第65話 ホームルームとその後
山下さんと楓の問題が解決してからは、穏やかな日々が続いた。
二年生になってから初の中間考査も無事終えた。いや、無事は盛った。数学が赤点ギリギリだった。数学Bとかいう科目はどうやら俺の頭では理解するには、膨大な時間がかかるようだ。時間をかけても理解できた、と胸を張って言えるレベルでもない。
楓に頼り、なんとか赤点を回避することはできたが、次回の期末で赤点をとってもおかしくないと思う。
俺に危機感が足りなかった一つの原因は、周りに点数が高い人が楓しかいないからだろう。神崎は時間が合わず、あまり一緒に勉強できなかったこともあり、三科目で赤点をとっていた。確か須藤も何かの科目で赤点をとったと言っていた。
俺はマシなのではないか? と思ってしまうのだが、それではいけないことを今の俺はわかっている。俺も赤点をとらないくらいには、バカではない。まあ、赤点をとらないくらいなので、一般的にはバカの部類に入るのだろうけど。
そろそろ勉強を本格的に頑張ってみようかと思い始めた。
手始めに、単語帳というものを開いてみた。今までは小テスト前しか開かなかったのに、成長だ。
しかし、二分もすれば、単語帳を閉じ、勉強のモチベが急降下しているのが自覚できた。
自分の集中力のなさに辟易している。楓にこのことを相談したら、「最初から何時間も続けようって思わない方がいいよ。少しずつ勉強する習慣をつけていけばいいと思うよ」と言われた。
なるほど、少しずつ増やしていけばいいのか! と思ったけれど、二分で飽きる俺が数時間勉強できるようになるのか、不安だった。それでも、楓が言うのならと思うと、少し安心はできた。
そんなこんなでまずは次回期末考査に照準を合わせて、勉強を始めた俺だったが、期末考査の前に大イベントが控えていることを知った。
修学旅行だ。うちの高校は夏休み前に修学旅行で、関西に行く。主に、大阪と京都を巡るらしい。公立高校なので、修学旅行先が国内であるのは仕方ない。海外でないことに、不満を垂れる生徒もいるようだけど、俺は言葉の通じない場所へ行くくらいなら、国内で良い。
修学旅行先についてあまり興味がなかったので、関西に行くことをさっき知ったところだ。教壇の前で今クラス委員がみんなに説明してらっしゃる。俺たちが知らないところでクラス委員は放課後にでも残って先生たちと話し合っていたのだろう。ご苦労様です。
一通り話し終えたのか、二人いるクラス委員は自分の席に戻って行った。俺は考え事をしながら聞いていたせいで、何か聞き逃した情報があるかもしれない。神崎にでも訊いて、情報を補完しておこう。
ホームルームが終わり、下校の時間だ。
「なあ、班どうする?」
俺が訊きに行く前に、神崎から来てくれた。
「班って?」
「聞いてなかったのかよ。班で行動するらしいから、決めとけってさ」
そんな最重要情報を俺は聞き逃していたのか。修学旅行先についての情報しか手に入れていなかったので、助かった。俺はまず人の話をしっかり聞く習慣を身につけるべきだと思った。
「何人?」
「四、五人らしいぞ」
パッと思いついたのが、俺含め四人がいる。
「候補はいるの?」
「俺とお前だろ。それに、千草も。あとは当然、南だな」
まあ、そうなるよな。神崎と須藤は付き合っているわけだし、そこが同じ班になるのは何もおかしくない。問題は楓だ。クラスには仲の良い友達がいるようだし、引き込んでも良いのだろうか。
「楓は来てくれるのかな」
「来るだろ」
「別の班に所属しないのかな」
「しないだろうな」
「どうして言い切れる」
「ほら」
神崎が俺の後ろを指差しながら言った。
振り返ると、そこには怖いくらいの笑顔を向ける楓と須藤の姿があった。
「悟は私と一緒の班は嫌なのかなぁ?」
マジで怖いって! 気配を殺して、後ろに立たないで欲しい......。
「いるなら、言ってくれ......」
「ふふふ。私は神崎くんたちの班に入るよ」
「いいのか?」
楓が無理に来てくれたとは、もう思わない。それでも、確認はしておきたかった。これが当たり前だ、とは思いたくなかったから。
「修学旅行を彼氏と回らなくて、どうするの?」
そう言った楓の方を見て、須藤が笑みを浮かべてる。神崎は俺の方を見て、ニヤニヤしてる。
付き合っているからと言って、同じ班になる必要はないだろ。無理に一緒に行動する必要はないんじゃないのか?
昨年までの俺ならそう考えていたかもしれない。けれど、今はそういったことを口には出さないし、そういう考え方をやめた。楓が選んだ選択肢なのだから、俺があれこれ考えても仕方がない。
「そうだな」
数週間後の修学旅行が楽しみだ。
修学旅行から帰って来たらすぐにテスト期間に入るので、それまでにそこそこ勉強しておこう。
その日もいつも通り楓と帰っていた。
「青葉ちゃんにお土産買わないとね」
「適当でいいよ〜。あ、でも来年買って来てもらうために、ちゃんとしたもの買った方がいいかな」
顎に手をやり悩み始めたかと思えばすぐにポーズを崩し、あっちで考えればいっかー、と笑顔で言った。
いつも通りの妹の扱い。姉妹のやり取りを見ていると、俺にも兄弟がいればな、と思うことがある。弟がいれば、俺も楓みたいになっていたのかな? 確かめようがないけれど、こうはならなかった、となんとなく思う。
「青葉で思い出したけど、青葉の好きな人のこと聞いた?」
「聞いてないけど」
「教えてあげるよ」
妹の恋愛事情を包み隠すことなく話し始めた。脅迫でもされて、喋らされたんだろうな。可哀相だと思ったけど、気になってしまったので、そのことを聞きながら公園まで帰ることになった。俺も同罪だ。
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