第55話 南楓と本屋さん
下車した。俺はほとんど来たことがない街なので、土地鑑が全くない。楓はよく来るのだろうか? 俺の前をすたすた歩いて、リードしてくれている。スマホの地図アプリを一度も開かずに躊躇なく進んで行くので、本屋までのルートが頭に入っているのだろう。
数分、中身のない会話をしながら歩いていると、楓の足が勢いを失っていることに気づいた。雲行きが怪しくなってきている。
会話もたどたどしくなっている。道順を思い出すのに精一杯なのだろう、と思った。二手に別れる道があれば、数秒迷った後、『こっちで合ってるに決まってる』と自分に言い聞かせるように、深く頷いて、彼女は進む。そう見えるだけなのかもしれないけれど、不安だ。
アプリを開けば良いのに......。
そろそろ「迷ってない?」と訊こうかと思っていたところ、楓が苦笑いを浮かべながらこちらを見た。
「......迷っちゃった」
だよねー。おそらく、楓もあまり来たことがない土地だったのだろう。どうして迷うことなくたどり着けると思ったのか。
「ちょっと調べるから、店の名前教えて」
彼女から本屋の名前を聞き出し、スマホに打ち込む。
「ここから徒歩十分ぐらいらしいよ」
「嘘!? 駅から三分って書いてたのに......」
かなり遠回りをしていたようだ。
「駅で調べておくべきだったね」
全て任せていた俺にも非があると思う。
「昨日、調べたから大丈夫だと思ってたんだけど、大丈夫じゃなかった......」
「どのあたりで怪しくなってきたの?」
「三分経っても見つからなかった時」
「その時調べても良かったのに」
責めるつもりはないけれど、そう取られてもおかしくない言い方をしてしまった。
「だって、自信満々に歩いてたんだから、迷ったこと言い出しづらかったんだもん」
自信満々に歩いていた自覚はあったのか......。
逆にすごい。駅にいた時点では、必ずたどり着ける自信があったということだ。不慣れな土地でその自信がどうやったら生まれてくるのだろう。
たどり着けなかったのが不服なのか、彼女は唇を尖らせている。
「次からは頼むから言ってくれ」
「ラジャー」
スマホに表示された道順の通り進むと、目的地に到着した。文明の利器最高。
「おっきいねえ」
幼稚園児レベルの語彙力になってしまった楓は、本屋が中に入ったビルの全貌を見るため、上下に目線を動かした。
俺も彼女にならい、ビルを眺めた。全体を見終えた俺は、「でかいなあ」とつぶやいていた。彼女は「だよねえ」と返してくれた。
一階はガラス張りになっており、内装がよく見えた。俺のよく知る本屋はもっとこぢんまりとしているため、こんなに規模の大きい本屋ははじめてだ。ワクワクしてきた。
呆気にとられながら、入店した。店内の室温もちょうど良く、いくらでも滞在できる気がした。
俺たちの目当てのコーナーは二階らしいので、エスカレーターで二階に上がった。どうやら、本屋は一階と二階だけらしく、それより上にはホームセンターなどの店舗が入っているようだった。
休日ということもあり、人がそこそこにいた。
「ひろっ」
「本好きにはたまらない場所だろうね」
少女漫画コーナーを見ただけで帰ってしまうのは、少しもったいない気もした。
「一旦、単独行動する? 何分後かに集まって、最後に少女漫画攻めよ」
楓も同じようなことを考えていたようで、別々に本屋を散策することを提案された。俺は軽く頷いた。
彼女は「また後で〜」と言い、行ってしまった。
俺も店内を歩き始めた。よくよく考えれば、普段読書をする習慣がないため、まずどこへ向かうべきかわからない。小説も漫画もそこまで読む方ではない。雑誌なんかもあまり興味がない。
これだけ大量に本があるのだから、俺の嗜好に合った物も見るかるのではないだろうか。少年漫画などが陳列されているスペースへ向かうことにした。
