第40話 ポッキーのお返し

「ごめん。ちょっと遅れちゃった」

「こちらこそ、いきなり呼び出しちゃって、ごめん」


 俺と須藤はいつものショッピングモールを訪れていた。

 本当は神崎が来るはずだった。なのに......。


「ダブルブッキングとかありえなくない?」


 中に入った途端、須藤が言った。


 昨日の段階では来れるはずだったが、どうやら今日は病院に行く予定が入っていたらしい。朝起きてから気づいたらしく、俺が起床した時にはメッセージが届いていた。数ヶ月前に予約したため、すっかり忘れていたらしい。

 昨日連絡していきなり決まったことだったので、あまり神崎を責めることはできない。俺がギリギリまで行動していなかったのも悪いし。


 ホワイトデーまであと二日しかなかったので、神崎がダメなら一人で買いに行こうと思っていた。そしたら、神崎から須藤と行ってくるよう提案され、ダメ元で頼んでみたら了承してもらえたのだ。

 須藤と二人で出かけたことは一度もないのに、よく引き受けてくれたな、と思う。


「まあ、昨日いきなり頼んだことだったし。時間もなかったから、しょうがないよ」

「それでもー」

「じゃあ、次会った時俺の代わりに一発殴っといて」

「任された!」


 今日は二人きりなので殴られないように、俺も気をつけないと。


 ぶらぶらとショッピングモール内を歩いているけれど、ピンと来るものがない。直接訊いておくべきだったかな。楓はどんなものでも喜んでくれるだろうけど、一つ選ぶとなると難しい。


「チョコのお返しなんだし、食べ物で返した方がいいのかな?」

「楓ちゃんの好きな食べ物って何?」

「楓は何でも好きだと思うけど、この前一緒に食べたプリンは美味しいって言ってた。須藤的にはどう? お返しに食べ物貰って嬉しい?」

「そりゃあ、嬉しいよ。でも、私的には形として残るものの方が、嬉しい、かも。こういうのは気持ちだから、私の意見は参考程度にね」


 形として残るものかあ。アクセサリーは誕プレ選びの時にも言われたけど、重いって思われるかな。ポッキーのお返しとして。

 うーん。他に何かないかな......。楓の好みに沿った物を渡したいけれど、アロマキャンドルは一度プレゼントしているし、少女漫画だとすでに楓が所持している漫画を買ってしまったら最悪だ。


 今、楓が欲しい物って何だろう。一番は青葉ちゃんの合格だろうけど、俺の力ではどうすることもできない。ああ、何も思いつかない。


「アクセサリーしか思い浮かばないんだけど」

「もしかして、私が前に言ったこと気にしてる?」

「まあ......」

「最後はやっぱり天野くんの気持ちなんだから、天野くんがアクセサリー類がいいと思うなら、そうしたらいいと思うよ。私も一緒に考えるから」


 須藤の言葉は心強かった。


「引かれたりしないかな? 『え、チョコのお返しでアクセサリー?』みたいな感じで」

「それ、楓ちゃんの真似だとしたら、全然似てないね。楓ちゃんはそんなことで引いたりする人?」

「......しない、な」


 プレゼントを貰って嫌な顔をすることは絶対にない。俺が一番わかっているつもりだったのに、不毛な質問をしてしまった。


「でしょ。彼氏から貰ったものなら身に付けたくなっちゃうよ」

「須藤も神崎から貰ったら、身に付けたくなるの?」

「え、私? そ、そりゃあ......恥ずかしい。言わせないでよっ」

「おぇっ」


 とうとう攻撃を受けてしまった。おそらく、須藤は攻撃しているつもりはないのだろうけど、背中を複数回叩くその威力は楓の比ではなかった。殴られる予定がある神崎に同情する。俺が頼んだことだけど。


 というわけで、雑貨屋に向かうことにした。休みの日ということもあり、どの店も多くの人で賑わっていた。ゆっくり選ぶ時間あるかな......。


 一、二分歩き、到着した。雑貨屋は広いショッピングモール内の最奥にあるため、思っていたより人は入っていなかった。ラッキー。

 店内では陽気な音楽が流れていた。以前にどこかで、BGMは人の購買行動に影響を与えるみたいなことを聞いたことがあった。この音楽も購買意欲をそそらせるようなものを採用しているのかな。まあ、今回は元々買うつもりで来店しているので、俺には関係ないけど。


「このイヤリングかわいい! あ、こっちのブレスレットも!」


 須藤のテンションが今日一で高まっている。嫌々付き合ってくれているわけではなさそうで、安心する。


「楓に似合いそうだけど、ちょっと高いな」

「奮発しちゃえば?」

「あまりに高いと困らせそうだなって思って」

「それもそっかー。じゃあ私に買うのはどう?」

「どうって言われても、彼氏でもない男からアクセサリーを貰ったこと神崎が知ったら、あいつうるさそうだし、やめとく。ワッフル一つ奢るくらいにしとくよ」

「今日は私の善意だったから、何も見返りを求めてなかったけど、奢ってくれるというのならいただこう! お、これとかどう?」


 須藤が手に取ったのはブルーのネックレスだった。


「高校生の分際でネックレスはちょっと......」

「値段よく見てよ。そんなに高くないよ」


 普段買わない物なので相場がわからないけれど、高校生でも無理のない値段だった。ホワイトデーのお返しとしても適切な金額だと思った。


「いいかも」

「でしょでしょ。絶対似合うよ!」

「うん。これにする。でも、色はこっちにしようかな」

「なにゆえ?」

「名前が楓だから......イメージ的に」

「ははっ」


 楓だからレッドを選ぶのは、安直すぎたかな。


「ごめんごめん。ちょっと意外だった。天野くんがそういう決め方するの」

「俺っぽくないかな」

「ぽくはないけど、楓ちゃんは天野くんが選んだ色なら何でも喜ぶと思うよ。ちゃんと想われてるなー、羨ましいぞっ!」

「須藤たちには負けるよ」

「そうかなあ」


 俺と楓は愛し合っているわけではないので、間違ってないと思う。羨ましがるのは俺の方なのかもしれない。


 会計を済ませて、雑貨屋を出た。


「あれ? ネックレス以外にもなんか買ったの?」

「うん」

「女か!?」

「いや、間違ってないけど、須藤が想像するような間柄ではないと思う」

「彼女へのお返しと一緒に買うなんて、大胆だねえ。楓ちゃんに告げ口しちゃおっかな〜」

「やましいことは何もないけど、やめてくれ......」

「ははっ。冗談だから、そんな困った顔しないでよ。天野くんが二股するとは思えないし、天野くんの言葉を信じよう。楓ちゃん一筋だもんね」

「あ、うん。そうだね」


 

 ワッフルだけ買って、ショッピングモールを後にした。最寄り駅で須藤とは別れた。帰る方角が違うからだ。


 俺はホワイトデー当日に渡すか、合格発表後に渡すかで悩みながら帰ることにした。

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