て、固まっていた。
「どうしたの?」
「あっ」
急に話しかけたから驚かせてしまったようで、楓のスマホが宙に舞った。綺麗な放物線を描き、俺の太ももの上に乗った。
ディスプレイには、キスがどうのこうのと書かれたサイトが開かれていた。
スマホはすぐに楓の手に戻った。俺が渡そうとする前に、彼女が奪い取った。
「見た?」
鋭い目つきだ。それ彼氏に向けても許されるものじゃないと思う。
嘘は良くないので、本当のことを言おう。
「ちゃんとは見えなかった。キスがどうのこうのみたいなのは......」
俺が言い終える前に、首元を掴まれて揺すられた。苦しい......。
「なんで見るの!」
「いや、意図して見たわけじゃなくて、偶然見えちゃっただけだから」
「偶然で許されるわけないでしょ! 偶然人を殺めちゃった、で警察が許してくれる? 許してくれないよね?」
確かにその通り何だけど、レベルが違いすぎないか? それにそこまで怒らなくても良いじゃないか。
「それはそうだけど......そんなに気にしなくてもいいと思うけど」
「気にするし! 私がしたいみたいじゃん」
「したくないの?」
自分でもこの訊き方は意地悪だと思った。
「いや、それは......青葉に言われてちょっと気になっただけで......でも、まだ早いかなとか考えたり......でもでも、それだと悟が他の女に目移りしないか不安にもなるし......」
あれ? 楓ってこんなに可愛かったっけ。容姿が抜群なのはわかっていた。内面の部分で意外性を出してきた。もっとサバサバしているのかと思っていたので、ちょっとびっくり。
「俺はそんな軽い男じゃないし、心配しないで欲しい」
「でも、三上さんとは仲がいいみたいだしー」
「嫉妬?」
「うるさい!」
ベッドの上に置かれていた亀のぬいぐるみが至近距離で飛んできた。避けきれるはずもなく、顔面に直撃してしまった。痛みはない。俺があげた亀さんが攻撃手段になってしまうなんて、あげたことを後悔してしまう。
「別にちょっと話すだけだから。俺って友達少ないし、貴重なんだって」
そっぽ向かれた。前よりも楓さんのわがまま度上がってない? 気を許してくれていると考えれば、プラスなのかもしれないけれど、女の子ってちょっと面倒くさい部分あるなあ、とも思った。楓だから許せてしまうけど。
「じゃあ、俺が楓しか考えてないことを証明すればいい?」
「どうやって?」
「......キスとか」
さっきまでの不満げな表情から一転。あたふたしている。表情が変わりやすいのも、一年前から変わらないな。
「よ、よろしくお願いします」
楓は身体を少しこちらへ向けた。
自分で言っといて何だけど、難易度が高すぎる。緊張して、口の中の水分が失われていくのがわかる。
本当にするの? 楓の言う通り、まだ早いのではないだろうか。付き合い始めてまだ一週間も経っていない。早い......よな?
俺が葛藤していると、楓が目を開けた。
「ねえ、ちょっとその亀取ってくんない?」
「あ、うん」
なんかさっきまでとは声色が違う。少し冷たい声。
「ふぅ。おりゃっ」
振りかぶったので、俺はまた投げつけられるのかと身構えたが、目標は俺ではなく、部屋の扉だった。
「ひゃっ」
亀が扉にぶつかった音だけではなく、声も聞こえた。この家に今は俺と楓以外に一人しかいない。
楓が扉付近まで歩いて行き、勢いよく開けた。
「何してるのかなぁ?」
「たまたま通りかかっただけだよ。ははは」
青葉ちゃんは苦笑いしかできていなかった。
苦笑を浮かべながら、自分の部屋の方へ逃げていった。こちらからでは楓の表情は見えないけど、大層恐ろしいものだったに違いない。
部屋に入ったのを確認してから楓は扉を閉めた。
「よくわかったね。青葉ちゃんがいるって」
「まあね。気配を感じ取れるからね、私」
あなたも能力者になってしまったのか。普通に気づかなかったので、シンプルにすごいと思う。
「なーんか、雰囲気壊れちゃったね」
「うん。まあ、焦らなくてもいいんじゃないかな。俺たちなりの歩み方ってあると思うし。それに、勢いとかその場の雰囲気に流されてしたくない」
楓は「そうだよねー」と言った。
まだ始まったばかりなのだから、焦らず少しずつ進んでいければ良いな、と思う。
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