はじめて見る漫画がたくさんあった。世の中にはこんなにも知らないタイトルの漫画あるのか......。「おぉ」と驚きの声が口から漏れていた。あらすじを読むと面白そうな話の漫画がいっぱいある。気になった物を全て買ってしまうと、ここで財布の中身が尽きてしまう。お金をもう少し持ってくるべきだったと後悔している。
漫画のコーナーを少し離れ、ファッション誌を探した。今まで服装にこだわりを持っていなかった俺だけど、今日のように誰かと出かけることはこれから先何度もあるはずだ。その時に隣に歩くやつが、ダサかった場合、自分ではなく相手に迷惑をかけることになってしまう。俺の感覚で服を購入したら、おしゃれには見えない自信があるので、少しでも勉強しようと思い、ファッション誌を探してみることにした。
広すぎて、本を探すのも一苦労だ。やっとの思いで見つけることができた。
メンズ用のファッション誌に手を伸ばし、パラパラと中身を見てみる。当然、どのモデルさんもおしゃれだと感じた。でもそれは元々の容姿も関係あるのではないか? 俺みたいなごく普通の体型のやつが着ても同じような印象を与えられるのだろうか。
そんな風に雑誌に向かって愚痴をこぼしていると、左肩をトントンと叩かれた。
驚いて振り向きそうになったが、数十日前にも同じようなことがあったことを思い出した。数秒後先の未来が脳裏をよぎったため、冷静になって、思考することができた。
相手は楓で間違いない。近くの本屋だったらまだしも、ここは地元からは遠い。知り合いが他に来ている可能性は低かった。やはり、肩を叩いている人物は楓である。人差し指をスタンバイさせている気がする。人の気も知らないで、南楓とはそういうことを平気でする人物だ。
なので、俺はあえて叩かれた方とは逆の右側から振り向くことにした。
彼女の指の感触。少し伸びた爪が頰に当たった。
「また引っかかったね」
嬉々として楓は話す。悔しいので、絶対やり返したい。
「なんで、右から振り向くってわかったの?」
「私、人が何を考えてるのか読めちゃうんだよねえ」
「それはすごい。俺が今何考えてるか当ててみて」
「いつか同じようなこと、私にやろうとしてるでしょ」
読まれてる......。ポーカーフェイスには自信があるし、顔から読まれてるとは考えにくいけれど、どうして......。
「......正解」
「ここまでの道のりは長かったよ。悟の気持ちほど悟るのが難しい人はいないからね。最近、少しずつわかってきた気がするよ」
さすがに一年ほど近くにいれば、わかってくるものなのだろうか。
「天野検定準一級くらいあげたいね」
「一級取れるように、勉強するねっ」
俺について勉強するということだよな......。直接言われると気恥ずかしくて、顔をそらしてしまった。
「えっと、楓はもう用は済んだ?」
かなり強引に話を変えた。
「私はもう満足したよー。そっちは?」
「俺も。じゃあ、あそこへ向かおうか」
「そうだね」
「いやー、ついつい買いすぎちゃったよぉ」
満ち足りた表情を浮かべる楓の右手には、購入した少女漫画の袋がぶら下がっていた。
「持ってもらって、悪いねえ」
会計を済ませた段階では、両手に紙袋を持っていたので、さすがに重そうだと思い、一袋持つことにした。自分の分と合わせると、俺は両手が塞がった状態だ。転倒したら、確実に怪我するだろうな......。
「この辺りで昼ごはん食べた方がいいんだよね?」
「あっ、忘れてた。本屋で満足してたけど、メインイベントはこれからだった」
もう帰宅する気分だったのか......。メインイベントとは何だろう。訊いても教えてくれないんだろうな。
「どこか立ち止まれる場所探して、そこで店を探そう」
「ラジャー」
本屋から数分歩いたところに、公園を発見したので、そこのベンチに腰掛け、決めることにした。
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