第64話 山下にもバレる

 この状況で言うからには、当てずっぽうで言ったわけではないだろう。それなら、俺たちが誤魔化しても無駄な気がした。


「......どうして、わかったの?」

「え、ちょっ、悟!?」

「山下さんには隠しきれないと思う」


 少し悩んだ様子だったけど、楓も小さく頷いた。


「で、どうしてわかったの?」

「中学時代誰とも付き合わなかった楓が高校に入ってすぐ、彼氏ができたっていうのがどうしても信じられなくて。それでも、信じそうになってた時期はあったけどね。去年、本屋で二人と出会ったこと覚えてる?」


 よく覚えている。俺たちの関係性がバレかけた時だ。

 俺は「うん」と言った。


「あの時は信じようとしたんだけど、何度か学校ですれ違ったり、二人が話したりしているところを見てると、天野くんが少し距離をとってるように見えたんだよ。私の感覚では、ね」


 俺の演技力不足に文句を言いたいのか、睨まれた。仕方ないじゃないか。あの頃はまだ、久しぶりに会った幼馴染なんだから、今ほど気を許してお互い喋れていなかった。


「でも、他の人は騙すことができてたんじゃない? 私は昔の楓を知ってるからこそ気になって、二人を見てて、もしかしてって思ったし」

「じゃあ、特に決め手はなかったのか......?」


 その程度の根拠であれば、シラを切れば隠し通せた気がする。そうだとすれば、自分から付き合っていないことを言ってしまった俺の失態だ。早まってしまったか......。


「決め手かあ。あれかな。楓の妹ちゃん、名前何だっけ?」

「青葉」


 今まで黙っていた楓が言った。


「そうそう。青葉ちゃんが楓たちのクラスに全速力で走って、入っていった時あったでしょ? あの時、二人も教室から出て行くとこ見ちゃったんだよねー」


 知らなかった。青葉ちゃんがやってきたことで頭がいっぱいになってて、周りを見てる余裕はなかった。クラスは違うので、おそらく廊下で友達とでも話していたのだろう。

 他学年の生徒があれだけ息を切らし、入ってきたら、当然目立つ。それに、山下さんも青葉ちゃんには見覚えがあったのだろう。中学時代、楓の家に遊びに行けば、いたはずだし。


「......見た後、どうしたんだ?」

「聞かなくても、わかるよね? 後をつけるに決まってるじゃない」


 あの時はまだ仲が悪かったのだから、何か弱みを握れれば、山下さんの立場が優位になる。


 ああ、もっとちゃんと後ろを気にするべきだった。山下さんの存在感なら、少しでも注意しておけばきっと気づけていたはずだ。

 なぜか、俺一人が悪いと言いたそうな視線を楓が送ってくる。確認しなかったのは、俺だけじゃないのに......。


「そこで話を聞いたんだね......」

「そうなるねー。階段の上からならちょうど死角になってて、盗聴しやすかったよ。青葉ちゃんの驚きっぷりを見て、確信しちゃった。ごめんねぇ」


 確かに、一年付き合っていることになっていて、妹がそのことを知らないのは不自然だ。


 両手を合わせ、俺たちに謝罪する彼女は、俺が公園にやってきた時とは違い、後ろめたさなど一切ないようだった。遅かれ早かれ、いつかはバレれていたと思うし、彼女を責めるつもりは全くなかった。それに、これは俺たちの不注意から起こったミスだから。

 

「バレちゃったものは仕方ないし、お願いだから黙っといてね。心美」

「安心して。そのことはもともと言うつもりはなかったし、何か理由があるんでしょ?」

「あ、うん」

「言いたくなかったら、別に言わなくてもいいから」


 そう言った山下さんは聖母のように感じられた。俺の知る山下さんとは違いすぎて、全然慣れない。


 まあ、俺たちが演技をしてるのって、楓が告白されないようにするためなので、大した理由ではない。言っても問題なさそうだけど、楓の様子を見る限り、言わないようだ。


 最後に連絡先を交換することになった。俺から連絡を取ろうとすることは、ほとんどなさそうだけど、一応だ。


「じゃあ、二人は付き合ってないんだよね」


 連絡先を交換し終えた後、山下さんが言った。


「そうだけど」

「じゃあ、私が天野くんにアタックしてもいいわけだ」

「え」

 

 俺は手に持っていたスマホをまっすぐ地面に落としてしまった。すぐに拾った。画面にヒビは入っておらず、安心だ! けれど、俺の心が晴れやかになることはなかった。

 さっきのは俺の空耳か? いや、そんなはずはない。この耳で、しっかりと聞いた。


「絶対、ダメ! ダメだからね? いくら心美でもダメだから!」

「冗談だって。ほら、私が好きだった人誰だったか、覚えてる? 天野くんにも天野くんの良さがあると思うよ。寛容なところとか、親切なところとか、思いやりがあるところとか。でも、私が好きだったのは宇都宮みたいな感じの人だからさ。絶対、惚れないから、安心して」


 一瞬、俺は褒められたのではないか、と思ったが、山下さんの発言を頭の中でリピートしてみると、容姿については一切触れられず、内面しか褒められていなかった。しかも、どれも似たような内容じゃないか! 『優しい』の一言で済みそうだ。

 最後に、『絶対』惚れない、とまで言われた。俺のメンタルにダメージを与えていることにこの人は気づいているのか?


「冗談とかやめてよー」


 そっくりそのままその言葉を楓にも言ってやりたい。楓も冗談は多い方だと思うよ。自覚してないのかな?


「その様子だと、演技が演技じゃなくなるのも、時間の問題かもね」


 口角を少し上げて言った山下さんは、また明日、と最後に言い、俺たちを残し帰って行った。


 それがどういう意味か理解するのに、そう時間はかからなかった。

 横目で楓の方を見たが、俯いており、顔はよく見えなかった。小さく、「私たちも帰ろっか。また明日」と言い、顔を上げることなく、帰った。


 これからのことを考えながら、俺は自宅を目指した。

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