第53話 二人きりのその後

 部屋の外で物音がした瞬間、勢いよく扉が開いた。大きな音と風圧で、俺と楓の視線はそちらへ向けられた。そこには鋭い視線を向ける青葉ちゃんが立っていた。

 何も言えないで、固まっていると、青葉ちゃんが喋り始めた。


「どうして、そうなるの!? 付き合う流れでしょ!?」


 さっき買い物に行くと言って部屋から出て行ったはずなのに、どうしているのか。出て行くための口実を作り上げたことはわかっていたけれど、入ってきてしまうと、嘘であったと自ら公言しているようなものだ。おそらく、俺たちの会話を部屋の外で聴いており、我慢ならず、入ってきたのだろう。


「青葉......なんでいるの」


 顔を少し引きつらせて、楓が言った。


「そんなことはどうでもいいから! お姉が好きなのは先輩のことだって。間違ってないから! 妹が保証する」


 よどみなく話す青葉ちゃんの勢いに、楓が「なっ」と後退している。

 というか、俺の前でそんな話をしないで欲しい。恥ずかしくて、誰の方も見れない。とりあえず、少女漫画が大量に立てられている本棚を見つめることにした。


「好きなのは間違いないよ......でも、それは、ほら......ね? わかんないんだって」


 今すぐ帰宅したい。嬉しいことしか言われていないのに、耳を塞ぎたくなる。タコと良い勝負ができるくらい紅潮していると思う。

 楓も言葉を詰まらせて、困っているようだった。顔は見ていないけど、オドオドしているに違いない。


「早く行動しないと、先輩誰かに取られても知らないよ」

「それは......でも、わかんないんだもん......」


 とても小さな声だった。受験期とは立場が逆転しているように思える。

 俺が何か言って状況が変わるとは思えなかったけれど、黙って見ておくわけにもいかないよなあ。


「まあまあ、その辺で......」

「先輩も先輩だからね? お姉のことどう思ってるの?」

「どうって......好きだよ。でも、わからないんだって」

「わからないって何? 意気地なし......」


 後輩に意気地なしと言われてしまった。さっきから言われ放題だ。本当にわからないのだから、しょうがないではないか。けれど、上手く言い返すことができない。


「そういう青葉ちゃんはどうなの? 好きな人とかいないの?」

「えっ、青葉? い、いないよ」

「ダウト!」


 ションボリしていた楓が急に元気になった。今日一、大きな声を聞いた気がする。


「本当だし!」

「最近、私に服装のこと訊いてきたり、中学の頃よりも見た目に気を使うようになったよね? それに、リビングのソファでスマホを眺めてる時の青葉のニヤニヤした顔は、絶対相手は男だよ。姉の勘がそう言ってる。好きな人できたでしょ?」


 姉の勘は高確率で当たっている。

 

「あいつはそんなんじゃないし! 別に好きでもない! ただの友達だから!」

「あいつねえ。やっぱ、心当たりの人いるんじゃん」


 青葉ちゃんは「あっ」と失言に気がついたようだ。立場がまた逆転して、今は楓優勢になっている。どこか抜けている部分は姉妹で似ているな、と思った。 

 怯む妹に容赦のない姉。小悪魔的な笑みをしていれば、可愛いのだけれど、とてもじゃないけどそんな可愛らしいものではなかった。見ているこっちも恐怖心を煽られる。肩をすぼめる青葉ちゃんを見ると、青葉ちゃん側について、加勢したくなる。


「本当に好きなわけじゃないんだって。いい人だなー、楽しいなー、とは思うけど......」

「それ、青葉絶対惚れてるよ。ほら、今から電話して、告白しなよ。聞いといてあげる」


 先ほどまで、「わかんないもん」とか言ってた人のセリフじゃないぞ。どうして妹の恋愛事情にそんなに自信を持って、強気になれるのか。


 やっぱり、学校とはかなりイメージが違うなあ。家での楓は自然体なのだろう。学校では猫を被っているわけではないだろうけど、マイナスイメージが付くような言動はほとんど見せない。俺の知る限りだけど。

 学校での楓は完璧度合いが高すぎて怖いくらいなので、こういった一面を見ることができると、嬉しくなる。


 自然体でいられるのは、家だからなのか、それとも相手が妹だからなのかはわからない。わからないことだらけだ。


「お姉同伴で告白とか拷問すぎるでしょ......応援してくれるわけでもないんでしょ?」

「そりゃあ、我が妹の告白となれば、応援するよ。邪魔はぜーったいしない!」


 ダウトー。そんな顔で言って、誰が信じるというのか。何か企んでそうな顔をしている。

 実際、楓は残忍な人間ではないので、本当に邪魔することはないだろうけど、くすぐって笑わせるくらいはしそうだ。


 というか、その言い方だと、青葉ちゃんも好きな人がいると認めたようなものだ。

 

「......信用度ゼロ。いつの間にか、青葉の話になってるけど、どうして?」

「私たちは解決したんだし、次は青葉の番だよ。もっとその相手について詳しく聞かせてよ」


 何を持って解決したのかはわからないけれど、話は一通り終えた。これ以上、話しても進展することはないだろう。


「青葉の話はいいから! 二人のことは黙っとく! これでいいよね? 今日は解散にしよう」

「もうちょっと聞きたいのに。悟も聞きたいよね?」

「ま、まあ」

「先輩の裏切り者......」


 いつから仲間認定されていたのだろう。数十分前までは、どちらかといえば、俺と楓対青葉ちゃんという図式になっていた気もする。

 少し可哀想になってきたので、少し助け舟を出すことにした。


 楓から「ほらほら〜」と言われている青葉ちゃんを横目に、バレないようにスマホを操作する。連絡先から青葉ちゃんを見つけ、電話をかけた。


 マナーモードにしていなかったらしく、すぐに気づいてくれた。ディスプレイを見て、不思議そうにこちらを見たので、視線で部屋の外へ行くように合図を送った。理解してくれるかわからないけど。


「ちょっと電話来たから、出るね」


 そう言って、立ち上がり、部屋の外へ出て行った。意図を汲み取ってくれたようだ。


「誰だろうね? 青葉の好きな人かな?」

「さあ」


 相手は俺だし、違うことはわかっているけれど、本当のことは言えない。


 俺は「そろそろ帰るよ」と言い、立ち上がった。楓も「おっけー」と言い、すぐに帰してくれた。満足気な表情をしている楓は、ドSだな、と思った。

 俺が帰った後、きっと質問攻めにあうだろう。明日、校内で出会った青葉ちゃんの元気な姿を見られる可能性は低そうだな。

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