第41話 合格発表の翌日

「改めて、合格おめでとう!」

「ありがとー!」


 昨日、楓から『受かったよ!!!』というメッセージと一緒に青葉ちゃんの写真が送られてきた。その写真にうつる青葉ちゃんは笑っていたけれど、少し目元が赤いように見えた。もう一枚送られてきた写真は楓とのツーショットだった。楓の方は号泣で、本人以上に感情をコントロールできていない様子だった。無理やり笑顔を作っていたけれど、上手く笑えていなかった。

 そのメッセージが届いた瞬間に、青葉ちゃんにメッセージを送ったが、直接口で言ったのはさっき。

 

 公立高校の合格発表があった翌日、楓に呼ばれ、夕方に楓宅を訪れた。受験に勝利した祝勝パーティーのようなものをするらしい。楓のご家族の中に俺がいたら余計ではないか心配だったが、どうやら俺たち三人だけらしいので、ちょっと安心した。


 青葉ちゃんの部屋の丸いテーブルを囲む形で座っている。異性の部屋に入ることに以前ほど抵抗がなくなったのを成長と捉えても良いんだろうか?


「お姉、顔くしゃくしゃになるくらい泣いてたよね。あの場にいた誰よりも泣いてたんじゃない?」

「だって怖かったんだもん。直前は合格できそうなくらいの点数は出てたけど、やっぱり不安だったし......」

「心配かけたねえ。ごめんよ」

「うう......」


 これではどっちが姉なのかわからない。楓が素直になれない部分があっても、やはり仲の良い姉妹であることを再確認できた。


 楓がまたしんみりし始めた。


「同じ高校になるんだし、悟先輩って呼んだ方がいいのかな?」


 楓とは違い、青葉ちゃんは元気良く言った。


「別にどっちでもいいよ。慣れてるなら今まで通りでもいいし」

「一回悟先輩って呼んでみようかなあ。先輩って呼ばれる親しい後輩いなそうだし、青葉が第一号になるよ。飽きたらやめるけどね!」


 姉妹揃って俺に対するディスを会話の中に盛り込んでくるな......。これは青葉ちゃんなりの厚意なのだろう。


「青葉、それ本当のことだけど、そんなに直接的に言ったら悟傷つくよ」


 あなたの発言も十分俺の心に傷を負わせていることに気づいてくれ。俺のメンタル面も楓と出会った時と比べると、強くなったと思う。


 これ以上ダメージを受けないためにも、この話を中断させる必要がある。


「じゃあ、先輩呼びでお願いするよ。俺のために。よし、冷めるといけないし、食べよ食べよ」

「それもそうだね。それじゃあ、食べよっか。いただきまーす」


 楓の挨拶で食べ始めた。食べ始める前に少し喋ったせいで、本当に冷めてた。


「うわっ、ピザちょっと冷めてる。これはお姉にあげるよ」

「しょうがないなあ。今日だけだよ? 明日からは絶対食べてあげないから」


 青葉ちゃんが残している耳を楓が皿から取り、口に運ぶ。さすがに耳だけ食べるのは、少し辛そうだ。


「本当に食べてくれると思わなかった......自分の分は自分で食べるよ」

  

 本気で言ったわけではなかったらしい。耳の半分ほどが青葉ちゃんの元へ返ってきた。「んー、硬い」と言いながらも、きちんと食べきっていた。


 他にもテーブルの上にはジュースやチキン、サラダが置かれている。冷蔵庫には俺が来る時に買ってきたプリンも入っている。俺たちのお気に入りのプリンだ。


「そういえば、お姉に勉強付き合ってもらってたから、悟先輩、チョコ貰えなかったんじゃない?」

「ちょっと待ってね。ふぅ」


 先輩と呼ばれた経験がなかったからなのか、青葉ちゃんからは今まで呼び捨てで呼ばれていたからなのかはわからないけれど、違和感しか覚えなかった。けれど、先輩と呼ばれるのは、悪い気分にならなかった。むしろ、良い。


「よし、大丈夫。で、チョコの話だっけ?」

「何の間だったのかわからないけど、バレンタインのチョコのことだよ。お姉が一人で作ってたとこ見てないし、貰ってないよね? なんだか悪いことしちゃったなーって思って」

