第77話 天野の家とその後
高校三年間のメインイベントである修学旅行を無事終え、地元に帰ってきた。高校生のうちに体験するイベント事は他にもいくつかある。文化祭や体育祭なんかも大きなイベントだ。けれど、これらに関しては毎年あるわけで、三年間で一度しかない修学旅行に比べると見劣りしてしまう。それに体育祭に関してはそこまで積極的にやりたいわけではないし。
今日は修学旅行の関係で、振替休日となっている。楽しく遊んだだけなのに、さらに休みをもらえるなんて神イベントすぎる。修学旅行も毎年あれば良いのに、と思う。
休日ということで、家でまったりしようと思っていたのだけれど、どうもまったりできなそうだ。昨日、修学旅行から帰ってきて、荷物整理をしている最中に楓から、『明日家に行ってもいい?』というメッセージが届いた。何気なく、『いいよ』と返したけれど、よくよく考えれば高校生になってから、一度も楓をうちにあげたことがないことに気づいた。
楓の家にお邪魔させてもらうことは何度もあったが、うちに来ることは今までなかった。
本当に付き合い始めたわけだし、別にお互いの家に行くことはおかしなことではない。むしろ、家にあげない方がおかしいまである。
けれど、今まで一度も俺の部屋に来てもらったことはないわけだし、やっぱり緊張する。彼女は一体、俺の部屋で何をするつもりなのだろう?
俺は部屋を見渡す。
昨日連絡を受けてから、急いで片付けた。多分、綺麗になったはずだ。片付いた部屋には遊ぶものがほとんどなかった。娯楽は漫画くらいだけど、漫画ならわざわざ俺の家で読む必要はない。トランプとか? 本当できそうなことと言えば、それくらいだった。
まあ、ただ話しているだけでも楽しいし、わざわざ何かを使って遊ぶとか、考えなくても良いのかもな。適当に話してれば、きっと上手くいく。
俺は少し緊張しながら、彼女が来るのを待った。
「確かにそれは楓の家じゃ、できない話だね」
「だよね。だから来ちゃった」
数分前に楓がうちに来た。たまに見る私服姿は、毎度似合っている。可愛い、と思う。でも、付き合っているというのに、可愛い、の一言が言えなかった。心の中では素直になれても、口に出すのはまだ少し気恥ずかしかった。
「どういう風に言うべきかな? 気づくまで黙っとく?」
「もう隠す必要はないんだし、普通に言えばいいんじゃない?」
「普通って?」
「そうだなあ。本当に付き合っちゃいました〜、とか」
「キャラ崩壊してるよ」
自分たちの口から付き合ったことを言うのって、ちょっと恥ずかしい。本当は二人付き合ってるんじゃない? とか言われれば、実はそうなんだよ、みたいな感じで軽く言えるのに、そういう状況になり得ないので難しい。
だって青葉ちゃんには演技をしていることを知られているのだから、どれだけ俺たちがイチャイチャしようとも、また演技してるよ、みたいな風に捉えられてしまう。
「やっぱり黙っとくわけにはいかないし、付き合うことにした、って言えばいいんじゃないかな」
「言わなきゃダメだよねえ。よし、じゃあ悟が言ってね。よろしく」
「どうして俺が。楓が言ってくれよ。妹なんだから」
「妹だからこそ、言いにくいの!」
こんなことで言い合っても仕方がない。俺から言うか......。
「わかったよ。青葉ちゃんとはいつ話し合えそうなの?」
「今日」
「急だね。今、家にいるんだ」
「うん。多分、ソファでくつろいでる」
というわけで、俺たちは楓の家に向かった。俺の家での滞在時間、とても少なかった。これくらいなら電話で話しても良かったかもしれない。
さすがに昼間っから外で手をつなぐのは恥ずかしかったので、登下校時と同じく並んで歩いて行った。
楓の家に着くと、楓の言う通り、ソファでくつろぎながらドラマを見る青葉ちゃんの姿があった。
「おかえりー。おっ、先輩も一緒じゃん」
「ただいま」
先輩呼びも定着したようで、最近では違和感を全く覚えなくなっている。前にも思ったけど、先輩呼びってなんか良い。楓には共感してもらえないと思うので、言うつもりはないけど。
「青葉ちゃん、ちょっと時間ある?」
「ん? あるけど。正式に付き合うことにした報告とか?」
なんだこの子。どうしてわかる? 読心術でもマスターしたのか?
「なんでわかったの?」
楓も不思議そうに、訊ねている。
「そりゃわかるよー。最近、人の心を読める能力を身につけたからね。二人の距離がゼロになった、と青葉にその能力が教えてくれてる」
俺たちが修学旅行で留守にしている間、青葉ちゃんは能力者になっていたようだ。俺にも伝授してくれないかな。
「まあ、冗談だけどねー。何となく、二人でわざわざ青葉に会いに来るなんて、そういうことかなーって思っただけ。修学旅行から帰ってきてからお姉、スマホ見ながらニヤニヤしすぎて、ちょっと気持ち悪かったし」
「なっ。気持ち悪くないし! ニヤニヤもしてない! ほんの少しだけ修学旅行の余韻に浸っていただけ!」
最後に「本当だから!」と青葉ちゃんに向けてではなく、俺に向けて楓は言った。そんなに念を押さなくても、良いのに。こういうところ可愛いな、と思う。やっぱり、口には出せないけど。
そういえば、青葉ちゃんもスマホを見ながらニヤニヤしていたことがあったという情報を楓から得ていた。さすが血の繋がった姉妹。
「ふーん。そっかそっかー。じゃあ、何の写真を見てたのぉ?」
意地悪そうに青葉ちゃんが言った。楓が冗談を言う時もこういう少し上目遣いで、言う。本当、似ている。
「そ、それは......みんなで撮った写真とか......」
「それだけじゃないよねぇ?」
「......悟とのツーショットとか」
修学旅行中、何枚か撮ったな。どれも写真写りが悪く、今すぐデータを消去して欲しいけれど、楓が消してくれるはずもない。消して欲しいと願うくせに、俺もツーショットは残してるけど。
「ひゅーひゅー」
ひやかし方が古い。それでも、楓には効果抜群だったようで、頰を赤くして、両手で顔を覆う。そういうちょっとした行動が、世の男子どもを告白に駆り立ててしまうのだと教えてあげたい。
「も、もう言ったから、いいよね。私たちは部屋に行くから。絶対入ってこないでよ」
「二人の邪魔はしないよ〜。多分」
「絶対」
「それは保証できないよぉ」
青葉ちゃんは非常に気分がよろしいようで、いつにも増して、テンションが高く、終始ニコニコしている。
基本的に、姉妹の力関係に大差ない。今は青葉ちゃんが優勢だけれど、楓が優位に立つこともある。状況によって変わってくるのは、仲が良い証拠だと思っている。パワーバランスが均衡していないと、お互い言い合ったりできないはずだから。
「んー。行こ、悟」
「う、うん」
というか、いつの間に楓の部屋に行くことになったんだ。青葉ちゃんに説明するために来たので、目的が果たされた今、俺は家に帰されるのかと思っていた。
リビングの扉を閉めるタイミングで、「キスする時はちゃんと連絡してね〜」という声が聞こえてきた。それに対し楓は、「絶対、言わない!」と返していた。しないことを否定しなかったことに、少しそわそわしてしまう。
恋人関係になったので、普通のことだ。普通のことなのに、友人としての期間が長かったせいで、そういうことを全く想像していなかった。やっぱりするものなのかな......。
心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、楓の部屋におじゃました。
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