第54話 南楓とお出かけ
週末。休日だというのに、楓と久しぶりに出かけるため、珍しく早起きをした。休日は昼前に起きるという健康的とは言えない生活をしていたが、早起きをすると意外と気持ちが良かった。起き上がるまでが辛いだけで、起きてしまえば、爽快な気分で歯を磨き、朝食を食べ、着替えを済ますことができた。
早起きは三文の徳と言うし、来週からも頑張ってみようかな。と思ったけれど、多分俺のことなので昼前に起きることになるだろう。休日の時間の潰し方がわからないのも、昼まで寝てしまう原因の一つだと思う。今日のように用事があれば、起きる。けれど、何も予定がない日に早起きをしてもやることがない。それなら、睡眠で時間を潰した方が良いという考え。
そんな毎週遊びに行くような友達はいない。二年になって、昨年よりは話す人が多少増えたけれど、気軽に誘えるほど親密でもなかった。楓たちを除き、おそらく、一番話しているのは隣の席の三上さん。大人しい人だし、まだ敬語で喋られる時があるので、遊びに行くような仲ではなかった。あと、宇都宮も席が近いため、ちょこちょこ話すが、こちらも二人で遊びに行くような関係性ではない。基本的に、俺がわからない問題を質問して、それを教えてもらうことが多い。
よく考えたら、俺って誰かに頼ってばっかりだな。楓は頻繁に頼られている姿を見るし、人望があるんだろうな。学校では彼氏ということになっているので、少しでも相応しいと思ってもらえるように、俺も成長しないといけないよなあ。
意識改革を誓っていると、インターホンが鳴った。室内のモニターで誰が来たかも確認せず、外へ出た。見なくとも、誰が来たかわかっているから。
「昨日ぶり〜」
確かに昨日公園で別れて以来なので、昨日ぶりだ。
「おはよ」
「わざわざおしゃれな格好してくれるなんて、私は嬉しいよ」
今回は神崎に借りた服ではなく、この前神崎に服を買うのに付き合ってもらった時に買ったやつ。どうやらあいつのセンスは確からしく、楓からの評価も良さそうだ。感謝。
「楓はいつも通り似合ってるね」
俺の感覚で似合ってると言われても嬉しくないか、と思ったけれど、「ほんと? 良かったあ」と言っていたので、言って正解だったということで良いのだろうか。
花柄のロングスカートはよく似合っていたし、羽織っている真っ白のカーディガンも春らしく清涼感のある服装だった。
「まず、どこ行くの?」
「それは行ってからのお楽しみっ」
今日のプランは全て楓に任せてあるので、俺はどこへ行くのか知らない。この前話していたので、本屋にはおそらく行くだろう。それ以外はまったく見当もつかない。どこで何を食べるのか、も。
俺は彼女について行くしか選択肢はない。先導することはできないので、隣に並んで目的地に向かう。あっ、お金は足りるかな……。
心許ない財布の中身のことを気にしているうちに、見慣れた公園を通り過ぎ、散った後の桜の木を見ながら、歩いて行く。数日前までは綺麗に咲いていたのに、今は変わり果てた姿が目に入った。
段々どこへ向かっているのかわかってきた。
「電車に乗るの?」
「せいかーい」
ということは、本屋以外にも行きたい場所があるのだろう。徒歩圏内に本屋はあるし、わざわざ電車を利用する必要はない。楓の感情は読みやすくても、何を考えているのか全くわからないことがあるので、目的地を知らされぬまま向かうのは少し怖い。
彼女が買ったのと同じ切符を買い、改札をくぐり抜け、電車の到着を待つ。
「どこ行くの?」
「気になるのはわかるけど、あと数十分、数時間後にはわかっていくんだからさ、ね?」
子どもに言い聞かせるような口調で言った。
行き場所くらい教えてくれても良いじゃないか、と言おうとしたが、きっと言ったとしても彼女の口から教えてもらえないことは、この一年の付き合いでわかっていた。
電車が到着したので、乗り込んだ。
「あそこ空いてるし、座りなよ」
「悟は?」
「俺はいいよ」
楓は「紳士だねえ」と言いながら、一人分の空席に座った。俺はその前でつり革を持ち、立つことにした。
「昼はもう決めてるの?」
俺は周りの迷惑にならない程度のボリュームで話しかけた。
「お昼? うーん。実はそれだけ決めてないんだよね。あっ、ちなみにまずは本屋に行くつもりだから、その近辺で探そうかなって思ってる」
本屋は以前から行こうと言っていたので、隠さず言うことにしたのだろう。それ以降のプランは未知だ。
「何か食べたいものは?」
「なんでもー」
俺も何でも良い。理想を言えば、ラーメン。けれど、以前に二人で出かけた時もラーメンを食べた記憶があるので、別の食べ物にした方が良いだろう。
ファミレスやファーストフードばかりが頭に浮かんでくる。他に何かあるかな......。
「行ってから、決めようか」
結局、思いつかなかった。あまり降りたことのない駅だし、俺たちが知らない飲食店もたくさんあるに違いない。
「御意」
敬礼をし、同意してくれた。
俺たちが降りる予定の駅まで、二駅となったところで、おばあさんが乗ってきた。それを見た楓は躊躇うことなく、「どうぞ」と言い、席を譲った。なので、楓は俺の隣に立つことになった。
誰もがそうした方が良いことはわかっていても、行動に移せる人はそう多くないと思う。実際、この車両で席を譲った人は楓とスーツ姿の男性の二人。自分が譲るべきか、誰かが譲るのではないか、と迷っているうちに、機会を逃してしまう。俺にもその経験があったので、見習うべきだと思った。
俺の中で楓は目標でもあるんだろうな、と思った。
おばあさんは笑顔で「ありがとね」と言った。微笑み返す彼女を見ると、頰が緩みそうになったが、電車の中ということで、耐えた。
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