「私、あげたよね?」


 チキンの油で口元を光らせた楓が参加してきた。


「貰ったね」

「嘘!? お姉、作ったの?」

「ううん。ポッキーあげた。二人で食べながら帰るの楽しかったよね?」

「まあ、楽しかった」

「それ、バレンタインのチョコ扱いしていいの?」

「いいでしょ。チョコだし」

 

 バレンタインだからと言って、手作りである必要はない。禍々しいオーラを放つチョコレートを受け取るよりかは、市販の物の方が嬉しいかもしれない。でも、楓の手作りならちょっと食べてみたいな。来年に期待だ。


「バレンタインの話で思い出したけど、これ」


 話すのに夢中になって、今まで忘れていた。俺は結局、ホワイトデーの日をスルーし、合格発表後に渡すことにした。悩んだけど、その方が楓は青葉ちゃんに遠慮することなく喜んでくれるのではないか、と思った。


 カバンからネックレスの入った箱を取り出し、渡した。 


「私に!?」

「うん。ホワイトデーは過ぎちゃったけど、一応、お返しってことで」

「開けていい?」

「どうぞ」


 割れ物を扱うかのように慎重にゆっくりと蓋を開ける。


「......綺麗」

「似合うかなって思って。気に入ってもらえた?」

「うんうん! でも、高かったんじゃない? 私がお返しでこんなにいいの貰っちゃってもいいのかな......」


 やっぱり、気にするよな。俺が好きでやったことなので、あまり気にする必要はないけれど、遠慮がちになってしまうのも彼女の良いところなのかもしれない。

 

「俺のお小遣いでも無理のない金額だったから。それに、いつも世話になってるしな。感謝してる」

「私だって悟に助けてもらうこと多いよ? 私の方が感謝の気持ちでいっぱいなんですけどー」

「いや、俺の方が助けてもらうこと多いし。勉強とか」

「いやいや、勉強だけでしょ? 私はもっと色んなところで感謝してるしー」


 俺がまだ応戦しようとした時、青葉ちゃんが右手をそっと挙げた。


「あのー、青葉、お邪魔だったら出ていこっか?」


 青葉ちゃんが立ち上がろうとした時、俺はカバンからもう一つ小さな箱を取り出した。


「待って。これ。青葉ちゃんにも」

 

 楓へのお返しを買った時に一緒に買っておいたのだ。買った時点では合格が決まっていなかったけれど、受かると信じて購入した。


「青葉に!?」


 さっき似たような反応を姉の方でも見た気がするな。そんなに驚くことか。


「合格祝いってことで」


 青葉ちゃんが開けている横で、「我が妹のことがやっぱ好きなの?」という謎発言を小声でしてきたので、無視しておいた。

 合格祝いなんだしプレゼントを渡してもおかしくないだろう。俺の時は何もなかったなあ、そういや。


「かわいい!」


 合格祝いに送るプレゼントとして適当であるのかわからなかったけれど、店内のポップに『私のオススメ!』と書かれていたので、購入した。「ポップに書かれていた『私』って誰だよ!」と心の中でツッコんでいた数日前のことを思い出す。


「マグカップか〜。柄もかわいいね。青葉にぴったり」

「いいでしょ〜」


 楓からも高評価をいただけたようだ。俺が選んだのは全体が薄めの緑と白でコーティングされており、小さな葉が印刷されている物だ。

 デザインに関しては楓の時と同じで名前から決めてしまった。安直すぎたかもしれないけれど、気に入ってもらえたようなら良かった。


「青葉専用だからね。お姉、使っちゃダメだからね」

「ふっふっふ。どうしようかな〜」

「一回鏡見た方がいいよ......悪魔みたいな顔してる」


 俺も時々楓の悪魔のような顔を見ることがある。学校では絶対出さない顔だな、これは。同級生たちがこんな顔した楓に会ったら、二度見、いや五度見くらいはするんじゃないだろうか。

 まあ、本来の彼女を見ることができていると思えば、嬉しいような気も少しする。


「悪魔とは失礼! そんなことないよね?」

「そんなことあるぞ」

「なっ」


 肩を落として、ため息を吐き、ショックを受けてるように装っているけれど、表情が全然悲しそうではなかった。それを見た青葉ちゃんも微笑んでおり、居心地の良い時間だと思った。

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